まじかる科学探偵団

作者: Yuki Neco

第7章 光子の追跡

小狼はその場にいるメンバーに侵入者が押し入った際に何か痕跡を残していると主張した。 しかし、なぜ書棚のガラスを割ったのか、小狼は引っかかっていた。 部屋に入るとき、犯人は鍵を壊さず、窓を割らず、ピッキングを使って入っている。 そんな慎重な犯人がどうして部屋の中でガラスを割る必要があったのか?

知世は来る途中で気づいたことを報告した。 「藤崎徹といえば、今朝、眼鏡をかけていましたわ。」
「そうそう、コンタクトレンズをどこかで落としたって、小笠原美澄が言ってた。」 光子も情報を付け加えた。
「そういえば、質問したときに、彼はコンタクトレンズを落としたこと言いたくなさそうでしたわ。」
それを聞いた小狼は腕組みをして黙って考え込んだ。
「床だ! 床に犯人の痕跡を探せ!」
「床ってまさか...」 松崎が喋った。
「ああ、コンタクトレンズだ!」 小狼は自信ありげに答えた。
「でも... コンタクトレンズみたいな小さいものをは、いつ見つかるかわからないわ。」 光子は弱気に言った。
「有賀はノートパソコンの作業があるから、そっちをしろ。 他のみんなで床を探す。」
「でも...」
「李くんの言うとおりだ。 有賀さんはキミしかできない特別な仕事をしているんだよ。」
松崎は優しく言った。
「安心しろ。 そんなものは数分で見つかる。」 小狼は言った。
数分で? 小狼以外の人はすべて、そんなことは不可能だと思っていた。 しかし、全員は小狼が言ったとおりに作業を始めた。

光子は机についてノートパソコンで作業をしている。 他のメンバーは床を這ってコンタクトレンズを探している。 その様子を確認した小狼は、こっそりと魔法の札を取り出し、気を集中し藤崎の目から落ちるコンタクトレンズのイメージを創る。
「軽磨霹靂 電光転 (けいまへきれき でんこうてん) 急々如律令! (きゅうきゅうにょりつりょう)」 ささやくように呪文を唱えた。
松崎のそばのある場所が一瞬光った。
「なにかある。」 松崎が声を上げた。
「素手で触るな。 ピンセットを使うんだ。」 小狼は松崎にピンセットを渡す。
見つけたものをハンカチに乗せ、全員でそれを確認した。 コンタクトレンズだ!

「李くん、もしかしてこれは?」 知世が小狼に耳打ちする。
「ああ、失せもの探しの魔法だ。」 小狼は得意げに微笑んで答えた。



さくらは金網のフェンスに背中でもたれかかって、静かに泣いていた。 さくらは考え直して、今、藤崎徹を捕まえるのは無謀なことだと思った。 さらに、自分に問いかける。

どうしてこんな気持ちになるんだろう。 光子さんが現れて、確かに小狼の言動に変化があった。 とは言っても、彼女は何も悪いことをしていない。 彼女は、小笠原美澄が言うような男性を手玉に取る悪女には思えない。 それでも、小狼の態度が変わっていくたびに、あたしあの子を恨んでしまうかも... しかも、今回のことも彼女が悪いわけでないのに、 あのままあの場所にいると、光子さんにいやなことを言って責めてしまいそう。 そんなことを考えるあたしもイヤ。 ホントは光子さんはいい人なのに。 この前の夜、屋上で話してそう思うの。

ちょうどその時、50メートル先の人に気づいた。 藤崎徹だ! 彼女は見つからないように建物の陰に隠れた。 小笠原美澄が一緒じゃない。 何をしているんだろう?
さくらは藤崎の目的を知るために尾行することを決心した。 超常現象研究会にいくのだと思ってたが、桜狼探偵事務所を遠目に見張っているだった。 何かのタイミングを待っているのか。

