お姫様の帰還

作者: deko

第3話: お姫様の憧れ

一年半前のことだった。 竹芝桟橋離島航路の貨客船が出港していた。 甲板では、 緊張した面持ちの寺田が人待ち顔で埠頭を見ている。

寺田 「間に合わなかったか... いいんだ、佐々木。 こんな臆病者には、 有り難い告白だったよ

客室に入ろうとした途端、背後から声が届いた。

利佳 「先生! 待ってください!」

振り返った寺田には、桟橋を懸命に走っている少女が見えた。 いつもは走らない彼女が、 よろけながらも出港する船との距離を保とうと必死なのだ。

利佳 「あたし... 後悔していません。 だから、待っています。 ずっと... あっ!」

埠頭の外れで、彼女は段差に転んでしまった。

寺田 「さ... 利佳!」

船の汽笛が彼の声をかき消した。 だが、佐々木利佳には 彼の声がはっきりと聞こえた。

寺田 「これは、俺たちの一生を左右する宿題だ。 帰ってくるまでに、 答えを出す。必ずだ!」

利佳 「はい!」 東京湾に沈もうとする夕陽が、愛する人を見送る少女を優しく照らしていた。


一年半後、桟橋の地下は大騒ぎになっていた。

ホープ 「いやーーー! 来ないで。 ネズミさん大嫌い!」

生身の身体で魔法を使えるとはいえ、こればかりはどうしようもない。 パニックに 襲われた女の子は大暴れである。

迷走に迷走を重ね、ネズミたちの国を荒らしながら、やみくもに出口を 探してはいるものの、小さな世界のなかである。

ホープ 「痛い!」

周囲にある地下排水の泥濘やガス管に足下をすくわれ、 頭は何度もパイプに激突する有様。そのために、足下で逃げまどうネズミたちのことなど 見えもしない。 多くのネズミたちがザワザワと逃げ延びる中、 隅にいる母ネズミは動けなかった。 彼女は、出産直後で弱っていた。 加えて、 仔ネズミに乳を与えていたため、逃げられないのだ。

