サクラエラ

作者: Sakura aka Michelle
翻訳: Yuki Neco


幼い姫 木之本 桜は背後から母親と並んで座っている父親に忍び寄り、 いきなり飛びつくと、父親は驚いて飛び上がった。 さくらはその様子を見て楽しそうに笑い出し、さくらの母親 撫子も それに応えるようにくすくすと笑った。

木之本 藤隆 王は、先ほどの驚きから気を取り戻すと、 さくらを追いかけて部屋中を走り始めた。 とは言っても、 すぐにさくらを捕まえない程度の速さで走っている。 もちろん、さくらは藤隆がさくらを捕まえたりしないとわかっているのだが、 藤隆の手から逃れようと一生懸命になっている。

さくらは隠れるように母親の背後に逃げ込み、藤隆は足どりを止め、 眉をひそめて、次にどうしたものかと考えている。 藤隆の表情に、愛娘は声をあげて笑いそうになっている。 母親の後からさくらを藤隆が追い立てようとした時、ドアがノックされた。 部屋の中の三人は、誰が来たのか見るために自分たちの行動を止めた。

「ちょっとお邪魔だったかな?」 と、木之本 桃矢は紅潮した家族の顔を 見ながら言った。

「そんなことないですよ。」 と、藤隆は静かに言った。 「ちょっと、さくらさんから攻撃されただけですから。」

桃矢はすかさず、にやりと笑った。 さくらがいるところまで歩いていくと、 桃矢は、さくらがわめいてジタバタするのも無視して、 隠れている場所からつまみ出し、お仕置きとばかりに藤隆の前に差し出した。 「おにいちゃん!」

桃矢はさくらの頭をくしゃくしゃとなで、 「王様に失礼をはたらいたらダメだ。」 と、注意した。

「王様じゃないもん。 お父さんだもん。」 さくらが理屈をこねると、撫子は真珠のような笑いを浮かべた。

藤隆はさくらをかかえて肩に担ぎ、からかうようにさくらの鼻をつまんで、 「本当にいい子ですね、さくらさんは。」 と言った。

さくらは後ろ頭を掻いて、恥ずかしそうに笑い、 藤隆が褒めてくれたことに少しばかり、てれていた。 しかし、桃矢はさくらを怒らせるようなことを口走る。

「父さん、確かにそうだ。 今日の怪獣は、なぜか、いい子だ。」

さくらは鼻を鳴らし、突然、部屋の反対側に興味を示し、その方向に振り返り、 「さくら、怪獣じゃないもん!」 と大きな声で言った。

藤隆は楽しそうに笑い声をあげ、肩にさくらを乗せたまま、 部屋を出て、食事をしに、食堂まで歩いていった。


女王 撫子に起きていることなど、誰も気づいていなかった。 三日後に、撫子は病を患い、寝込んでしまい、さくらは涙を浮かべて、 撫子にごめんなさいと囁きながら、撫子の病床に付き添った。 明らかに、さくらは自分が悪いことをしたから、 撫子が病気になったと思っていた。

撫子は、振るえる腕を弱々しく動かして、さくらの頭に手をおいて、 「さくらちゃんとは関係ないのよ。 お母さんの体が弱いだけ。」 と言って、さくらをなぐさめた。

「そうなの?」 さくらは鼻を鳴らし、肩の重荷がなくなっていくような 気持ちを感じた。

「ええ。 さあ、お父さんをここに連れてきて。 お父さんに大切な話があるの。」

「うん、お母さん。」 さくらはそう言うと、すぐにベッドから飛び降り、 撫子の言うとおりに動いた。 しかし、撫子が咳をするのを聞いて、 途中で立ち止まり、また、今にもこぼれ落ちそうなくらい目に涙を浮かべて、 さくらは心配そうに母親のもとに戻った。 「お母さん!」

突然、撫子は逝ってしまった。 どんなに愛娘が取り乱したように 泣き叫んでも、体を揺すっても、撫子は反応することはなかった。 撫子が、もはや、さくらに話しかけたり、一緒に遊んだりできないということを、 さくらは本能的に悟った。 さくらは崩れ落ちた。

