お姫様の帰還

作者: deko

第1話: 二つの創成

中天に輝くお月様に照らされながら英国・柊沢家の庭先の祭壇にある箱へ ホープが入っていた。

ホープ 「大丈夫、歌帆?」

歌帆「大丈夫よ。エリオルはこの一年、いろんな資料をあたったんだから。」

ホープ 「歌帆の着物ステキね。あたしも着てみたいなあ。」

浴衣姿の歌帆は、しっとりとした色気に包まれている。 二人の後ろでは、エリオルが 魔法の杖をかまえながら、呪文を口ずさんでいる。

歌帆 「じゃあ、後でね。美味しいもの、沢山作ってあるから。」

ホープ 「うん...」

エリオルが進み出た。 今の彼は、法衣を纏った司祭に似ている。

エリオル 「じゃあ、いくよ。 ホープ。」

エリオルの背後で、奈久留が、カセットのスイッチを入れた。 曲名は「運命」。

エリオル 「...??? 迷える魂よ、汝の身体に宿し命に、新たなる力を注ぎ込まん!」

同時にエリオルの周囲に魔法陣が形成された。 そして、全体から膨れあがるように、 大きな 「力」 が天空に飛び上がり、急降下で落下してきた。

奈久留 「すっごー。 エリオル、かっこいい! でも、どこかで見たようなシーンねえ。」

スピネル 「このファンフィック作者の、アイディアの貧困さを物語りますね。 ワンパターンですよ。」

ホープ 「いやああ! 怖い!」

「力」 が落下してきて、祭壇の中のホープに接触した。 だが、瞬時に張り巡らされた バリアに阻まれ、跳ね返った 「力」の行方は...?

スピネル 「ぎゃああ!」

「力」 の直撃を受けたスピネルは、文字どおり、ぶっ倒れた。 尻尾の先が焦げ付き、 ピクピクと痙攣した。

奈久留 「へーえ。 負の力のシールド。 すごいバリアね。」

エリオル 「ふふふふ... やはり、さくらカードすべてに匹敵する負の力は すごいですね...」  

この時、いつもは冷静な彼の中で何かがはじけ飛んだ。 言葉とは裏腹に、顔はどう見ても 興奮状態のエリオルは、次々に 「力」 を祭壇に送り込んだ。 だが、怯えきった女の子の バリアに弾かれ届かない。 それどころか、凄まじい泣き声に柊沢家の者は耳をふさいだ。

ホープ 「うえーん。 歌帆ーっ。 助けて! エリオルが怖いーっ!」

奈久留 「もうエリオルったら、やけくそね。 目が据わってるわ。」

スピネル 「もう... ひけまひぇん... ふにゃ...」

歌帆 「このままじゃ、堂々巡りね。 そうだわ!」

音楽が変わった。 それは...

音楽 「あら、えっさっさーーっ♪」

威勢のいいかけ声は... 八木節である。

エリオル 「歌帆! 一体何をさせるんですか!」

歌帆 「ホープは怯えて、バリアに閉じこもっているのよ。 雰囲気を変えて、あの子を誘い出しましょう! ほら、奈久留もスッピーも 踊って! 踊って!」

音楽が変わり、今度は「炭坑節」である。 「月が~出た出た~♪」 東京だったら間違いなく苦情が押し寄せるが、ここはイギリスの片田舎。 大音量の 炭坑節に、人間と妖精の盆踊りがくり広げられた。 サバト (悪魔の夜宴) のような 雰囲気なのに、陽気な盆踊りは不気味。

ホープ 「...?」

彼女が落ち着いて、展開したバリアを低くすると。 楽しそうな音楽が聞こえてくる。 思わず、調子に乗って合いの手を入れた。 その時!

