まじかる科学探偵団

作者: Yuki Neco

第1章 光子に迫る影

その日、有賀光子は星和大学で松崎憲次助教授のオフィスに向かって歩いていた。光子は157センチの身長で、淡い栗色の髪が腰の高さまでまっすぐ伸びた大学2年生である。 薄い緑色のワンピースに、それに合わせた濃い緑のベストを着た清楚な感じの身なりをしていた。 その二、三時間前、彼女は松崎助教授が担当する2年生の量子力学の講義に出席していた。講義が終了した時、松崎助教授は話したいことがあるから午後4時にオフィスに立ち寄るようにと彼女に言っていたのだ。松崎憲次は光子の父親の研究室で量子力学を学んだ若い代理の講師だった。 彼女は廊下を歩き松崎助教授の部屋に向かいながら、何の話だろうと考えていた。話ってなんだろう。 他の人の前で言いにくいことかなぁ? まさか、デートの誘いってことはないよね。 そう考えると恥ずかしそうに笑った。そんなことを考えているうちに助教授のオフィスの前に来ていた。ドアをノックすると、中から若い男性の耳障りがよい声で中に入るようにとの返事が返ってきた。

静かにドアを開けると、部屋の奥の机に松崎憲次が座っているた。 憲次は背が高く、波打つ長い黒髪を肩まで伸ばしたハンサムな青年講師である。
「有賀さん、いらっしゃい。」憲次は微笑んだ。
「あの... 先生...」 目の前の美形の男性の微笑みで光子は照れてしまった。なんとか気を取り戻して言葉を発する。「確か、父の研究室で理論物理学を研究されてましたよね?」
「そのとおり。有賀さんは五、六年前に研究室に来たことあったよね? あの時はまだ、中学生くらい?」
「まだ中学2年生でした。大学祭に来てたんです。」
そのように答えると、当時の光子は松崎に一目ぼれして自宅に帰るやいなや、父親に松崎がどんな男性なのかを質問したことを思い出し、赤面してしまった。

「アイスコーヒーでいい?」 松崎は立ち上がりながら訊いた。「もう9月も終わりなのにまだ暑いね。」
「はい、ありがとうございます。」
「実は、有賀さんに来てもらったのは、提案があってのことなんだ。」アイスコーヒーのグラスを机に置きながら松崎は話を切り出した。
「提案ですか?」光子は瞬きした。
「正確に言うと招待なのかもしれない。 有賀先生... つまり君のお父さんから聞いたことがあるんだけど、有賀さんって高校卒業までに理論物理の分野では大学院生レベルまで知識を吸収しているんだってね。 そんな君が同学年の学生と物理学の講義を一緒に受けるのは退屈に違いない。 だから、有賀さんが自分の研究に打ち込める場所と時間を提供しようと思うんだ。」
淡い栗色の髪の美しい女子学生は、その提案を聞いて期待とともに目を大きく開いた。
「松崎先生、なんてステキなお誘いでしょう。」
「喜んでもらえて僕も嬉しいよ。 でも、研究室内に有賀さんの場所を用意して、助手とかにも君が特殊なケースと説明するなどの準備も必要だ。 1ヶ月くらい待ってほしい。」
「そんなこと、ぜんぜん構いません。」と光子は微笑んだ。

松崎と話している間、光子は時折、アイスコーヒーのグラスをストローでかき回し、 氷がぶつかる音を聞いていた。 氷がぶつかる軽快な音を聞いていると、気温が二、三度ほど 下がったような涼しい心地がした。
「ところで、訊きたいんだけど。」 松崎は視線を変えて話しかけた。
「あ、はい。 何でしょうか?」 光子はグラスの中の氷をストローでかき回す手を止めた。
「有賀先生って、論文の完成時には姿を隠すじゃない。 そのときに助手を数人連れて行くので、僕も先生に同行したことがあるんだよ。 でも、今回はどこに行くのかを教えてもらってもいない。 今回、先生はどこにいるか聞いてる?」
「実は、あたしも知らないんです。 これまでも姿を隠す場所について教えてくれたこともないし。」 光子は恥ずかしいそうに答えた。