召使いが部屋に走ってきて、哀れな姿の撫子を見て、 さくらをその場から退かせながら、援助を求めて声をあげた。 さくらはなんとかベッドの脇まで戻り、冷たくなった母の腕を かたくなに握りしめ、放そうとはしなかった。 さくらの目から、止めどなく涙がこぼれ、召使いの目にも涙を誘った。

藤隆が駆けつけた頃には、もう遅かった。 撫子は二度と帰らぬ人となっていた。 彼は必死に、威厳を保ちつつ平静を装っていたが、ついに、自室に閉じこもり、 愛する妻の死を悼み、三日間も出てくることはなかった。 妻が必要としていた時に藤隆がどこにいたかと言うと、実は、 将軍たちと会議の最中だったのだ。 彼は、家族や他の何よりも、国のことを大切に考えていた。 そういった考えが間違いだった...


三日間、悲しみに暮れた後、藤隆は、一時的に雇った家庭教師の 女性に さくらを託し、自分は国を離れて休息に就くことにした。 さくらは藤隆と一緒に行きたいと言ったが、しばらくの間、一人で いろいろと考えたいことがあるので、それはダメだと言った。

さくらが涙目で別れの挨拶をすると、藤隆は馬に乗って、振り返ることもなく 馬を走らせた。 少しでも振り返ろうものなら、さくらを残していくことなど できないだろうことを藤隆は知っていたのだ。 背後にさくらの泣き声が聞こえ、 遠く離れても聞こえるので、反射的に藤隆は馬を加速し、城から遠ざかった。

藤隆が城を飛び出して 15 年、ようやく、藤隆は戻ってきた。 しかし、新しい妻と、さくらと同じくらいの年の娘二人を連れていた。 さくらは、城の人々の世話によって、すっかり大きくなっていたが、 父が他の妻を連れて戻ってきたことに驚いていた。

さくらにとって、15 年間、父親に会えなかったことは耐え難いことだった。 さくらによかれと思ってやっていることをわかったので、 さくらは反抗することもできなかった。 さくらは、ただ心から、継母と、義理の姉たちと仲良くやっていけたら、 と願った。

さくらは走って、にこやかに藤隆を迎えに行ったが、 義理の姉の一人 コウチがそれを妨げた。 「あなた、私のお父様になにする気?」

「コウチ...」 と、藤隆が注意すると、コウチはさくらを 激しく睨みながら引き下がった。 さくらは顔を上げることさえできなかった。

「これがあなたの言ってた さくら さんですか?」 と、 継母 ヨーラが尋ねた。 「あなたが よくお話になっていたような、 そんな美しい出で立ちではありませんわね。 ドレスもあんなに汚いし。 あれでは、どの殿方ももらってはくれませんわ。」

ヨーラの言葉はさくらの胸を貫き、さくらは悲しみのあまり、激痛さえ感じた。 さくらは父を迎えるために、きれいなドレスに着替えることを忘れていたのだ。 運良く、幼少の頃、さくらの面倒を見てくれていた家庭教師が、 「姫は私たちの雑務を手伝ってくれているのですよ。」 と言ってかばってくれた。

ヨーラは、「あなたのような姫君が雑務を手伝うですって? なんて滑稽なんでしょう。 雑務などで、自分の地位をおとしめている姫なんて、 あなたぐらいしかいないわ。」 と言って笑った。

「その子は、きみの娘になるんですよ、ヨーラ。」 と、 藤隆は怒ったように、ヨーラに言い聞かせる。

「ええ、わかってますよ。 そんなことは何百回も聞きました。」 と、ヨーラは言い返した。

さくらのもう一人の義理の姉 セイチ は、さくらに微笑みかけて、 握手を求めて手を差し出した。 さくらは、差し出されたセイチの手を見て ためらったが、そのまま受け入れ、セイチと握手することにした。 セイチがあまりにきつく手を握りしめ、激痛がしたので、 さくらは叫び声を上げた。