暴れまくる女の子が、またもパイプに頭をぶつけ倒れ込んできた。

仔ネズミ 「母ちゃん!」

その声が、ホープの意識に大きく響いた。

ホープ 「お母さん...!」

彼女は慌てて腕を振り回し、母子を守ろうとしたが、その直上にある熱湯の配管に 触れてしまった。

ホープ 「あちちち!」

よろめいた彼女は、反動で近くの泥濘の方に落ちていき... ドッポン! 泥の柱 を噴き上げた。

雄ネズミ 「怪物め。 罰が当たったのだ」

難を逃れたネズミたちが集まってきた。 だが、安心するのは早かった。 泥に まみれた女の子が浮かんできた。

ホープ「おねえちゃーん。 エーン、エーン...」

号泣きの女の子をどうしてよいのか、彼らには判らなかった。


ペンギン大王の上に、変な生き物がしがみついている。 それが遠目には 青い風船に見える。

子供 「おーーい!あれを忘れたのは誰だ!」

子供 「知らないわ。 赤いやつならあたしが持っているし」

いじめっ子 「なら、おれが取ってやるよ」

彼は石を拾って、青いものめがけて投げた。 だが、なぜか標的は 逃げたらしく、ハズレ。

子供 「へたくそーっ。おれが当ててやる!」

またも、青いものはヨタヨタと逃げる。 その表面には、 吸盤のようなものが見えた。 あの宇宙妖怪である。

妖怪 「ちくしょう!おれ様をなんだと思っていやがるんだ! この星を滅ぼす時はおまえらなんか、真っ先に奴隷にしてやる

次の瞬間。石が命中して、目から涙がこぼれた。


泥だらけのホープを、ネズミたちが追い立てている。

ホープ「いたい!そんなに押さなくても歩くわよ」

彼女の後ろから、ネズミたちが尖った棒を押し立てていた。 ところが、 行く手から湯煙が拡がってきて、急に足下が無くなるとそのまま下へ落ち込んだ。

斜面を少々みっともない格好で転がると、そのまま ドボーンと大きな水柱とともに落ち込んだ。

ホープ「あちちち!!・・・これ、お湯だ」

周りには何匹ものネズミたちが湯につかっていた。 ホープの 頭上をネズミたちが走っていき、ブランコのように配管によじ登った。

すると、さび付いた配管がブラーーンと動いて、お湯をぶちまけた。

ホープ 「あちち!でも、気持ちいい」

見る見るうちに泥が流れ落ち、彼女は破れたよそ行きの服を ネズミたちに見せた。 すると、彼らは一斉に振り向いて 紳士らしく振る舞った。 幸い、持っていたカバンには歌帆の作ってくれた着替えと 下着が無事だったので彼女は着替えた。 だが、それだけでは収まらない。 周囲の ネズミたちは、お湯から上がると寄せ集められていた 残飯から思い思いの好物を食べ始めた。

ホープ「いいなあ、みんなは食べるものがあって」

彼女のそばには焼きそばのパック (残飯) があった。 だが、入れ物の中身は あるものの、無惨にもタバコの吸い殻がいくつも紛れ込んでいたのだ。

最後に食事をしてからどれくらい経っただろう? 今のホープは、人と同じ ように空腹という痛みを感じていた。


さくらの部屋では窓が開け放たれ、 掃除機を持ったさくらがぼんやりと空を眺めていた。

さくら 「遅いなあ... あの子ったら、どこで道草食っているのかしら?」

昨日、知世の持ち込んだ服の中で、一番のお気に入りがハンガーに 吊されていた。 とても可愛いワンピースは白とピンクの組み合わせ。

そこへ、階下から来客の声がした。 さくらが玄関に行ってみると、 来客は桃矢と話していた。

桃矢 「じゃあ、地形図の件は父さんに話しておきます。」

吉田晴雄 「では、お願いします。 おや、妹さんですか?」

桃矢 「はい。 おい、さくら。 ご挨拶。」

さくらの見るところ、吉田は神経質そうな感じで落ち着きがない。

吉田晴雄 「ああ! 天文教室に来ている山崎君と、千春ちゃんが言ってましたよ 『クラスメートにとても可愛い子がいる』 と。 たしか、撫子祭の時に 創作劇のヒロインを演じたと。」

桃矢 「見てくれだけですよ。」

さくら「お兄ちゃん!!」

吉田は微笑んだ。こんなにも、暖かい家庭。 その雰囲気に触れたのは 久しぶりだった。 彼は、まぶしい光景を見るように目を細めた。

吉田 「和美...


夕刻、とある飲食店の路地裏で一匹の雌ネズミがゴミ箱を漁っていた。 いろんな 残飯がポリ袋とともに捨てられていたが、彼女の目指すものはその奥にあった。

雌ネズミ 「あったわ!

それは袋入りのソーセージだった。 袋は封もそのままに、無造作に 捨てられていた。

雌ネズミ 「よかったわ! これで、あの子も食べてくれる。

雌ネズミは、うれしそうにソーセージを抱きしめた。 そう、彼女はあの母親ネズミ である。 しかし、次の瞬間、漂う気配に彼女は身構えた。

猫 「へへへ、何してんだ。 お前。

そこには、ドラ猫や鈴をつけた家猫が十数匹、残忍な目を闇に光らせていた。

雌猫 「ナマイキねえ。 あたいたちの縄張りに入ってきて、食べ物を漁るなんて。

シャム猫が飛びかかってきた! しかし、間一髪、母ネズミはかわした。 猫はゴミ箱に頭からぶつかり、派手な音を立てた。

母ネズミを弄ぶように、猫たちは次々に飛びかかってきた。 それでも母ネズミは 身の丈もあるソーセージを背負ったまま必死に逃げ回った。 だが、重い荷物を 抱えていては逃げ切れない。

