まじかる科学探偵団

作者: Yuki Neco

第8章 光子の決意

猪本俊和博士が応用物理学の研究施設として使っている豪邸に、光子を含めその件の関係者が集まった。 若手の科学者、猪本俊和は立ち上がって、本題に入ることを宣言した。 大学生たちは、猪本の目的が何なのかと不安を感じながら息を飲んだ。

「まず、最初に... 有賀教授に訊きたい。」 猪本が話し始めた。 「物質・反物質の対消滅に関する研究を一緒にしてくれませんか?」
「前にも言ったとおり断る。」
そう答えたのは、濃い口ひげとあごひげを蓄えた執事服の男だった。 学生たちは驚いて男のほうを向いた。 例外として、光子は申し訳なさそうな表情で赤面して下を向いている。 次の瞬間、男は付けひげを投げ捨て、彼らがテレビ番組で知っている有賀教授が現れた。
「すまないね、学生諸君よ。 これだけの大豪邸だ。 客人を招くには執事が必要だと思ってな。」 と、有賀教授が説明した。
「ひょっとして、有賀は知ってたのか?」 小狼が訊いた。
「あぁぁ... バカな父ですみません。 ちょうど来たときに、執事がお父さんというのは内緒にしろって、このカードで指示されたから。」 光子は恥ずかしそうに、執事から渡されたカードを見せた。

猪本博士は気を取り直して尋ねた。 「有賀教授、もう一度聞く。 あなたの対消滅の研究はエネルギー問題の解決になる。 エネルギー問題は将来の人類が抱える重要な問題なのですよ。 私は、あなたの物理理論を実現できる技術者団体への橋渡しをしようと言うのだ。」
「逆に聞かせてもらうが、猪本君。 物理理論を実現する技術団体とはどんな人たちだね?」
「それは、発電所の技術者です。」
「そうかね?」 有賀教授は鼻で笑いながら、目を細めた。
「さて、学生探偵の諸君に聞きたい。 猪本博士が付き合っている人の情報はあるかい?」
小狼が挙手して報告した。 「猪本俊和は学会へ参加など学術的な活動で、人脈を築いてきたようだ。 その活動は、国内よりも国外に積極的。 ここ数年はイスラエルの研究機関と密接に付き合っている。」
「イスラエルの研究機関ね...」 有賀教授はうなずきながら言った。 「学生探偵でよくここまで調べたね。 ふぅむ、そのイスラエルの機関について、何か情報はあるかね?」
次に知世が挙手をした。 「本件は桜狼探偵事務所と大道寺グループの共同調査としました。 大道寺グループは、そのイスラエルの機関が武器の密売グループとの怪しい接点がある情報を入手しましたわ。 その密売グループは、中東やアフリカ北部で活動している集団のようです。」
続いて美澄が挙手をして、藤崎を睨みながら言った。 「小笠原グループの報告をしますわ。 そのイスラエルの機関から、猪本俊和氏の研究所に不審な資金流入があったようです。」
「おっと、これは予想外の情報量だ。 素晴しい。」 有賀教授は寄せられた報告を賞賛した。
「猪本君、これだけ怪しければ、キミが武器の密売に関わろうが関わってなかろうが、私が共同研究を断る理由が十分にあると思わんかね? 物質・反物質の対消滅は水素核融合の100倍以上のエネルギーを引き出す技術で、それは、大量破壊兵器への応用にもつながるのだよ。」

猪本はテーブルを叩いて声を上げた。 「お忘れですか? 既に最終データが収められたSDカードは我々の手中にある。 あなたの聡明なお嬢様が密室に放置してくれたおかげでね。」
「でも、まだパスワードを解決していないんでしょ?」 光子は猪本を横目で見ながら言った。
「パスワードを解決して、そのデータの中身を理解できれば、イスラエルのお友達にその物理理論を説明すればいいわ。」
「かわいい顔して、いなや物言いをする子だね。残念ながら、私はそのような言葉に 喜びを感じる趣味はないよ。」猪本俊和は右の眉をつり上げた。 「しかし、この子の言う通り、パスワードが解決できていない。 今となっては、有賀教授かお嬢様がパスワードを教えてくれればいいことだ。 こっちへ来なさい。」 光子に合図する。
彼女は首を振って断るが、二人の男が入ってきて彼女の肩をつかんで猪本のそばまで引きずっていく。
あの人たち... 超常現象研究会で気配を感じた二人だ。 さくらは思った。
「ちょっと、やめてよ。 その汚い手をはずしなさいって言ってんの!」 光子はバタバタと抵抗する。
猪本と、さくらを引っ張る藤崎、光子を引きずる男たちは部屋の隅に集まった。 次の瞬間、ガラスの壁が床から伸びて彼らを他のメンバーと遮断した。 悪人たちはさくらと光子を人質にとった状態になったのだ。