さくらは慌てて手を払いのけ、セイチが握りしめている力を緩めると 少しだけ痛みがひいた。 「どうしてそんな?」

セイチは泣きながら、さくらがやったように、手をゆすりながら、 「どうして、そんな痛いことするの?」 と言った。

「なんですって?」 さくらは怒りに震えて叫んだ。

「あなたが力一杯手を握るから、もう少しで骨が砕けるとこだったのよ。」 と、セイチはさらに大きな声でわめく。

藤隆は眉をひそめ、「さくらさん、すぐに謝りなさい。」 と言った。

「あたし、そんなことしてない、お父さん!」 と、さくらは反抗した。

「セイチに謝りなさい!」

「ごめんなさい。」 と小さな声で言って、頭を下げながら、 さくらは、自分の父親が、新しい娘たちの肩を持つことが信じられないでいた。

「重要な会議に出ないといけないので、私はすぐ、 香港に行かないといけません...」 と、藤隆はヨーラを見ながら悲しそうに言った。

「お父さん、寂しくなるわ。」 と、さくらは落胆して言った。 「どうして、もう行くの? 帰ってきたばかりなのに。」

「そうですね、さくらさん。 できるだけすぐに帰ってきますから。」 藤隆が微笑みながらさくらに応えると、さくらは藤隆に微笑み返した。

藤隆が馬に乗ろうとする前に、さくらは藤隆にもたれかかって、頬に軽くキスをした。 藤隆は、さくらのそんな思い切った行動に反応してあげることができなかったが、 彼女を誇らしく思った。 藤隆はさくらに微笑み、再び出かけていった。

藤隆の姿が見えなくなったとたんに、継母と義姉の態度は豹変した。 その態度は意地が悪く、よくないことを企んでいると、さくらは直感した。 継母と義姉は、さくらにうちの中へ運ばせるつもりで、帽子を投げつけた。 さくらはその帽子を手にして、じっと立ったまま、帽子を見つめるだけだった。

「ぐずぐずしてないで、さっさと家の中にもってきなさい。」 と、 ヨーラはさくらを急かす。

さくらは嫌な顔をしたが、義姉になにかを吹き込みながらうなずいている、 その継母の言うとおりにした。 さくらは、かわいそうに、その日はとても 疲れてしまった。 城の誰もが、さくらがこき使われるのを手伝うことは許されなかった。 さくらは いやだとは言わなかったが、ヨーラはさらに雑用を押しつけ、 さくらには休む時間もなかった。

さくらは賢明に口を閉じ、言いたいことをグッと堪えていた。 しかし、自分の部屋が義姉たちに占拠され、他にどこにも自分の寝場所が なくなっていたことで、絶望感がさくらを襲った。 ヨーラは暖炉のそばで 寝るようにと、さくらに言い、さくらの持ち物を部屋から投げ出した。 どうすることもできず、さくらはまた、継母の言いなりになった。

時間をかけて、さくらは持ち物を整理して、台所の中の、 人が滅多に開けたり、ヨーラに言ったりしないような、 人目に付かないところに荷物を隠した。 さくらは、暖炉の前にしいてある、寝心地の悪いけばけばのマットの上で 眠った。


焦げ臭い匂いでさくらは目を覚まし、目の前で燃えさかる炎を見て、 さくらは飛び起きた。 暖炉の前で寝ていたこと自体は覚えているのだが、 そんなことで驚いたわけではない。 なにかが燃えている。 それが何かということこそ、さくらが心配したことだった。 灰の中から さくらのお気に入りのドレスが見えていることに気づき、 慌てて引っ張り出そうとしたが、既に遅かった。 実の母親を失った だけではなく、さくらは自分の持ち物さえ失ってしまったのだ。

さくらはひそひそと泣き、こんな危険な状態におかれしまった運命を 思って涙を流した。 さくらに残されたものはなにもなく、 継母が怒ったような表情を浮かべて歩いてきた。 ヨーラが身をかがめてさくらを睨みつけると、さくらは後ずさりした。 「いつまでも寝たままで何やってるの?!」

「でも、いつもは...」 さくらは、言葉を詰まらせる。

「今日からは、すべてが違う。 あなたは、12 時までに寝てはいけないし、 6 時より遅くまで寝てもいけないの! いいこと、でないとお仕置きだからね!」 と、ヨーラが叫ぶと、さくらは震え上がった。

