お姫様の帰還

作者: deko

第2話: お姫様と妖怪

宇宙空間に浮かんでいる無数の岩塊の一つから変な声が聞こえる。

声 「いいか!お前は前の戦いで、とんでもないドジを重ねた。」

妖怪 「し、しかしあれは...」

声 「お黙り! 真面目にやろうとも、結果が悪いということは、 結果が悪いのです。」

妖怪 「し、しかし女王様。皆の責任まで私一人に...」

女王 「だまりんしゃい!これ以上、つべこべ言うのなら、 お前を超空間経由で恒星の核心に放り込みます。」

妖怪は、震え上がって平伏した。 その際に、透明だった身体が 「タコ」 のような 吸盤に覆われた姿に変わった。 同時に、女王と呼ばれる存在も姿を現した。 それは、 巨大な 「ヤリイカ」 そのものである。

女王 「そなたの名誉は、あの星の侵略にかかっている! よいか、1周期以内に、星に巣くう哺乳類型生命を滅ぼし、 我らを迎えること。」

妖怪 「そ、そんな...」

周囲から、一斉に声が飛び交った。

声たち 「なあ... おみゃああ。 星を占領するんは、たーい変なことやで、 もっと~~もっと~ 真面目にやれ~~」

妖怪 「黙れ! おまえらが... ああ!!」

妖怪は女王の大きな足に捕まってしまい、グルグルと振り回された。 そして、 ポイッと放されると派手な悲鳴を残して宇宙に旅立った。

声 「戦士の旅立ちです。」

彼らは同僚を見送ると、岩塊の片隅に集まった。 そこには、壊れた通信衛星の 残骸があり、アニメドラマの音声が繰り返し繰り返し流れていた。


友枝町では、登校中の中学生たちが笑いさざめいている。 さくらも衣替えの 服 (冬服) で元気に登校している。

知世 「さくらさん!」

ボディガードのお姉さんたちとともに、大道寺知世が車から降り立った。

さくら 「おはよう! 知世ちゃん。」

いつもと違って、ボディガードの車はそこから屋敷に戻っていった。 首をかしげるさくらに、知世は素敵な笑顔を振りまいた。

知世 「よかった!お元気そうでなによりです。... あの、ケロちゃんは?」

さくら 「包帯に巻かれてミイラさんみたい。 「ライフ」のカードで直そうと したんだけど、イヤだって。」

知世 「では、今日にでもお見舞いに行かなくては。ところで、さっきから 襟元にあるのは?」

訳のカード 「おお、あのお姉ちゃん、素敵な髪だねえ!まるで、俺たちみたいな 濡れ髪っていうんだよな」

知世はビックリである。 褒められた髪はいいとして、馴れ馴れしい口調に 頬を膨らませた。

さくら 「ち、違うって。これはね。」

さくらが指さした電線には、カラスが何匹か留まっていた。

知世 「カラスさんですか?」

さくら 「うん。お母様に言われて気付いたんだけど、このカードはね、 色んな声を翻訳するらしいの。」

訳のカード 「むにゃ、今日は珍しく早いな、遅刻娘め。 雨が降ると困るから、 寝坊してもらわんと。」

今度はさくらが、頬を膨らませた。 案の定、塀の上に大きな猫がいた。

知世 「猫さんですわね。 ということは、まるで自動翻訳機みたいなカードさんが 生まれたのですね。」

さくら 「李君の言うには、生まれる瞬間に、主の願いがカードの性質と役割を 決めるんだって。 あたし、あの時は、お母様に中国の声でご挨拶したかった。 そうすれば、私を認めてくれて、李君を連れて行かないって思ったの。 ケロちゃんをいじめた猫さんたちにも、言いたいことがあったから... かな?」

無二の親友は、心から祝福するように微笑んだ。そして、鞄からプリントを取り出した。

知世 「今日は、いいお知らせばかりですわ。 はい、イギリスの歌帆先生からのメールです。」

そこへ、後ろから李小狼が追いついた。 先日来の、腑抜けから立ち直ったようである。

小狼 「いい知らせって、なんだい?」

知世 「それは見てのお楽しみ。 では、お先に。」

さくらと小狼は親友を見送ったが、お互いに相手を意識すると、 意を決したように手を取り合い、しっかりと握り合った。

仲のいい二人にもたらされた知らせは...