「何をするつもりだ。」 三人の男性は走り寄って、その透明の壁を激しく叩いた。 ガラスの壁はびくともしない。
「はっはっは、防弾ガラスですよ、諸君。」 猪本は笑っている。
それを横目に、さくらは無言で立っている。 光子さんが危なくなったら、迷わずに魔法を使おう。 ほかに方法がないもの。

猪本は藤崎に合図をして、プロジェクタでパスワードの画面を全員に見せた。 その最終パスワードの画面は次のように書かれていた。

—ミツコとヨウコの物語—
ミツコとヨウコは追いかけっこが大好き。
でも、どんなにヨウコががんばっても
決してミツコには追いつかない。それはどうして?
[理由] ミツコには     がないけど、ヨウコにはそれがあるから。

「まったく、なぞなぞ好きの教授だ。 しかし、悔しいかなパスワードがまったくわからない。 パスワードを教えなさい!」 猪本が目を見開いて命令した。
「ミツコにはお金がないけど...? ミツコにはムネがないけど...?」 美澄が候補を口にする。
「小笠原美澄、フザけてる場合じゃないでしょーが?!」
「ミツコにはカレシがないけど...?」 小狼も便乗した。
「こいつらは、私の娘に向かって...」

「ふざけていないで、パスワードを教えろ。」
「教えないといったらどうする?」 有賀教授は低い声で言った。
猪本は邪悪に目を開いた。 「大事なお嬢様が死んでもいいのですかな?」

「なんて卑劣な! 私利私欲のためにそんな!」 全員が声を上げた。
一触即発だ! 小狼とさくらは魔法の準備をしつつ息を飲んだ。

「できるならやってみなさい。 殺したまえ。」 冷ややかに有賀教授が答えた。
「どういう父親よ、バカ親父! あたしを見殺しにする気?!」
「こっちの方が狂ってるぜ。」 小狼は冷や汗をかいてつぶやいた。
「き、気は確かか? 娘を見殺しにする気なのか。」 有賀教授からの予想外の答えに猪本の方がたじろいでいる。
「娘を殺すということは、キミが欲しいものを得るチャンスを未来永劫、失うということを意味している。」
「ど、どういう意味だ?」
「私は単に実験をしたにすぎん。 対消滅の新しい理論は、キミが人質にとっている女子学生が定式化を成し遂げたのだ。 君がほしがる新理論を理解しているのは世界で一人、彼女だけだ。」
猪本は衝撃に後ずさりした。
「そんなバカな。 あの素晴しい理論がこの小娘によるものなのか?」
猪本は少しの間床を見つめ、再び顔を上げると自暴自棄になって叫んだ。
「こいつをさらっていく。 永遠にわたしのもとで働いてもらう。 いや、私の子を産んでもらおうか。二人の遺伝子を受け継ぎ、きっと、パウリ、 ディラックを超える科学者が誕生する。」
「ち、ちょっと何言ってんの?! このヘンタイ!」光子は眉をひそめ、後ずさりをする。
「あの部屋から逃げ道を用意しているはずだ。あいつの暴走を止めないと... 光子に触れさせるわけには...」さっきまで 冷静だった有賀教授は猪本の発言の変化にうろたえている。