「はい...」

「声が小さい!」

「はいっ!」

「で、城の中の家事はすべて、あなたがやりなさい。 誰もあなたを手伝わないわ。」 ヨーラは高笑いをして、 さくらから離れていった。

さくらはうなりながら立ち上がり、体の上のほこりをはたき、 その薄汚れたドレスを見てため息をついた。 きれいなドレスに着替えないのに、ドレスはすべて燃えてしまった。 間違いなく、あのまま母が燃やしたのだ。 他にドレスはなかった。 「お父さんがいてくれさえすれば...」 さくらは再びため息をついて、 家事にとりかかった。


さくらはロボットのようにこき使われた。 要領よく家事をこなし、継母や義姉の望むように動き、 彼女たちの食事を作り、自分の食事も作らないといけなかった。 継母や義姉と一緒に食事をすることも、彼女たちのように 昼寝をすることも許されない。 さくらには小さいな部屋も、まともな食事も、まともな洋服も 与えられず、ただ、暖炉の前で寝ることだけを許されただけだった。 でも、それは、自分自身を燃やされてしまうかもしれない危険に さらすこと。 あの時以来、そう思うようになっていた...

「さくら!」 コウチが叫ぶので、さくらは走って行った。

「なにか用でしょうか?」

「わたしの靴を洗ってちょうだい。」 と、コウチが命令すると、 甲高い声でセイチが入ってきた。

「わたしのもお願い。」

「はい...」 と、仕方なく言うと、さくらは靴をもって、 他の仕事が片づいてから洗うため、洗濯場に靴を置いた。 疲れ果てて、さくらは椅子に座り込むと、そのまま眠ってしまった。

不思議なことに、さくらが目を覚ますと、靴の洗濯以外は、 すべての家事が片づいていた。 目を上げると、流しのところで、 青年が皿を洗っている姿を見た。 目をこすって眠気を払い、 「あなた誰?」 と、声をかけた。

青年が振り向くと、さくらは驚いた。 燃えるような褐色の瞳が、エメラルド色のさくらの瞳を貫き、 青年は深みのある声で答えた。 「俺は小狼。 木之本王に頼まれてやって来た。 そういうあんたは誰だ?」

「さくら。」 と答え、視線を落とした。

「なんてことだ?」 と小狼は心配そうに言うと、 慌てて言葉を加えた。 「変なことを訊いたようだ。 失礼した。」

「そんなことないわ。」 さくらは、言葉をはさんだ。 「あなた、優しいもの。」

小狼は食器洗いを再開し、さくらは義姉の靴を洗うためにしゃがみ、 靴に手を入れて触ると身を引いてしまった。 どうやったら、靴をこんなに汚くできるの?

「おい... どうした?」

小狼の一生懸命な性格に驚いて、さくらは視線を上げた。 さくらはとっさに言葉を失ってしまった。 小狼は、さくらを笑うかのように眉を上げた。 その様子に怒る代わりに、さくらは吹き出してしまった。

「なにがおかしい?」 と小狼は訊いて、まじな表情でいようとしていた。 「なにか変なことでも言ったか?」

「そんなことありません。 なにがやって来たのかわからなかったから。」 と、正直にさくらが言うと、小狼はにっこりと微笑んだ。

「気分は良くなったみたいだな。」 と、小狼は言った。

「ええ... 確かに。 ずいぶんと気分が良くなりました。 ありがとう!」

「それからもう一つ。 そんなにかしこまらないで。 俺のことは小狼と呼んでくれ。」

「え、はい... あの...」 さくらは、そう言いかけて、困ったような顔をする。 「うん、小狼くん。」

「それでいい。 この靴を洗うのがいやだったら、俺に任せてくれ。」

「そんなの悪いわ。」 と、さくらは否定して、その身の毛もよだつ仕事を 始め、ずっとたじろいで、いやな様子が伝わってきたので、 小狼はちょっと笑ってしまった。


さくらが家事をすべて片づけると、既に午前 3 時になっていた。 ふらふらと眠そうに暖炉の前に戻って行き、ためらいもせず、 高い床の上に倒れ込み、その衝撃による痛みで顔をゆがめた。 それでも、翌朝になるとなにが待っているかを恐れながらも、 さくらはすぐに眠りに就いた...