何かを考え直したのか、藤崎は歩き出した。 さくらは建物の陰、木の陰に身を隠して尾行を続けた。 どこに行くの? 藤崎は校舎の裏に回りこみ、裏手の非常階段を上り始めた。 ひそかに背後をたどり、さくらは非常階段の下に歩いてきた。 その時、背後でドサっと音がした。 なに?!
「ねえ、キミ、僕に何か用かな?」
しまった! 藤崎徹だ。 彼は2階からさくらの背後に飛び降りたのだ。
さくらは驚いて口をあけたが言葉が出ない。

「有賀さんに付きまとっているお邪魔虫の一人ですね。」 藤崎はさくらの周りを歩く。
「有賀さんと二人きりになりたくても、ボディガードに付き添われてて、近づくこともできないんですよね。」

ウィンディのカードを使えば、身動きがとれないほど拘束することができるのだが、別の選択肢をさくらは選んだ。
あたしが捕まれば、光子さんをおびき出すのにあたしを使うはず。 つまり、あたしがいれば次のおろかな一手に踏み出すはずだ。 ふっ、カードの捕獲者が逆に捕獲されるなんて滑稽だけどね。

「昨晩、9桁のパスワードを解決したのって、あなた?」 さくらは藤崎に訊いた。
「何の話だかわかりませんが。」
「そう、質問を変えるわ。 昨晩、松崎助教授のセミナー室で何か面白いものを見つけた?」
藤崎は黙っている。
「あなたの目的は、有賀光子さんであって、あたしではない。 光子さんに近づく目的は何? ずっとしたためてきた愛の告白かしら、それとも、別の目的?」



桜狼探偵事務所の臨時事務所では、次に進める手はずが話し合われていた。
「書棚のガラスが割られていたことは、このコンタクトレンズで説明がつく。 やつはこの部屋でこのコンタクトレンズをなくした。 やつはコンタクトレンズをカモフラージュするためにガラスを割ったんだ。」
「では、このコンタクトレンズが藤崎のものだと証明すればいいんですね。」 知世が訊いた。
「理想的にはそうだが、あとは藤崎を尋問して真実を導き出す。 やつを捕まえに行こう。」
その時、光子が知世の肩をたたいてささやいた。
「準備できました。 中継局のほうは?」
「準備万端ですわ。」

ちょうどその時、事務所に小笠原美澄がやって来た。
「ちょっと、あなたのパートナーもどういうつもりなの?」
「小笠原美澄、こんな所に来てなんなのよ?」 光子は美澄に反撃する。
「あなたのパートナーがわたしのカレシとドライブに出かけちゃったのよ。」 美澄は小狼に食ってかかった。
「それって、藤崎徹のことか?」
「そうよ。 あの女、助手席に乗っていたわ。 見たんだから。」
「あらまあ、さくらちゃんたら、一人で藤崎に会ったんですわ。 なんて無鉄砲な。」 知世は右手を口に当てた。
「藤崎徹は確実にあたしを狙ってるんだから、本来あたしが捕まっているはずだったのよ。
今すぐ追いかけて木之本さんを助けないと!」 光子は美澄の前に出て言った。
「有賀さん、ご自分を責めてはいけませんわ。」 知世は光子を落ち着かせようとした。
さらに、小狼の方を向いて、ささやいた。
「ねえ、李くん、さくらちゃんに危険はないでしょうか?」
「もっと後先のこと考えればいいのに。 でも、あいつはやるべきことをわかっている。 たとえ危険があっても切り抜けられるはずだ。 俺は信じている。」

「どこに行ったかわかるか?」 小狼は美澄に訊いた。
「そんなことわかるわけないじゃない。」 腕組みをして美澄はそっぽを向く。
一瞬、何かの影が通過したことに小狼は気づいた。 その正体を気づくと小狼は息を飲んだ。
「さくらのやつ、シャドウのカードを使っているのか! 影を追っていけば。」
小狼は美澄のそばに歩いて話しかけた。 「あいつらの行き先がなんとなくわかるぞ。 俺たちを車で乗せていってくれ。」
「あなた本気? わたしのマセラティにそんな大人数、入りきれないわ。」
「大丈夫だ、車はもう一台ある。」