日本国籍の飛行機が北極圏航路を飛行している。その、操縦室では 鼻の高い機長が操縦桿を握っている。 ただし、ご機嫌斜めらしく 副操縦士と航空機関士の二人は黙りこくっている。

副操縦士 「あの... 機長。 自動操縦ですから、無理に...」

機長「やかましい!! 栄えある国際線のパイロットがなぜ、なぜ... こんな 仕打ちを受けねばならんのじゃ!」

傍らのトレイには、サンドイッチの皿と、インスタント・コーヒーの カップに砂糖とミルク。 明らかに、左前の待遇である。

機関士 「そうはいっても、パーサーたちが、あのお嬢さんのお世話に夢中で、 仕方ないじゃないですか。」

副操縦士 「そうですよ。 お客様の苦情も来ないのですから。」

機長「君達、私に逆らって主任パイロットになれなくてもいいんだね?」

気まずい雰囲気に、航空機関士は手を挙げた。すると、そこに香り豊かな コーヒーが差し出された。

ホープ 「はい、どうぞ。」

可愛いドレスに身を包んだ女の子は、茶色の髪をキャップに似包み、 エプロン姿である。 以前に纏っていた人形の姿とは違い、身長は1メートルに 満たない幼児体型である。

副操縦士 「これはどうも。 あの、私が、機長に...」

生身の姿を得たホープは、嫌々をして断ると。 すすんで、鬼のように怖い 顔の機長にコーヒーを差し出した。 こうなっては、いかに偏屈な人間でも、 心を許すものだ。 機長の顔は見物だった。 一瞬、逆上すると思いきや、 たちまちにして溢れんばかりの笑顔を振りまいた。

機長 「これは、マドモアゼル。 お気遣いありがとうございます。」

ホープ 「いいえ、どういたしまして... クシュン!」

副操縦士 「どうなさいました! 風邪ですか?」

ホープは、可愛らしく微笑んだ。

ホープ 「いいえ。 誰か、あたしの噂しているみたいです。」

彼女がおぼんを持って退室すると、航空機関士と副操縦士は目を合わせた。

副操縦士 「驚いたねえ。完璧な英語だぜ。」

機関士 「機長は、英国出身なのに滅多に話さない。 なのに、あの お嬢さんには英語で話したぜ。」

噂の機長は上機嫌である。


友枝町 科学館の屋上で、子供達が円陣を作って夜空を見つめている。 子供達の 中には、山崎と千春の姿もある。

ラジオ 「ただ今から、19時46分をお伝えします...」

子供達の傍らにあるラジオからは時報が絶え間なく鳴っている。

子供 「あっ、光った! 北斗七星の右だよ。」

女の子 「OK! 今日は、すごいねえ。 一時間で、102個も来たわ。 ねえ、山崎君、予報どおりみたいね。」

山崎 「そうですね。 F博士も、今頃はフィンランドの自宅でワクワク していると思いますよ。」

千春は、そんな山崎を見て楽しそう。

千春 「山崎君、いろんな事を知っていても、鼻にかけないからステキ!

山崎 「ほら、三原さん。 いま、君の担当域で星が光ったよ。」

千春 「ご、ごめんなさい。」

山崎 「うむう。 ひょっとして今のかもしれないなあ。」

記録を取っていた女の子が、何気ないように聞き返した。

女の子 「どうしたの、博識さん?」

山崎 「今の閃光は、マイナス七等級ぐらいだな。 となると、 直径が1メートルクラスの天体。 これはひょっとして、宇宙生命の カプセルかもしれない。」

男の子 「はあ?」

千春と山崎を知っている子はため息。 どうにもならないと解っていても、 やっぱり出るのは嘆息。 その間にも、流れ星は小さな閃光を次々と 発しながら... 最後に大きな輝きを発して消えた。

山崎 「回転カメラは作動してますか。吉田先生。」

吉田 「ああ、ちゃんと動いている。データはパソコンに転送中だから、 すぐに出るよ。」

パソコン画面に出た流星に山崎君の目が光った。

山崎 「どうも、いやな予感がする。」

だが、周囲の子供達は彼にかまわずに観測を続けた。 やがて、 予告された流星雨が始まったのだ。   


飛行機の中では:

スチュワーデス 「あら、いけませんわ、お嬢様。 スパゲティは、 そっとフォークに丸めて。」

別のスチュワーデス 「あらあら、ケチャップがほっぺたについて。」

別のスチュワーデス 「お飲み物は何にいたしますか? お嬢様。」

乗客の世話をするはずの乗務員たちが、束になって女の子の席に 群がっている。 そのため、女の子の隣席の客は、通路の反対側に 押し出される始末。 ヒトの姿になって間もないホープは、一生懸命に ナイフやフォークを使おうとしている。

パーサー 「あなたたち! ほかのお客様のお世話はどうしました?!」

パーサーが怖い顔でやってきた。 とはいえ、彼女もホープの世話を したいのだった。 部下のスチュワーデス達を通路へ追い出すのは、 朝飯前なのだ。 彼女は、ナプキンを取り、そっと、女の子の口元を拭った。

ホープ 「ありがとう。 あの、あたい、皆さんの迷惑なの?」

パーサー 「いいえ、いいんですよ。 それに、歌帆とは中学以来の仲ですから。」

ホープ 「仲?」

パーサー 「お友達ということです。 さあ、お腹が一杯になったら お休みなさい。お家に帰るんでしょう?」

ホープ 「うん。 お姉ちゃんのところに帰るの。」

お皿が下げられ、暖かい毛布が渡された。 パーサーには、 目の前の女の子の顔に、いろんな表情が見えるらしい。

パーサー「お休みなさい。」

彼女が立とうとすると、ほとんどの乗客が見ていた。 そこには、 優しい微笑みと、呆れた苦笑があった。


木之本家のさくらの部屋では:

知世 「これなんかいかかでしょう? このワンピースなんか、ホープちゃんに 良いと思いますが。」

さくらと小狼は、げんなりしたように無二の親友を見ていた。 何しろ彼女ときたら、 夕方に押しかけてくると、衣装箱3つの中身をぶちまけて、延々3時間も 幼児向けの衣装を披露しているのだ。

さくら 「あ、あのね。知世ちゃん」

知世 「サイズのことならご心配無用ですわ。 歌帆先生のデータに、 うちのデザイナーさん30人がピッタリの衣装サイズを検索。 各自に6着ずつ デザインさせたものですから。」

小狼 「百八十着...」

ケロ 「知世も、えらい意気込みやなあ。 こりゃあ、あいつの服で 部屋が埋まるで。」

小狼 「呑気だなあ、お前は。」

先日の負傷からケロは立ち直ったらしい、だが未だに包帯の残りがケロの身体に 張り付いていた。 さすがに、知世はそんな姿をVTRに収めなかったが、 脳天気なケロに小狼はため息を禁じ得ない。 小狼は、ホープの素性を 理解していた。 だが、あの小さな女の子の妖精がどんなに、辛い思いを していたかは理解できなかった。 だから、ヒトの身体を得た人形が帰って 来る一抹の不安を拭いきれなかった。 その点、知世はさくらからホープの 優しい心を聞き、理解していた。 同じ女の子として、何を喜び、 何に憧れるかを。

知世 「これで、ホープちゃんが帰ってきたら、このお部屋もにぎやかに なりますわね。」

小狼 「充分、賑やかだと思うけど。」

カード達の中でも、幼い女の子の属性を持った 「パワー」 や 「リトル」 が 動き回っている。

ケロ 「ところで、あの姉ちゃん (歌帆) の言うには、あいつ、空港で英語を 話しとったそうやなあ。」

小狼 「さくらが、「訳」を創造したからだ。」

さくら 「あたしが...」

知世 「どういうことでしょうか?」

ケロ 「わいが答えたる。 さくらはすでに、二枚のカードを創成した。 その二枚は、「無」と合体したホープの半分の属性を持った「愛」。 それに、先日の「訳」や。」

小狼 「その二枚は、クロウの作りしカードじゃない。 クロウカードは、 ケルベロスとユエに従うそれぞれの属性をも持っている。 それは、 さくらカードになってもだ。 だから、さくら自身が作り出したカードは、守護者の支配も影響を受けない。 さくら直属のカードなんだ。 「訳」 はさくらとホープのみにしか従わない。 だから、訳の力をホープは使えたんだ。」