ヨーラの怒った叫び声で、さくらは起きた。 絶対に 6 時過ぎまで寝てはいけないというのに、 既に10時を過ぎていることに気づくと、さくらは急いで身支度をした。

さくらは、ボロボロに解れて破れてしまった、昨日まで着ていた同じドレスを着た。 さくらは以前も、ヨーラに新しいドレスがほしいとお願いしたことがあったが、 決してお願いを聞いてくれなかったのだ。 さくらは、寝る前の数時間を使って、ドレスを繕って、 なんとか見れるようにしてきたのだった。

さくらはヨーラの所にくる前につまずいてしまうが、ヨーラが手紙をもって、 ただごとではない笑いを浮かべているのに気づいた。 コウチとセイチもヨーラのそばに立っていて、手紙を見て微笑んでいる。

「お母様! 李王国の王様が、王子さまが特別にお后を選ぶために開かれる 舞踏会に私たちがご招待されたのよね。」 と、興奮したようにコウチが言った。

「李王子は私たちの中の誰かと結婚するとおっしゃってるわ! なんという幸運でしょう!」 と、セイチが続けた。

「あたしも行けるんですか?」 と、おそるおそるさくらはドアの所から訊いた。

「ダメ!」 三人は、完全にさくらを無視して、口をそろえて言った。

がっかりして、さくらは家事に戻ったが、心あらずという感じで、 舞踏会のことばかり考えていた。 さくらの突然の変化を察知した小狼は、さくらを慰めに来てくれた。 「李王国が主催する舞踏会のことを知ってるか?」

「うん、でも、あたし出られないの。」

「どうして?」 小狼は、驚いて、理由を尋ねた。

「なんでもないの!」 さくらはそう言って、小狼に追求されないように、 明るく振る舞おうとした。 「ごめんなさい。 あたし、まだ仕事があるの。」

「さくら!」 コウチとセイチが叫んだ。 「私たちのドレスにアイロンを当てなさい!」

「はい!」 さくらは大きな声で返事をし、アイロンがけをするため、 屋根裏部屋に上がっていった。 今は、どんな仕事よりも、 それが優先だと思ったからだ。 さくらは、義姉に喜んでもらいたかった。 自分が舞踏会に行けないなら、そうするしかないと思っていた。

「待てよ!」 小狼は口をはさんだ。 「あいつらが、 舞踏会に行くなと言ったんだな。」

さくらは足を止めたものの、小狼に答えなかった。 だから、小狼は、自分が壁にでも話しかけているような気持ちになった。 小狼は、さくらが急いで階段を上がって屋根裏部屋に行くのを見つめていた。


李王子が木之本王国の姫君の中から花嫁を選ぶ運命の日がついにやってきた。 その日、さくらはとても忙しく、家事をいくつかしなくてもよいと言われたので、 嬉しかった。 さくらは、コウチとセイチの着替えとメイクを手伝い、 二人ができるだけ美人に見えるようにしてあげた。 がんばった甲斐もあり、さくらはそのできに満足した。

「できたわ。」 と言って、さくらは一歩下がってセイチをよく見た。 「すごくきれい!」

セイチは全身が映る鏡の前に立ち、満足げな笑みを浮かべて、 鏡に映った自分を確認した。 コウチの方は、鏡で自分を見ていて、 ドレスが肩から滑り落ちるので気にくわない表情をしていた。 「さくら、このドレス大きすぎるわ!」

「これ、あなたのクローゼットからもってきたんだけど... ごめんなさい。 他のドレスをもってきます。」 そう答えると、 さくらは、以前自分が使っていた部屋に戻った。

加倉は紫のドレスと、それに合うアメジストのイヤリングを取り出し、 みんなが待っている客室に走って戻った。 コウチはさくらが 選んだドレスに着替えて、鏡に映った自分を見て、満足げにうなずいて、 「さくら、とっても助かったわ。」 と言ってくれた。