美澄のマセラティには、運転席に美澄、助手席に光子、後部座先に小狼が乗った。 知世のメルセデスには後部座席に知世と松崎、運転席と助手席に二人のボディガードが乗った。
「あなたたち、ちゃんとシートベルトしめるのよ。」 美澄がエンジンをかけながら、横柄な態度で指示を出す。
「あのね、道路をぶっ飛ばすつもり? できたら、おとなしく運転してくれたらありがたいな。」 引きつった笑いで光子が言った。
「うるさいわね、有賀光子。 もう時間がないんでしょ。」
小狼はさくらの影が見えているか窓の外を確認した。 小狼の目には影は点滅しているように見えた。 魔力のない人たち、ハリー・ポッターでいうマグルたちには影はおそらく見えていない。 よかった。 今日は晴れてくれたおかげでシャドウのカードも活発だな。
「準備はいいぞ。」 小狼は美澄に車を走らせるように合図した。
「じゃ、しっかりつかまってるのよ。」 美澄はエンジンをうならせると、ホイールスピンしながら車を急激に加速させた。
「もうちょっと静かに運転してくれ。 後ろのメルセデスが俺たちを見失うだろ。」
「わかった、わかったわよ。 面白くないわね。」 美澄は不満を口にした。

「さくらたちは郊外にある超常現象研究所に向かっていると思う。 場所は知ってるか?」
「場所は知らないわ。 でも、徹が時々うさんくさい場所に出入りしていたのは知ってるわ。 だから、あたしがよこしたお金をそういう怪しいやつらとの付き合いに使っていないか、ずっと調べてたのよ。」
「それはよかった。 少なくとも、今日のうち俺たちは、同じターゲットを調査する仲間ってことだな。」 小狼は、その褐色の髪の女子学生に言った。 「あ、次の角を左折だ。」
「はい、次の角ね。」



一方、さくらは藤崎が運転する車の助手席に座っていた。 既に、大学から15キロ離れた場所にいた。
「もう、あたしを人質にしたんだから、ほんとのことを教えてよ。 有賀教授のデータにアクセスする第2のパスワードはこれから解決しないといけないんでしょ?」 さくらが訊いた。 「ああ... そうだね。 パスワード解決のために、俺たちは有賀さんが必要なんだ。」
「俺たち... ってことは、ほかに誰かいるのね、やっぱり?」
「若手の科学者。 有賀博士の物理理論を人々のために役立てようという人だ。 その学術結果を実現する技術者への橋渡しをしてくれる。」
「その科学者って誰?」
「今日、会うことになる。 猪本俊和博士だ。」
「猪本俊和って、猪本寛治教授の息子さんね。」 さくらは知っている情報を口にした。
「アクシスフォード大学で博士号を取得し、大学や企業の研究所に所属せず、一人で物理学応用を研究している人ね。」

車は田園地帯を走っていた。
「で、なんであなたはその科学者の下で働いているの?」 さくらは藤崎に質問した。
「超常現象を単なるオカルトでなく、科学の一分野だと認めてくれるからだ。」



真っ赤なマセラティと白いメルセデスは、都市部から田園地帯へと移動していた。 道路の両側の建物は時間の経過とともにまばらになってくる。 小狼はさくらの影が示す道を確認していた。 間違いなく、さくらは敵のアジト、超常現象研究所に向かっているようだな。
「う〜ん、ほんとにこんな田園地帯に超常現象研究所なんてあるのかしら?」 光子がつぶやいた。
「知らないわよ。 こんな田舎に研究所なんて知ってるわけないでしょ、有賀光子?!」 美澄は運転しながらいらついた様子で答えた。
「あなたに訊いてないわよ! 独り言を言っただけよ、小笠原美澄!」
「ふん、イラつかせないでよ。 だいだい、なんで、助手席に有賀光子を乗せてドライブしないといけないのよ?! いいこと? 帰り道は、絶対にあのカッコいい先生を助手席に乗せてちょうだい。」
「頭おかしいんじゃない? そんなのぜったにダメよ!」 光子は激しく反対を唱えた。

