お姫様の帰還

作者: deko

第7話: 邂逅その 1

山崎貴史君の家、三原千春からの電話である。

千春 「タコさんがいないのよ!また勝手に外へ出て。どうしよう。 またちびっ子たちに虐められていたら... ちょっと!聞いているの!!!」

山崎君はパソコン画面をにらんでいる。大きな雲の渦が見え、 その中央に赤い点が見える。

貴史 「三原さん。どうやら見当がついたよ。」

モニターの画面は気象衛星のものであり、上部には注意報の表示。

貴史 「埼玉との境。人工湖があるのを知っているね。」

千春 「ええ、知ってるわ。多摩湖でしょう。去年、社会見学で行ったけど。」

貴史 「その付近にいるみたいだ。本当だよ。外は嵐になりそうだけど、行く?」

千春 「ええ、もちろんよ。駅で待ち合わせしましょう。」

貴史はもう着替えていた。この辺の行動力はお見事なものだ。


気象庁の予報官室、予報官がTV電話で気象状況を説明している。

予報官 「間違いありません!低気圧の移動が弱まり、 そこに南西の方向から湿った気団が大挙、押し寄せてきます。 都知事!このままでは、大洪水になりかねません。」

TV電話の相手は、噂に聞く女性知事さん。

大池知事 「本当かしら?仮に降っても排除用水はちゃんと、完備してますよ。」

予報官 「知事!排除って、アホな失業議員じゃありません。 このままじゃ対応しきれません。コンピュータの予想では、 時間当たり1000ミリの大雨が...」

ちょうどそのとき、バタンと音が鳴り、室外から副知事が入ってくる。 有能な行政官らしく、都知事のあられもない姿にも動じない。

副知事 「解った!直ちに専門家を集めよう。非常事態だ。 ...何だね?」

予報官 「そ、それと今は大潮です。港区から中央区は排水が困難です。」

副知事 「わかった。(私だ。各部署の専門家を集めてくれ。 それと、例の技士 吉田さんに連絡を取ってくれ)」

大池知事「そんな馬鹿な!排除用水にどれだげ予算をつぎ込んだか。」 副知事 「時代が変わったのです。さあ、化粧を直して仕事ですよ。」


竹芝桟橋の帆柱の下、達明の段ボールハウスから可愛い声が聞こえる。

ホープ 「ミータン。ミータン。」

女の子が子猫をあやしている。 それに対して、子猫はホープの腕から逃れようとしながらも離れようとしない。

達明 「おやおや。仲の良いことで。その子猫の名前かね」

ホープ 「(子猫に頬ずりする)うん。いつもいつも、ミーミー泣いてるもん。」

達明は微笑みながら、子猫を抱き取る。

達明 「あの雨から、3日か。風邪を引かなくて良かったな。」

二人は、段ボールハウスから向かいのビルを見上げた。 ビル風が強くなっているのか、帆柱の国旗がバタバタとはためいている。 そこへ、派出所の巡査が来ていた。

巡査 「達さん。あんたに、電話だよ。晴雄さんからだ」

達明 「余計なことを。」

それでも、達明は携帯を受けた。 いつもの穏和な表情が変わるのをホープは認めた。


私鉄の車窓で、さくらが鳥かごを抱えて座っていた。 かごの中身はカラス頭である。 隣の席は知世であるが、表情はさえない。 なにしろ、車内の乗客の刺すような目線が集中しているのだ。

さくら 「ごめんね、知世ちゃん。 タマったら、「ワシは腰が痛い。あんたが行くべきだ」なんて、無責任なんだから。」

知世 「李君はまだ帰っていらっしゃらないから、仕方有りませんわ。」

カラス頭 「姉御も大変(カラス語)」

さくら 「し!あんたは九官鳥なんだから!(乗客に愛想笑いを振りまいている)」

知世 「ホープちゃん。こんなに近くまで来ていながら、 どうして帰って来なかったのでしょう? ...」

さくらは頷くが、友人の見せる携帯の画像を見ると絶句した。

知世 「帰ってきましたら早速、御服の仕立てを始めますわよ! 百着のワンピースが採寸を待っているのですから。」

さくら「... ほえ...」


上空の一点、抜けるような青空が天空まで続いている。

タコ 「タコタコタコ... タコドボボン」

昨日までとは違ったタコの変形態であり、身の丈は優に 100メートルはある。 10本の足が馬鹿でっかくなり、虚空からの気流を引き込んでいる。 その証拠に、真っ黒な気団が吸い寄せられている。

気流は渦を巻き、雷光がしきりに光っている。 それを満足げに見つめているのは、宇宙妖怪族の女王。

女王 「働け働け!この惑星を滅ぼすまでは、サービス残業ぞよ。」

気流が気流に衝突し、雷の閃光が走ると雨雲が発達していく。 黒い闇が地上を覆い、日の光を遮るとポツリポツリと雨音がしてきた。


竹芝桟橋の帆柱広場に、叩きつけるような雨が降り注いできた。 人々は慌てて軒下に避難をしている。 その足下を濁流が汚して、地下へ吸い込まれていく。 段ボールハウスから、ピンク色の人影が走り込む。 ちょうどそこにさくらと知世が傘を差しながらやってきた。

さくら 「あ!あれ、ホープちゃん。待って!待ちなさい。」

同時に、彼女の胸元からリトルのカードが召還された。 魔法陣が瞬時輝くと、ホープは小人のようになって地下へ続く穴に 飛び込んでいった。

知世「なんてこと!すれ違いですわ」

カラス頭が鳥かごから出て、素早く帆柱に向かった。

カラス頭 「姉御!急いだ方が良い。地平の向こうまで雨雲でいっぱいだ。」

さくら 「はい!(知世を振り返る)ごめんね。ここから先は私の役目なんだ。」

知世 「はい。判っています」

さくら「リトル!フライ!」 再度輝いた魔法陣のもと、さくらは小さくなった杖にまたがり、 穴に向かって突進していった。

知世 「小さくとも、私の衣装は映えますこと! おほほほほほほお...」

カラス頭 「あんたも好きね...」

いつの間にか、カラス頭が知世の足下で、雨宿りをしていた。


英国・湖沼地帯の湖畔、エリオルが外に出された机に向かっている。 難しい表情で、分厚い本をめくっている。 そこに、歌穂が紅茶ポットとケーキを持ってくる。

歌穂 「判ったの?」

エリオル 「半分はね。僕とあの子のつながりはかなり、歪んでしまった。」

歌穂 「本当のことは、あの子にも、カードの主にも秘密なの?」

エリオル 「未来にどんな事件が待っているのか?私には判らない、また...」

女の子 「知る必要なんか無いわ!ね! おじさん。」

机の上からケーキが無くなった。 あの女の子が魔法の杖にまたがり、不適な微笑みを浮かべてながら、 厚切りのケーキを摘んでいた。

派手な衣装の女の子。さくらを「ママ」と呼ぶあの子である。



つづく

次回予告: 邂逅その2


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