雌猫 「やったわ! すごいでしょう

猫の爪が血で彩られた。 隅に投げ出された母ネズミは、前足から血を吹き出した。 それでも、ソーセージを離そうとはしない。

シャム猫 「このごろは、キャットフードにハンバーグの残飯ばかり。 口直しに、 あんたを食べてみようかしら。

猫 「およしよ。 ドブの臭いが消えないよ。

シャム猫 「それもそうね。 じゃあ、ここで。

すると、そこへ空からカラスの大群が襲いかかってきた。

カラスの頭 「弱いものいじめは止めな!」

猫 「うるさい!」

カラスの頭 「ネコ爺が聞いたら、怒るぜ。

シャム猫 「何よ、失礼ね! あんな化けネコに大きな顔されて たまるもんですか。 ちょうどいいわ、あんたらの目障りな羽を残らずむ しってあげましょうか。

猫たちは爪を立てて身構えた。 カラスの大群も滞空しながら嘴を構えた。

カラスの頭 「ネズミの母さん。 早く行きな。

母ネズミが地下へ通ずる穴に逃げ込むや、壮絶な戦いが始まった。 だが、 それは人間たちにとって珍しくもない騒ぎに過ぎなかった。


そのころ、地下では、湯気の立ち込める 「温泉」 のそばで、 ホープがしゃがみ込んでいた。 歌帆の作ってくれた下着は居心地が いいものの、おなかが減っている子には慰めにならないらしい。

ホープ 「おなか空いたなあ... 人間になるって、こんなに苦しいことなの? グーーッ (おなかの声)」

そこへ母ネズミが帰ってきた。 身体は泥に汚れているものの、背中に背負った ソーセージを大事に戻ってきたのだ。

母ネズミ 「おなか空かせてごめんなさいね。 さあ、お上がりなさい。」

すぐさま、おなかの空いた女の子はソーセージにかぶりついた。 小さな歯で ビニールを噛み切り、口いっぱいにほおばると思わず涙が出た。

ホープ「おいしい!」

そこで、彼女は母ネズミを見て驚いた。何と前足から、おびただしい血が流れていたのだ。 唖然として、ソーセージを落としたホープは駆け寄り、優しい母ネズミを抱きかかえた。

母ネズミ 「こんな傷、舐めれば直るわ。それより、おなか空いていたんでしょう? 早くお食べなさい」

ホープ 「あたしのために... こんな目に遭って... エーン!!!」

そこで彼女は考えもしなかった行動に出た。 すかさず、肌着の裾を くわえて噛み切ると長い切れ端 (包帯) にした。

母ネズミ 「服がないと寒いわよ。 あなたは人間でしょう」

ホープ 「いいの!」

確かに、肌着のほとんどを切れ端にしてしまった。 でも、彼女は 構いかけなかった。 ネズミの前足を包帯でぐるぐる巻きにした。

母ネズミ 「ありがとう。女の子さん。」

ホープ 「あたい、ホープっていうの。」

同じ星に生まれた命同士、優しい心がお互いに支え合って、二人は堅い絆に結ばれていた。


静かな夜、さくらの部屋では、机の上にある 「さくらカード」 の本が急に輝き、 中から 「リトル」 のカードが抜け出てくる。

リトル 「??」

いつもなら実体化することのない妖精は、部屋の中にひょっこりと現れた。 だが、 主が眠っているのではどうも出来ない。

小首を傾げた妖精は、やがてもとのカードに 戻ってしまった。


友枝町の山の手に近い、佐々木家に朝日が差し込んできた。 女の子らしい 縫いぐるみが飾られている部屋には、机が置かれベッドと質素な調度品。 その机の 上には、手紙がある。

利佳 「今日、お帰りになるんだわ」

胸に手を当ててドキドキを感じているのは、一人の恋する乙女だった。


夕方になって、ネズミの国では相変わらず埃や熱気が 立ち込めている。 そこへ、地上界からの夕陽が差し込んでいた。

母ネズミ 「ホープ! みんなをお湯に入れてあげて」

ホープ「はーーーい」」

女の子は、子ネズミたちを温泉に入れたり、あやしたりと大忙しである。

どう見ても、ついこの間までネズミを見るだけで震え上がった女の子ではない。

子ネズミ 「おねえちゃん!もうあっちいい。 あがりたい」

ホープ 「後、十数えるまで待ってね」

もともと、ドブネズミは水を好み、環境への適応力も旺盛である。 何の 恐れも抱かない子ネズミには、人間の女の子も仲間なのだ。 だから、ホープに しても子供たちが懐いてくれると本来の優しい気性が見えてくるらしい。 それでも、 遙か地上に想いを残しているのを母ネズミは判っていた。