魔法だ! さくらと小狼が戦闘モードに移ろうとした時...
「そうはいかないわ、猪本博士。」 光子が猪本から遠のいた。
「物質・反物質の対消滅に関するあたしの新しい数学形式がそんな強力な技術革新になるかどうかはわからないけど、あたし決めました。」
リビングルームに集まった全員は、善人も悪人も、しっかりとした表情で話す光子に注目した。
「宇宙の法則は、人類の創意工夫で良い利用も悪い利用もできる。 それは、発明者の精神によるもの。 邪悪な利用をされる、そんなひどい可能性に反抗するには、新しい学術的成果は世界中の人に知らしめないといけない。 そうすることで、その知識を利用できる人は悪人だけでなくせるの。 いまここで、この新しい理論を国際学会に提出します。」
光子は透明の壁の向こうにいる知世にウィンクした。
「そこにいる大道寺知世さん。 彼女の手にあるパソコンの中に、あたしが二、三日、悪戦苦闘して書き上げた論文が入っているわ。 もちろん、対消滅に関する新しい数学形式をアピールする論文だけど、お父さんが送ってくれた実験データも含まれているわ。 今、皆さんの目の前で論文を投稿します。」
光子は再び知世の方を振り返った。
「大道寺さん、送信ボタンをクリックしてください。」

猪本は大笑いをした。
「お嬢さん、堂々とした演技をありがとう。 舞台俳優になったらいい。 しかし、そのおろかな計画はこんな田舎では役に立たないよ。 こんな田園地帯にはWi-Fiインタネットアクセスなんかないから、計画失敗だ。 さ、ずる賢いお嬢さん、お仕置きをしてやる!」
ちょうどその瞬間、「投稿完了しましたわ!」 と声が聞こえた。
「なに?!」
「あらかじめ、その辺一帯に高速無線インタネットアクセスの中継局を配備しておきました。」 光子は言った。
「ええ、大道寺グループのWi-Fi接続は一般のインタネットアクセスよりも格段に高速ですわ。」 知世は誇らしげに説明した。
「一体どういうことだ...?」猪本には状況がのみ込めていないようだ。のみ込めていないのは、猪本だけではない。さくらや小狼もきょとんとした顔をしている。
「この場所から投稿できるように、大道寺さんにお願いしてインタネットの配備をしておいたのよ。昨晩からよ。これくらいの展開が、天才 有賀光子に予想できないはずがないでしょ。仮に、あたしの論文があなたの言うように高い価値をもっていたとして、それであなたがあたしに手をかけてみなさい。あなたは世界中から糾弾されることになるわ。」
猪本は疲労感を感じ、後ろによろめいた。
今だ!
「ストーム!」
「はっ!」
さくらはストームの魔法で悪人たちを渦巻く突風に巻き込み、部屋の反対側に飛ばした。 小狼は剣を出し、砲弾ガラスの壁を粉々に切り裂いた。 二人の動きはすばやく、何が起こったのか、他の人には完全に把握できなかった。 悪人は意識を失っていた。

小狼はさくらのそばに走ってきた。
「一人で敵のアジトに潜入するとは無鉄砲だぞ。」
次の瞬間、さくらは小狼に抱きしめられる優しい腕の感触を感じた。 小狼の息遣いも聞こえる。
「よくやったな、さくら。 危険な状態だとしても、切り抜けてくれると信じていたぞ。」
さくらは微笑んで、抱きしめられるぬくもりを感じていた。

「ちょっと、何がどうなったの? 説明してちょうだい。」 美澄が詰め寄った。
「あ... あの... 小狼はカンフーの達人で、あたしは... その... あ、合気道の有段者で...」 さくらは引きつった笑いを浮かべてたどたどしく説明した。
小狼は何も言わず、コクコクと首を縦に振っているだけである。



藤崎以外の悪人をスリープで眠らせ、小狼とさくらは藤崎を取り調べていた。 藤崎は、計測器を安値でレンタルさせてくれることから猪本俊和のもとで働いていたことを白状したが、光子に脅迫電話をかけたこと、襲ったこと、さらに、臨時事務所に押し入ったことについて否認を続けていた。
「今日はどうして眼鏡にしたんでしたっけ?」 さくらが質問した。
「コンタクトをなくしたから。」
「どこでなくしましたか?」
「わかりません。」
「これを我々の臨時事務所で落としたんじゃないのか?」 小狼は事務所で見つけたコンタクトレンズを見せた。
「これは本当に僕のもの?」 藤崎は逆に小狼に質問した。
「なら、証明しましょう。 髪の毛か唾液をくれればDNA鑑定できるんだけど。」 小狼はにやりと笑った。
藤崎は急に黙って、しばらく沈黙が続いた。 しかし、すべての容疑を認めるまで長くかからなかった。 猪本俊和の指示で光子を襲い、事務所に押し入ったことを認めた。 さらに、襲われた光子を助ける白馬の王子様になったことで、その後、光子と交際することを期待していたことも話した。藤崎はずいぶん前から光子に好意をもっていたらしい。