「当然のことです! あたしたちは姉妹です! 手伝うのが当然です。」 と、さくらは部屋を出ながらそう言った。 そんなさくらの後ろ姿をコウチは見つめていた。

コウチは微笑みながら、「あなたって本当に優しい人。」 と、ささやいた。


ヨーラとコウチとセイチは、李王国が迎えに出した馬車に乗り込み、 その時さくらは、義姉たちに激励の言葉をかけていた。 コウチは手を振って微笑んだが、セイチはそれを無視した。

「あの子も連れて行かなくていいの?」 と、コウチはヨーラに尋ねた。

ヨーラはあしらうように笑い、眉をひそめて言った。 「さくらのこと? 見てごらん。 全身うすよごれて。 あんなのを連れて行くなんてみっともないでしょ。 ふん!」

「でも、お母様、あの子はあんなに私たちに...」

「およしなさい、コウチ。 そんなたわごと、聞くつもりはありません。 さ、出しなさい。 始まるわよ!」

馬車は馬に引かれて、ゴトゴトと揺れた。 静まりかえった家に入ると、さくらの目から涙がこぼれ落ちた。 さくらは暖炉の前の、ベッドと称する場所に入って、しくしくと泣いた。 自分が王子さまと一緒にいるチャンスすら許されないとわかり、 心が締め付けられるような思いを感じていた。

小狼は廊下の所に立って様子を見ていたが、さくらが泣いているのを聞くと 心が張り裂けそうだった。これ以上我慢できず、 さくらを助けてあげようと思った。

「さくら?」

小狼の声を聞いて、さくらはピクリと頭を上げた。 さくらは家の中にいるのは自分だけだと思っていて、 屋根裏に小狼がいることをすっかり忘れていた。 さくらは涙をぬぐい去り、深呼吸をして自分を 落ち着かせてから、「なに?」 と返事をした。

「俺がどうして、ここにいるか知ってるか?」

「家事を手伝うため? でも、手伝ってくれたとして、 それをヨーラお母さんに知れたら、あたし、大変なことになるの。 家事は全部あたしがしないといけないの。」

「で、全部自分でやって来たのか?」

「もちろん。 あの人はあたしの継母なの。」

小狼はため息をついて、さくらの隣に座った。 「俺、本当は、個人的に李王国から頼まれてやって来たんだ。 国王は、おまえに来てくれと言っている。」

さくらはビックリした顔をして、「国王があたしになんの用が? お母さんは、あたしに、この城を出てはダメだって...」 と言った。

「国王に従わない者には、誰であれ、処罰が下る。」 と言って、小狼はさくらの返事を待っている。

「行くことはできない。」 さくらは息を切らすように言った。 「こんな身なりで李国王にお目にかかるなんてできるわけないじゃない。」

「さくら、それではダメだ。 国王は、おまえのためにドレスを 用意している」 と、小狼は笑いながら言った。

「ホントに?」 さくらの表情は明るくなった。

「ほら。」 小狼はきれいにつつんだ荷物をさくらに手渡して言った。 「サイズが合うといいんだけど。」

さくらが突然抱きつくので、小狼は言葉を失ってしまった。 「ありがとう!」 と、さくらは声をあげ、小狼の頬にキスをして、 そのドレスに着替えるため、客間に走っていった。

小狼は、さくらがキスをした頬に手を当てて、夢見心地にため息をついた。 数分後、さくらは新しいドレスを着て現れ、それを見た小狼は息をのんだ。 さくらの姿は優雅に見えた。

「姫君、そろそろ出かけましょう。」 と、小狼は腕を差し出して、 さくらを招いた。

「よろこんで。」 と、さくらは芝居をするように、小狼の腕をとった。

小狼は、城の外に待たせてある馬車まで、さくらを案内した。 小狼は、さくらのドレスを踏まないように特に注意しながら、 さくらが馬車に乗り込むのに手をかした。 ちょっと大変なことだった。

馬車の中のシートにゆったりと腰掛けながら、さくらは、 「小狼くん、ありがとう。」 と、上品に言った。

「どういたしまして。」 と、小狼は笑いながら答えた。


馬車が李王国の城壁の中に入るまで、さくらにとって、 時間が止まっているような気がしていた。 どんなこともきっとうまくできると、小狼が勇気づけてくれたものの、 起こることすべてに対して、さくらは緊張していた。