ホープ 「あのね... お母さん」

母ネズミ 「今日は一日頑張ったわね。 ご褒美に何か欲しいの?」

ホープ 「うん。いっぺん、地上に出てみたいの」

雄ネズミ「地上は恐ろしいところだ。 大きな箱がすごいスピードで走り回り、 我々をつけ回す悪い猫がいる」

ホープ 「猫さんが?」

ネズミ 「彼らは昔、あたしたちを捕まえては人間に褒められた。 だが、 今では楽しみに変えている」

母ネズミ 「悪い遊びね。あたしたちよりも長生きが出来るのに、何の不満があるのかしら」

ホープは、このネズミたちが自分の身を案じていてくれるのを感じた。

母ネズミ 「でも、行きたいんでしょう。」

老ネズミ 「ならば、子供たちと一緒に行きなさい。 彼らは、地上に出る近道を 知っている。あんたの落ちてきた穴は危ないからな。
あんたは、今日になって急に、我々と同じくらいの背になっている。 猫たちも、 手加減はせんだろう。」

ホープ 「はい」

確かに、うなずいた女の子は、身の丈が20センチくらいしかなかった。


竹芝桟橋・待合所の上は東京湾を渡る風が冷たい。 夕暮れの風が女の子のスカートを 優しくなでている。 佐々木利佳である。 眼下には、先程入港した 連絡船が荷下ろしを受けていた。

寺田 「ただいま。」

離島で日焼けした若者には、目の前の少女が眩しい。 この前に 逢ったときから彼女はより可憐に見えた。

利佳 「お帰りなさい... 先生。」

寺田 「出迎えをありがとう... こんな時間まで出歩くなんてよくないな。 家まで送ろう」

利佳は驚きの顔である。 目の前の男性は、あの時に自分の想いを受け止めた ことを無かったかのように振る舞っている。

利佳 「......」

寺田は思わず教え子を抱き支えた。 それほど、彼女は力を失ったように 見えた。顔は青白く、血の気を失っていたのだ。

寺田 「佐々木...」

利佳は懸命に踏みとどまり、あらん限りの力を込めて言った。

利佳 「宿題を... あの宿題を出してください。」

秋の風は冷たい。だが、それ以上に冷たいことを言わねばならない。 寺田は悔やんだ。

利佳は自分のすべてが、ここで決するのを感じた。

寺田 「もう、6年になるな。 友枝小学校に入ってお前と出会ってから... 今の俺は28歳。 お前は14歳」

お前。普通ならば遠慮のない馴れ馴れしさに感じるが、今の彼は自分を 特別な存在と認めている。 利佳は震えながら頷いた。

寺田 「佐々木利佳には、まだ長い人生が待っているんだ。」

いつの間にか、彼の声がうわずっている。 周囲の人々にも聞こえているだろう。 だが、 誰もが無視をしてくれていた。

寺田 「昔から、女は男よりも15年は長生きする。 このまま一緒になったとして... 同じ年まで生きるとして...
その後30年は、お前は生きなくてはならない。 簡単な算数だ。 俺は... 寺田良幸は そんなにも長い間を、お前を独りぼっちにさせたくない!!」