小狼は、光子をマセラティに乗せたことを後悔していた。 この二人は顔を合わせるとずっとケンカしているんだろうな。 さくらはそろそろ敵のアジトに着いたかな。



「もうすぐ超常現象研究所だ。」 藤崎がさくらに言った。
「そろそろ、有賀さんを連れてくるようにと、キミのパートナーに電話したほうがいいな。 だから、やつに電話してくれ。」
「必要ないわ。」
「なに?」
「正確に説明できないけど、もう彼はあたしたちの目的地を知っていて、既に追跡を開始しているわ。」
「どうしてそう言えるんです?」
「それが桜狼探偵事務所なのよ。」 さくらは自身ありげに微笑んだ。

その5分後、農業地帯の真ん中に大きな家が見えてきた。 藤崎はその家を指差した。
「あの家だ。 猪本博士はあの家を改装して、個人所有の研究施設にした。」
藤崎は方向指示器を右に出して、車は大邸宅の庭の小道に入った。 その先に、もう1台車、緑色のジャガーが停車している。 藤崎とさくらが車から降りると、ジャガーから誰かが降りてきた。 その人物60歳くらいで、白髪で濃い口ひげとあごひげをたくわえ、眼鏡をかけ、執事のような服装をしていた。

「思ったより、ちょっと遅かったか。 あれ、有賀光子さんではないな... ということは、彼女の件を調査している探偵さんの一人ですかな。」
「はい、桜狼探偵事務所の木之本桜です。」 さくらは男に言った。
「そうですか、お嬢さん。 こちらへどうぞ。」 執事服の男は一緒に来るようにさくらに合図した。
「猪本俊和博士がお待ちです。 ご案内しましょう。」



藤崎とさくらが到着して15分ほど経って、小狼のグループが同じ庭園に到着した。 車から降りると、どこに行くべきか見当がつかないので周りを見回した。 ちょうどその時、玄関ドアが開き、年齢が60歳くらいで、白髪で濃い口ひげとあごひげをたくわえ、執事服を来た男が歩いてきた。
「猪本俊和博士の応用物理学研究所へようこそ。」
その男は、光子の横にまわって小声で伝えた。 「有賀光子様、お父様から伝言を預かっております。」
執事服の男は光子にカードを手渡した。 カードを確認すると、光子はかたすかしでも受けたように、ずっこけそうになった。
「どうした?」 小狼が訊く。
「あの... えっと、なんでもない。 あははは....」 光子は引きつった笑いをした。
「何が書いてあったんだ?」
「あの... ごめんなさい、あとで説明するから。」
「気をつけなさいよ、有賀光子。 レディが人前でずっこけるなんてみっともないわよ。 特にスカートはいているときはなおさらよ。」 美澄は冷ややかに言った。
「お連れ様は既に中で皆様の到着をお待ちしております。」 男は丁寧な口調で言った。 「猪本俊和教授がお待ちしている場所までご案内しますので、ついていらしてください。」

「どういうことだ... こんな出迎えを受けるなんて予想もしてなかったぞ。」 緊張感をくじかれた気持ちがして、小狼は引きつった笑いを浮かべていた。
小狼が光子をちらりと見たとき、彼女も恥ずかしそうにして、小狼と同じように引きつった笑いを浮かべている。
「さくらは大丈夫だといいんだが。」 小狼が光子に言った。
「この調子だと、何事もなさそうよ。」

小狼たちは、アンティークランプでうっすらと照らされたオーク材の廊下を歩いた。 壁は漆喰で塗られている。 そんな家が科学研究の施設として使われているとは信じがたい。 執事服の男は、その家の居間に案内した。 その男はオーク材のドアをノックすると、ドアを開けて言った。 「有賀光子様とその友人方を連れてまいりました。」
「何でわたしがその友人方なのよ?!」 美澄は気に入らない感じでつぶやいた。
部屋の中央にはマホガニ材の大きなテーブルが置かれていた。 背の高い年齢35歳くらいの若い男が奥に座っていた。 あれが猪本俊和か、と小狼は思った。 あ、さくらも座っている。 何事もないようでよかった、小狼は安堵の息をついた。

奥に座ってきた男が立ち上がっていった。 「有賀光子さん、学生探偵の諸君、よくいらっしゃいました。 会えて光栄です。 では、早速、本題に入りましょう。」

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