ケロ 「だから、小僧は不愉快なんや。」

小狼 「なに! どういうことだ?」

ケロ 「クロウの古文書に無い新しいカード。 残念やったな! 小僧の 知識は役立たずや。」

さくら 「ケロちゃん! いい加減にしないと怒るわよ!」

そこまで悪態をついた守護者は、憤然とした顔で引き出し部屋に入った。

知世 「珍しいですわね。 ケロちゃんがあんな事おっしゃるなんて。」

さくら 「怖いのよ。あの遊園地で、一度ケロちゃんは負けた。 みんなはどうなの?」

部屋にさくらカード達が飛び出した。 彼らは3人の周囲を回りながら声を発した。

ミラー 「あたしは、早くホープに会いたいです。

パワー 「早く来い! 早く来い!

リトル 「一緒に遊びたい!!

ダーク 「きっと、お茶目さんになってるでしょうね。

タイム 「あの子は、幸せにならなくちゃいかんのお。

遷 「主様は妹のように思っているんでしょう? 私たちもです。

ライト 「知世さん、あの子は、白が気に入ると思いますよ。

古今東西、男は感情を否定したがる。 だが、時には感情が大きな力を 発揮するのを小狼は、まだ知らなかった。


大気圏を猛烈な勢いで一つの隕石が落下していた。 凄まじい加速と摩擦熱は、 石の表面を数千度に熱し、バラバラと破片がこぼれていた。 ここに至ると 内部の命は我慢し切れなかった。

妖怪 「あっちちちちちちちちち!!」

石の外側に亀裂が走り、その瞬間、弾けた。 同時に彼は外に飛び出した。 外は かなりの低温だったが、宇宙を放浪する妖怪には、心地良かった。

妖怪 「ヴィッック... グウウヴィック。 (哺乳類型生命体を殲滅しろか。 まあ、簡単にやってやろうか?)」

あらゆる生命も、まず自分の状態を正確に把握するものであるが、 どうもこの生命はドジである。 彼は、自分の身体にかかっている 膨大な慣性を自覚していなかった。 特急列車から自分だけ飛び降りようとも、 すぐさま停まるわけではないのである。

妖怪 「ぐうううう。 グビイイイイイイイ (たしゅけてーっ)」

彼は懸命に、吸盤のついた足を逆方向に踏ん張り、ブレーキをかけよう としたが、遅かった。


飛行機の後尾ハッチの側では、ホープがパーサーと話していた。 女の子は、 すっかり身支度を整えている。

パーサー 「お嬢様。もう少し我慢なさい。」

ホープ「逢いたいの! 一刻も早くお姉ちゃんに。 心配しないで。 あたい、空を飛べるもの。」

パーサー 「私はどうします? 歌帆には、ちゃんと送り届けるって 約束したんですよ。」

ホープ 「お願い。」

ハッチの向こうには東京の夜景が広がっている。 航空機は国際空港への 周回経路に入り、管制塔の指示を待っていた。 パーサーは女の子のつぶらな 瞳を見ていた。 愛しい人に一刻も早く会いたい。 紛れもなく、 この子は女の子なのだ。

パーサー 「解りました。 ちょうど、この機には エアロック(注)が配備されて いるんです。 」

作者注: 絶対有り得ません! これは、嘘です!!

彼女はホープを抱き上げ、小さな取ってのついたガラスケースに抱き入れた。

パーサー 「お嬢様、目の前のランプが赤になったら外側のハッチを 開けてください。」

ホープ 「いいの? ありがとう。 お姉さんの名前は。」

パーサー 「星彩佳と申します。 かなりのスピードがかかっていますが、 お嬢様なら大丈夫ですね。 尾翼の気流に気を付けてください。」

ホープ 「ありがとう。 彩佳さん。」

目の前のランプが灯り、ホープは外に飛び出した。 ヒトと同じ身体を 持ちながらも、魔力を持っている彼女には、空を飛ぶことなど 簡単なのだ。 大都会のイルミネーションが輝き、高層建築のライトが 美しい。 気流は優しく、小さな身体を優しく受け止めてくれる。