熱い想い! 利佳には彼の不器用なまでの想いが、自分の中に流れ込むのを感じた。

だが、それは涙を求めた。

彼女は、寺田の腕を放して言い放った。

利佳 「先生の... 先生の宿題は零点です! 遠い未来の事ばかり目を向けて、 なぜ、なぜ、明日のことを考えてくれないんですか!」

利佳の中には、もう一人の自分がいる。 寺田が、 どんなに苦しい想いをして結論を出したかわかっているの?と問いかける。

寺田 「佐々木!」

利佳は、もう一人の自分が支配する身体が動くのを感じた。 彼の手を乱暴に 振り払い駆け出す自分を。


そのすぐ先の公園内派出所前の道路に面したマンホールの 隣にある生け垣から、女の子とネズミが顔を出した。 すると、 女の子の身体が光に包まれたのだ。

強い力を秘めた魔法陣が展開され、ホープをみるみる間に元の身長に戻したのだ。

ホープ 「ぽえ...? そうか、リトルの力が来ていたのね。」

子ネズミたちはびっくり仰天だが、大きな身体の 「おねえちゃん」 は変わりなかった。

優しい手つきで子ネズミたちは抱えられた。

ホープ「あっちのビルの方に行ってみようね」

その光景を見ている人が二人いた。一人は、派出所のお巡りさん。 彼は交代勤務の 終わりを待ちこがれており、 昨日からの疲れが残っていると勝手に思いこんで、それを異常とは思わなかった。

もう一人は、公園の煉瓦床にテントを張っているホームレスの男。 彼はかなりの 高齢だったが事実を見る目は曇っていなかった。

彼は、上の展望台で年下の少女と諍いを起こしたらしい若者を振り返った。

すると、若者は彼女が残したらしい何かを見つけ、慌てて走り出した。 いい方向に 向かっているらしい。

吉田達明 「愛に祝福を」

吉田達明 (ホームレス) は、よれよれの作業服をまくり上げて乾杯した。


ホープと子ネズミたちが外の生け垣から、港に面した大きなブライダル センタービルを見上げていた。

ホープ 「うわーーーっ大きいなあ。」

ビルは天空に挑むかのように見える。 そのほとんどは暗く、照明が消されていた。

ホープ 「あたしが空を飛べるようになったら、みんなを連れて行って あげるからね。 あら...?」

いつの間にか、一番小さな子ネズミがいなくなっていた。 あわててみんなが探すと、 子ネズミはビルの入り口に入ろうとしていた。

ホープ 「こらーっ、待ちなさい!」

ブライダルセンターの受付嬢は、受付時間はずれの来客に絶句した。

受付嬢 「いらっしゃ... いまえええええ!」

一見、幼児のような女の子が腕に何匹ものネズミを 抱えて飛び込んできたのだから無理もない。

隣の受付嬢 「警備を呼ぶわ!」

受付嬢「待って・・」

不思議な光景である。入ってきた珍客は、 受付の混乱など目に入らないように、一階の奥まったところに納められた 展示ブースに走り込んだ。

そこには、美しいウェデイングドレスが待っていた。

隣の受付嬢 「どうするの?」

受付嬢 「お客様がいらしたのよ。見ていただきましょう。」

一番小さなネズミはおとなしく、「おねえさん」 に捕まった。 そこには、 彼らの心をも揺り動かすものがあったのだ。 それはホープも同じだった。

子ネズミたちはホープとともに明るい照明の中に浮かぶドレスを見上げた。

ホープ 「きれい...!」

とても美しいドレス。 それは白を基調とした流れるような絹で織られ、 要所のアクセントを紫のフリルが固めている。 ドレスの作者は、簡素でありながら最も豪華な衣装を女性たちに贈ったのだ。 この世の ものともいえない驚きに感動をホープは感じていた。

ホープ 「こんな服... いつか着てみたいなあ。」

受付嬢 「その時は、私が着せてあげますよ。」

いつの間にか、隣にいた女性が優しい微笑みを贈っていた。 そこへ、 新しい客が来た。

佐々木利佳は、偶然、小さな女の子が入るのを目撃していた。 小学校時代の 木之本さくらにそっくりな子。 その驚きが想いを寺田から伝えられなかった 悲しみを忘れさせてくれた。 だが、ここに来たことで抑えていた 悲しみが堰を切ったように溢れ出てきた。

利佳 「あたしも... 着てみたい。 でも、隣に誰もいないんじゃ意味ないわ。」

受付嬢は年下の女性の顔に残る涙の跡に深い同情を感じた。 この娘は深い悲しみに身を 委ねかかっているのだ。 そうであってはならない!