さくらを馬車から降ろした後、自分がとある場所に顔を出しくる間、 その場所で待っているようにさくらに言った。 さくらは素直をその場で小狼を待ち、小狼の雰囲気が突然変わったけど、 どうなっているのかと不思議に思っていた。

小狼は、王子様と言ってもおかしくないような正装をして さくらのもとに戻ってきた。 さくらは思わずあっけにとられ、 それを見た小狼は、にやりと笑いながら、「舞踏会場に案内してあげるよ。 なにも怖がることないから、俺を信じて。」 と言った。

わかったと言うようにさくらがうなずくと、二人は舞踏会場に入った。 二人のためのドアを開けてくれた執事は、小狼の顔を見ると、 目が飛び出したような反応をして、急いでお辞儀をした。 騒がしかった舞踏会場は、突然静まりかえり、それ故、 さくらは落ち着かなかった。 さくらを安心させようと、 小狼はさくらの手をとった。 さくらは視線を上げ、小狼を見て微笑んだが、 その直後西辻がいった言葉を聞くと、その微笑みも消えてしまった。

「李小狼皇太子殿下のおなり!」

さくらは危うく、ドレスに脚を引っかけそうになり、目を大きく見開いた。 小狼は何事もなかったかのように、支えるようにさくらを腕に つかまらせたまま、階段を下りていった。 さくらの脚はガクガクになっていた。

小狼は両親の前に立ち、例をして、さくらが驚きに順応できないのを見て、 笑いを堪えながら、さくらを肘でつついて、お辞儀をするように指示した。 「で、こちらが木之本桜さん?」

「はい、そうです、国王陛下。」 と、声を震わせて、さくらは答えた。

そのとき、さくらが王子と親しそうにしていることに対して継母と義姉たちが 睨んでいることを さくらは気づいた。 しかも、小狼が、実は、 王子だったことを知り、継母たちはあっけにとられていた。

「さくら、あんたなんかが、よくもこんな場所に、のこのこと!」 ヨーラは声をあげ、さくらをたたこうと手を上げた。

さくらは本能的に、身を守るために小狼の陰に隠れ、小狼の衣装の 後ろをつかんでいた。 「少なくとも、俺はこの場でさくらを 叩くなんてできないぞ。 李国王陛下の御前であるぞ!」 と小狼は警告した。

ヨーラは手を引っ込めて、笑いを浮かべた。 国王は宮中での彼女の振る舞いを気に入らないような表情をして、 「近衛兵よ! このものを地下牢に入れよ!」 と命令した。

近衛兵が二人やって来て、ヨーラを連れて行こうとすると、 「悪いことなんてしてない! あの子は私の娘じゃない! だれが やつを連れてきた?」 と、金切り声をあげた。

ヨーラが発する汚い言葉を聞いてさくらは震え上がった。 ヨーラは、さくらを娘として扱ったことなどなかった。 さくらが一生懸命尽くしてきたのに... さくらは考え事をしていたので、 国王が声をかけていることに気がつかなかった。

小狼はさくらを揺すって正気に戻した。 「さくら、国王がお呼びだぞ。」

「ほえ? いえ! 気づきませんで、申し訳ありません、国王陛下!」 さくらは即座に謝った。

李国王は、自分の息子と、木之本桜姫が見せる かわいらしい行動を見て、 楽しそうに笑って言った。 「謝らなくてもよいぞ。」

さくらは、李国王が自分に気配りをしてくれたことで赤面し、 小狼がすぐに自分の正体を明かしくれなかったことに対して 不満げな様子で、小狼を肘でつついた。 そして、さくらは 「ありがとうございます。」 と、国王に返事をした。