ホープ 「うわーい! あたい、帰ってきたんだわ。」

彼女は飛行機のコックピットに向かって手を振り、鷲鼻の機長の 姿を認めた。 それに反して、災難なのは操縦席の面々。

副操縦士 「き、ききききき機長! ヒトが、ヒトが空を飛んでおります!」

機長 「ばかもん! ヒトが空を勝手に飛べるか!」

機関士 「メイディ! メイデイ、空港航路管制... そ、空を女の子が 飛んでいる。 あっ、スカートの中が...」

彼は機長から拳骨を頂戴した。

機長「ぶわっかもん! 幻覚にしても、ハレンチな... お嬢さんだ。」

間の悪い事はどこでも起きるらしい。

管制官 「大日本国航空123便! 例の流星雨は通りすぎたらしい。 それは おいといて、てめえら、おれらをおちょくっているんか! あんまり ふざけると着陸許可やらんぞ。」


ちょうどその時、友枝町の科学館では:

千春 「南の45に、流星。 あ、光っちゃった。」

山崎 「すごいバーストだね。 爆発しちゃったみたいだ。」

子供達は、かなりの記録をノートをしていた。 だから、今落ちた流星が、 自分たちの町に大きな関わりを持つとは夢にも思わなかった。


ホープは港区上空を上機嫌で飛んでいた。 英国に行く時に見た東京タワーと ビル群をゆっくりと回ると、懐かしの風景に出会える。

ホープ 「あった、遊園地!」

だが、そこまでだった。彼女は真上から突っ込んでくる生臭さに気付き、 立ち止まった。 次の瞬間 「ゴン!!」 という音とともに目から星が 吹き出した。 近くのビルの屋上にいた人達が、一瞬耳を疑ったが それまでだった。 ホープは、気絶したまま落下していった。 竹芝桟橋公園の 美しい煉瓦舗装に向かって落ちてゆき、モニュメントの帆柱を一斉に はためかせた。 桟橋港湾派出所の巡査の前にあった、なぜか開いたままの マンホールに彼女は吸い込まれ、誠に騒々しい音とともに、地下の 配管網の中に消えていった。 一方、彼女と鉢合わせした妖怪も、気絶したまま 友枝町の方に墜落していった。


さくらは自分の部屋で眠っている。 あどけない寝顔が似合う静かな 夜である。 机の上の 「さくらカード」 の本から、「訳」 のカードが 抜け出て輝いた。 その模様は激しく明滅し、活動のすごさを現していた。


港区の地下、生臭く、湿気の多い空間である。 かすかに、地上からの光が 差し込んでいるところに、ホープが倒れていた。 英国で、歌帆の作ってくれた 服は破れてしまい、汚い埃と汚水にまみれていた。 そこに、一匹のドブネズミが やってきた。 幼い子ネズミだが、好奇心が旺盛らしくクンクンと女の子の ニオイを嗅ぎ回った。 ネズミのひげが、彼女の鼻を刺激して。

ホープ 「ク... クシュン・ハックション!!」

目を覚ました彼女に、物々しい声が聞こえてきた。

ネズミ 「人間だ! 人間だ! 人間だ!」

訳のカードが働いている証拠であるが、闇に見えるネズミの目に彼女は 震え上がり、泣き叫んだ。

ホープ 「いやー!! ネズミさん。 きらい! 嫌い! だ、大嫌い。おねええちゃーん!」

そこは、ドブネズミの国だった。


英国・柊沢家の居間では歌帆が、童話を読んでいる。 そこへやってきた エリオルが、題名を見る。

エリオル 「ポール・ギャリコ。 トンデモネズミの大冒険。」

歌帆 「ホープがいやがるから、ずっとしまってあったんだけど。 あの子ったら、ネズミ恐怖症のまま帰っちゃったわ。」

エリオル 「目を覚ます時に、そうとうびっくりしたらしいですね。」

歌帆 「ひょっとして、今頃はネズミさんたちに取り囲まれているん じゃないかしら。」

エリオル 「避けようとすると、なおさら避けられない。ですか...」

歌帆 「まさかね。」


つづく

次回予告

「お姫様の憧れ」

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