「ところで、実験データにアクセスする最終パスワードって結局、何だったんだ?」 小狼は光子に訊いた。
「説明したくないわ。」 嫌気が差したように光子は答えた。
「私が説明しよう。」 有賀教授がブランクを埋めた結果を見せた。

ミツコとヨウコは追いかけっこが大好き。
でも、どんなにヨウコががんばっても
決してミツコには追いつかない。それはどうして?
[理由] ミツコには  質量  がないけど、ヨウコにはそれがあるから。

「答えを見ても、その理由がわからないんですけど。」 さくらは、ちんぷんかぷんであることを訴えた。
「ミツコとヨウコを漢字で書いてみなさい。」 有賀教授がヒントを言った。

どんなに陽子ががんばっても決して光子には追いつかない。
光子には質量がないけど、陽子にはそれがあるから。

「そういうことか!」 小狼は声を上げた。
「陽子 (ようし: プラスの電気の粒子) には重さ (質量) があるけど、光子 (こうし: 光の粒子) には重さがない。 重さがない粒子だけが光の速度で運動できるから、陽子は絶対に追いつけないってことか。」
「最終データにアクセスできたってことは、光子さんもパスワードがわかったのね?」
「それは当然。 あたしの名前の意味だもん。 ふん。」
「つまり、有賀光子の名前は、理系博士のダジャレなのね。」 ぼそりと小笠原美澄が言った。
「小笠原さん、そんなことは。 光の粒子と同じ名前。 宇宙で一番速い名前。 光の女神みたいで素敵な名前ね。」 さくらは光子に微笑みかけた。



「今回の事件で桜狼探偵事務所が解明できなかったことが一つある。」
小狼は後ろに手を組み合わせ歩いた。 「それは、事件の開始についてだ。 有賀の説明によると、有賀教授の雲隠れは、松崎助教授が臨時講師として赴任してきたのと、有賀が怪しい人物に見られるようになったのと同時期だった。」
小狼はゆっくりと歩き、蛇行しながら60歳くらいの男に近づく。
「しかし、あなたは引き出しの中で我々が発見したメッセージの中で、予想外の悪い事態が起こったと書いていた。 あのイカれた猪本俊和の犯罪が、『後で起きた予想外の悪い事態』 だとあなたが書いた出来事だと思っている。 したがって、あなたの雲隠れは、当初、実験データをまとめることを目的としていなかった。」

有賀教授は息をつくと、微笑んだ。 「キミの言うとおりだ。 最初のうち、雲隠れは嘘だった。」
「嘘? なんのために?」 光子は反射的に質問した。 その驚きは、リビングルームにいた他の人にしても同じだった。
「わたしの弟子である松崎憲次君を試すためだよ。」
「試すって、何を試すの?」 光子は驚いて訊いた。
「松崎君は星和大学で講師のポストにつくことになった。 そのときに、光子の研究のための場所を提供したいと提案してきた。 光子には嬉しいことかもしれんが、心配があった。」
「心配って?」 不服そうに光子がさらに質問する。
「彼は見ての通りのイケメンだ、昔の私のようにな。 だから、光子を泣かすようなことをしないか心配だったんだ。 それで、雲隠れを装って、娘の身辺を見守ってたのだ。」
「本当にイケメンだったかはおいておいて、きっと若い頃、いっぱいヤンチャなさったんでしょうね、有賀教授は。」 知世は、冷や汗をかきながら、引きつった笑いを浮かべてつぶやいた。
「うぐぐ、お父さんが、あたしをずっと見てたってことなのね...」
「まあ、有賀さん落ち着いてくださいな。 それだけ娘が心配だったということで...」 知世が背中をさすりながら、光子を鎮める。
「だが、その時、猪本俊和が、私が雲隠れして対消滅の新理論をまとめていると勘違いしたようだ。 以前、光子が取り組んでいた新しい数学形式ついて話したことがあったからな。」
「それで、僕は合格したのですが?」 松崎はおそるおそる訊いた。
「合格だ。 光子の研究場所を用意してやってくれ。 しかし、娘は日没までに帰宅させてくれよ。」 有賀教授は心配性のそぶりで話した。
「それと...」 有賀教授は小狼を見て指を指した。 「その彼は、不合格だ。 光子にちょっと恋をしていたからな。」
「ち、ち、ちが〜う!」 小狼は両腕を振って否定した。 「そんな目で有賀を見てない。 無実だ、信じてくれ、さくら。 このおっさん、おかしいぞ。」
「だから言ったでしょ。 既に誘惑され始めてんのよ。」 美澄はウィンクしながら言った。