「はぁ、松崎先生もお父さんの居場所を知らないんだ。」松崎助教授の部屋を出ると、光子はため息まじりに声を漏らした。
大学の中庭に出たとき、息を飲んだ。
「なに?」
さっと後ろを振り返る。
「絶対に誰かに見られてた。」
中庭には、会話で時間つぶししている者、ベンチで本を読んでいる者が男女で数名ずついた。怪しい者がいないか光子は辺りを見回していると、誰かに声をかけられた。
「光子、どうしたの? こんなところでカレシと待ち合わせ?」 話しかけたのは光子の友達のグループだった。
光子は苦笑いを浮かべる。「そんなのじゃないわ。 座って本を読める場所を探してたの。」
「物理学研究のための読書ね? どっちかと言うと、わたしは男子の研究がいいな。 じゃあね。」 一人がウィンクしてそう言うと、グループはその場を去った。
「気のせいだったかなぁ? いたっ!」 光子は誰かとぶつかった。
「ちゃんと前を見て歩かないとね。」
「有賀さん、会えてよかったですわ。」 別の声が聞こえてきた。
「え? 大道寺さん、会えてよかったとは、あたしのセリフですよ。」

大道寺知世は光子より学年が1年上で、高校の映画研究会にいた頃からの知り合いである。知世は身長165センチくらいのすらりとした体型をして、腰の高さまで伸び毛先が少しカールした濃い灰色の髪をした女性だった。 明るいブルーのマクシドレスを着て、腰に茶色のベルトを締めていた。
「あら、これは?」 手を伸ばして光子の背中から何かをつかんだ。
「何ですか?」 あっけにとられたように光子が訊く。
「ベルトにこんなものが。」
一切れの紙で 「対消滅 やつはどこだ?」 と書かれていた。 それを見て光子の顔は恐れの表情に変わった。 「ホントに... 誰かに見られてたんだ。」
知世はゆっくりした口調で、「みすみす殿方の手に腰を触れさせたのですね。」 と口を挟んだ。 「そんなコワいこと言わないでください。 まだ、男か女かもわからないじゃないですか。」 と焦ったように言ったが、次の瞬間、怒ったように、「でも、もしそうだとしたら、許されざる行為だわ!」



知世はケイタイを取り出し、誰かに電話をした。 その三、四分後、白いメルセデスが急ブレーキをかけて停まった。知世は光子を引っ張って後部座席に乗り込んだ。 黒スーツでサングラスをかけて女性が運転するメルセデスは急加速をしてスタートした。 知世と光子は後部座席に座って、光子に紙切れを貼った人物について話していた。
「以前、話してくれたように、本当に誰かにつけられているんですね。 でも、何ですの、これ?」 知世は紙切れを指差して聞いた。
「対消滅は物理学の専門用語で... やつはどこだ が意味不明です。」
「お父様の研究と犯人が関係ある可能性は?」
「わからない... あ、そうか! お父さんは姿を隠しているんだった! やつってお父さんのことかも。」 光子は声を上げた。
「でも、それは一つの可能性に過ぎないか。」 と、光子はすぐに気分を落ち着かせた。

「でなければ、有賀さんに熱烈なファンがいて...」 意地悪な口調で知世が話し始めた。
「有賀さんのようにきれいな人なら、ストーカーの1人や2人がいても不思議はありませんわ。」
「な〜に言ってんですか!」 光子は舌を突き出した。

「でしたら、有賀さん。 犯人を捜しませんか?」 灰色の髪の女性はにやりと笑った。
「どうやって?」
「先日言ったことですわ。 緑ヶ丘大学の木之本桜さんと李小狼君に会うんですよ。」

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