「失礼ですが、父上、そろそろ、私たち二人は庭に行こうと思うのですが。」

「そうか、そうするがよい。 まったく誇らしいぞ。」 と、李国王は言って、手を振って小狼を送り出した。

「ありがとうございます、父上。」


「もっと早く言ってくれればよかったのに。」 と、さくらは不満そうに言った。

「で、おまえの義姉たちを 俺にまとわりつかせるのか? そんなのごめんだ!」 と、小狼は冗談っぽく言った。

突然、さくらは、「お継母さんは大丈夫かなぁ?」 と訊いた。

「あれほどの仕打ちをされながら、まだ、あの継母のことが 気になるのか?」 と、小狼は信じがたいような顔つきで訊き返した。

「ええ。 それがいけないことなの?」 と、さくらも言い返す。

「そんなことはない... 父上に頼んでみてもいいが、 あいつを許すように頭を下げるのはまっぴらだぞ。」

さくらは、小狼の暖かさを感じてすり寄っていき、 「ホントに優しいのね。」 と言った。

「さくら?」

「なに?」

「俺が、もっと早く、王子であることを言ってたら、おまえはどうしてた?」

二人は歩みを止め、さくらは真面目に答えた。 「笑っちゃうでしょうね。 だって、それを証明するものはないし、何よりも、あたしの家事なんかを 手伝ってくれてたんだから。」

「そんなことしてたのか?」 と、小狼は傷つくふりをした。

さくらは笑って小狼から離れて走りだした。 小狼はさくらを追いかけながら、「俺はなにも悪いことしてないだろ。」 と言う。

「いいえ。 したわ!」

小狼は、なんとかさくらを捕まえたが、その時、二人はバランスを崩し、 柔らかい草むらの上に倒れ込んだ。 「なにをやったか考えてごらんなさい。」 と、さくらは楽しそうに小狼に言った。 小狼は呼吸を整えようとしている。

「ん? 俺がやったこと?」

目の前にぶら下がる草を吹き飛ばして、さくらは答えた。 「あなたのせいで、草の上に倒れてしまったわ!」

「でも、楽しかっただろ!」 と、小狼はふくれっ面をしてつぶやいた。

さくらは突然真面目な顔になって、 「正直に答えて。 木之本王国に来たのは、私たちをここに連れてくるため? それとも違うの?」 と、質問した。

小狼は上体を起こし、膝元にさくらを引き寄せて、桜の樹にもたれかかってから、 さくらの質問に答えた。 「俺は、おまえの父上に、ヨーラがおまえを舞踏会に 連れて来ないかもしれないと話を聞き、おまえが俺と一緒に舞踏会に来れるように 手引きしたんだ。」

「あたしだけ?」 と、さくらは希望に目を輝かせた。

「おまえだけだ。」 小狼がそう言うと、さくらは口元に微笑みを浮かべた。 「さて、質問に答えたぞ。 次はおまえが答える番だ。 いいか?」

「うん、わかったわ。」

「木之本桜。 おまえは俺と結婚して、俺のことを、この地球で生を受けた中で、 最も幸せな男にしてくれるか?」

「あの、えっと...」 さくらは口ごもった。 「うん、結婚しましょ...」

「本当か?」

「でも、条件があるの。」 と、さくらが言うと、小狼はちょっと驚いた。

「ん... ちょっとなら。 で、なんだ?」

「あたし一人だけを愛してほしいの。」 と、さくらがお願いする。

「それは、もう大丈夫だ。」 と、小狼はさらっと言った。

「で、これで最後だけど、いっぱい子供がほしい。」

小狼は笑いながら、「よし、努力しよう。」 と答える。

さくらは嬉しそうな顔をして、「じゃ、決まりだね。」 と言った。

「シンデレラ姫と結婚できるなんて、光栄の至りであります。」 と、 小狼はさくらの頬に鼻をすり寄せながら言った。

「シンデレラじゃないわ。 あたしは サクラエラ よ!」

その言葉を聞いて、小狼は一層大声で笑い、歓喜の涙がさくらの頬をつたった...

それから、二人は幸せに暮らしましたとさ...


The End


あとがき –原作者記–

この話はどうでしたか? 言い忘れましたが、この話は、バレンタインデーに向けて、 恋する人たちに捧げるフィックです。 実は、下書きもせずに、こんなフィックを 書いてしまったのは初めてです。 でも、いい感じにできました。

- Sakura aka Michelle

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