「ねえ、さっき藤崎徹を落とした時だけど、あなたたちってDNA鑑定もできちゃうの?」 光子は感心してさくらと小狼に訊いた。
「あはは... あれ、実は自白させるためのハッタリだ。」 小狼は恥ずかしそうに答えた。
「そのためにハッタリだなんて、たいした度胸ね。」
「あんたもだ。 悪人を目の前にあんな演説をするとは。」 小狼は光子に言葉を返す。
「でも、さすがにさらっていく発言をされたとき、超コワかったのよ... 泣きそうよ。」



光子たちは全員、星和大学に戻ってきた。 藤崎を含む悪人たちは眠ったままだ。
「今回の事件は重大事件であることが判明した。 これは十分に刑事事件だ。 桜狼探偵事務所のポリシーに従って、依頼者が警察への通報、または、告訴ができますが。」
光子は、父親を数秒見てから話し始めた。 「彼らに分別のある科学者として更正させる機会を与えたいと思います。 お父さんが彼らにちょうどいい場所を用意するでしょう。」
有賀教授はうなずいて言った。 「藤崎君ともう二人の学生については、わたしの研究室か弟子の研究室で面倒見れるように、編入手続きを取ってみよう。 だが、猪本の息子は症状が重い。 私のところによこす前に、大道寺さんとこのグループ企業で再教育できないだろうかね。」
「わかりました。 ちょうどいい配属先を探してみますわ。」 知世は答えた。



その一週間後、さくらと小狼は緑ヶ丘大学にあるもともとの事務所に戻っていた。 その日、光子がお礼を言いにやってきた。 藤崎ら3人の受け入れ先が決まりそうだと光子は、二人に報告した。 小狼とさくらは、あれほどの事件にも関わらず、悪人を告訴なりしなかったことにいまだに驚いていた。
「実は、お父さんはこの手で弟子を増やしてきたの。 かつての敵を共同研究者にしたり、弟子にしたり。 それで、今では日本国内でも数えきれない人数の弟子がいます。」
「へぇ、そんな感じに聞こえなかったけど、意外と寛大な人なんだ。」 さくらは言った。
光子は首を振った。 「実は、近くにおいて監視をしっかりしてるのかな。 懲役刑みたいなものよ。 ふふふふ。」

「ところで、新しい数学形式って、悪人どもがリスクを背負ってまで欲しがるすごいものなのか?」
「ううん、わかんない。」 光子は頬づえをついて目をきょろきょろさせて答えた。 「あたしは思いついたままに定式化しただけ。 それがすごい理論なのかわからないわ。 でも、たかが二十歳の女の子が導いた方程式の集まりよ。 しかも、あの理論にはまだ欠点があるわ。 あの悪人たちは、きっと、お父さんのハッタリにだまされたのかもね。」
「ところで、提出した論文の口頭発表はいつ?」 さくらが訊いた。
光子は笑いながら答えた。 「半年後。 まだ、理論の補強も必要だし、国際学会だから英語発表。 あたし、英語ダメだから発表の猛練習よ。 論文書くのもへろへろだったのにね。」

「ところで、お礼の印に何かを差し上げたいんだけど、どういうものを報酬として受け取ってくれる?」 光子は話題を変えた。
さくらは微笑みながら答えた。 「報酬なんていらないよ。 この探偵事務所は非営利団体だから。」
「でも、今回の事件は重大事件だったから、何かお礼をしたくて。」
「よし、じゃあ、報酬として音声データの使用許可が欲しい。」 小狼が言った。
「音声データ?」 光子が訊き返す。
「ああ、おまえが二人組みに襲われたときに録音したあれだ。 調査の中で、犯人があらかじめ用意された台本で襲撃を装っている状態で面白い抑揚パターンが抽出できた。 許可してくれるなら、俺たちはそれを論文発表したい。」
「面白そうじゃない。 いいわ、音声データを論文で存分に使ってちょうだい。 あの、音声データの使用許可契約書みたいなのいる? あたしの署名入りで。」

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