受付嬢 「着てみませんか、お嬢さん? このドレスには魔法がかけられているんですよ。」

ホープ 「ぽえ?」

受付嬢 「本当ですよ。 このドレスは、着た人を必ず幸せにしてくれます。 さあ、こちらへ。」

佐々木利佳は年上の女性の思いやりを感じた。 それが、新たな涙を誘った。


公園内の小公園に派出所の警官と、先程のホームレスがいる。

警官「達さん。もういい加減、家に帰りなよ」

吉田達明は、焼酎の瓶を下げながらご機嫌でいる。 よれよれの 作業服のまま、泉水のゴミを掻き出している。

達明 「まあ、そう怒りなさんな。 わしは所場代がわりに掃除してるんや。 最近は 躾の出来ていないアホが多いからな。」

警官はウンザリしたようにゴミを袋に入れている。 奇妙なことに、 この 「共同作業」 は二人の会話をとりもっている。

警官 「あんた、腕のある技術者なんだろう? こんなところにいて...」

達明 「やかんしい! 最近の技術屋はアホや! 現場に出んと、パソ...いじり ばっかしおって。」

警官 「パソコン。 あんたの身元が判ったのも、そいつのおかげなんだから。 家の人も、心配してるよ」

達明 「わしは帰らん! おや、さっきのお兄さんか」

寺田良幸が、息を荒げながら立っていた。 ずっと、利佳の行方を捜し 回っていたらしい。

良幸 「すみません。中学生くらいの女の子を見ませんでしたか?」

警官 「行方不明ですか! あなたの娘さんですか」

吉田達明は笑った。 それは面白がっての笑いではなく、呆れているの要素があった。

達明 「あんた、その子がどんな服装なのか覚えているのかな? 人に 聞くときは、それくらいは知っておろう。」

良幸は赤面した。 迂闊なことに利佳を探し回る内に記憶がぼやけてきていたのだ。

警官「冷静になって! あんたにとって、どんな子なんですか」

達明「深呼吸じゃ。 そして、その子を胸に抱くようにイメージしなされ。 ならば、見える」

良幸 「彼女は、年下です。 でも... ずっと、私を想い、内気ですが 優しいステキな... 笑顔の... 青... 薄い青のカーディガンを羽織った、 茶色の髪の子です。」

警官、達明「ならば、あそこじゃ。」

寺田良幸は突進していった。


騒ぎを聞きつけた宿泊客らが見守っていた。侍女のようにドレスを纏ったマネキンたちが 居並ぶ前に、利佳が受付嬢に手を引かれて入ってきた。

衣装を担当する女性が、誇らしげに見ている。 そう、恋する少女 佐々木利佳を 宿したウェディングドレスは、本来以上の輝きを放っていた。

受付嬢 「どうですか、お嬢さん。」

鏡に映る姿は、彼女を驚かせた。

利佳 「これが、あたし...」

携帯電話から、耳を離した受付嬢がささやいた。

受付嬢 「ドレスの魔法は、これから発動するんです。 ほら。」

寺田良幸が入ってきた。 彼の目には、たった一人の 「花嫁」 しか目に入らなかった。

利佳 「先生...」

良幸 「利佳... とてもきれいだよ。」

周囲の人々は息を殺していた。 人が人と出会い、寄り添う時を 見届けるのを待っていたのだ。

良幸 「お前が作ってくれたお守り。 これに守ってもらい、一緒に歩いて行こう。」

二人の手に、赤い珊瑚で作られた 「お守り」 が宿った。 それは良幸が 南の島で見つけ、利佳に贈ったのを、彼女が想いを込めて彫り上げた 「赤き龍」 だ。

利佳 「はい。いつまでも・・」

宿泊客やビルの従業員たちが祝福の拍手を贈った。 彼らは素晴らしいカップルの 誕生を祝福していた。 それは、お姫様「ホープ」の憧れでもあったのだ。


第3話「お姫様の憧れ」 完


筆を置く前に

京成特急for佐倉君へ:
貴殿のステキなファンフィクションに感謝いたします。 明確な未来が 見えるからこそ、このような 「ちょっと前」 を書くことが出来ました。

次回予告

「嘘つき君と妖怪とお姫様」


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