歌帆 「エリオル! 今よ!!」

瞬後、ホープがバリアを張り直す隙をついて、エリオルの放ったエネルギーが 注ぎ込まれた。 それは、創成の始まりだった。


玄関先を相変わらず、バタバタと凄い音をしてさくらが走ってくる。 口には朝食が 残っているらしく、もぐもぐと噛むのに忙しい。 大学生の兄が苦笑しながら、 からかうはいつもの通り。

桃矢 「そんなに慌てるな、怪獣。 慌てて、コケルと地面に穴が開くぞ。 怪獣なんだから。」

さくら 「さくら、怪獣じゃ...」

その時、道にいる偉に気がついた。 はしたないところを目撃されたので、 真っ赤になってしまう。

さくら 「おはようございます。 偉さん。」

隣家の家令はいつもどうり、礼儀正しく会釈した。

偉 「おはようございます、さくら様。 あの... お時間を頂いてもよろしゅうございますか?」


  ペンギン公園では、通勤通学の人々が忙しく歩き回っている。

さくら「えっ! 小狼君のお母様が?」

偉 「はい。明日、お仕事でアメリカからの帰途に立ち寄られます。 その際是非、お会いしたいと仰せです。」

さくら 「お母様が...」

さくらの脳裏に、小学校時代に逢った李家の婦人の面影が蘇った。 気高く、 凛とした賢夫人が。

偉 「お会いなさいますか?」

さくら 「はい。でも、どうして? 私たちまだ、約束もしていないのに。」

老人の微笑みは優しく、未だ長い未来が待ち受ける少女の困惑が面白く 見えるらしい。 さくらの視線は、歩道を仲良さそうに笑いさざめく、高校生の カップルを彷徨っていた。

偉 「去年の冬は、あの出会いがございました。」(「星界の門」 参照)

仲の良い老人と孫のような二人は、同時にため息をついた。

さくら 「あの子、本当に私の娘なのかしら? すごい、お転婆。」

偉 「間違いないでしょう。 別荘での出来事は、私も存じ上げております。」

さくらは、クスッと微笑んだ。 元気なお転婆娘が自分たちに隠れて、あの別荘で 暮らしていたのだ。 老人はさぞ楽しかったろう。 その時、遠くで鐘が鳴った。 さくらの通う中学校の、始業の合図だ。

さくら 「いけない! 偉さん、また後で! はううううう! 遅れちゃう!」

未来の女主人が、脱兎のごとく走り去ってゆくのを、家令は慎み深く見送った。

偉 「やはり、親子ですなあ。 そっくりでございますよ... 小狼様、 未来は勝ち取るものでございます。 人生は戦いの連続で...

勢いよく立ち上がった老人は、歳を忘れていた。 腰に響く痛みは、 彼の戦歴を物語っていた。


昼休み、教室の中で話題が花咲いている... はずなのだが。

千春 「じゃあ、山崎君。 この週末の夜は科学館ね。」

山崎 「獅子座流星群は、この秋はすごいと予報があるんだ。 20世紀のある年は、 まるでスコールのように星が降り注いだんだって。」

奈緒子 「それホントの話だよ。 すごかったと、星の本に出ていたわ。」

千春は珍しく、ホントの話に感心する。 だけど...

山崎 「でもね... 実はその流星雨の中に、宇宙人の船が紛れ込んだんだ。」

千春はため息。 そばで聞いてたみんなもため息。

千春 「また... 懲りもせずに。」

山崎 「彼らの宇宙船は、流星雨の中に紛れ込んで地上に到着する。 彼らは、地上で活動するために、墓地に入って、埋められたばかりの人の 身体に入って...」

いつもなら、恐がりのさくらが反応するのだが、その気配はない。 さくらと 小狼は、関心なさそうに外を眺めており、二人を見ている知世は、 ため息しか出ないらしい。

千春 「李君、ず~っと元気ないよねえ。」

山崎 「占いでもやって、大凶でも出たのかなあ?」

小学校時代からの仲間である、利佳が話題を盛り上げようとした。

利佳 「占い... ねえ、本町のツインベルの前にある電子占い。 私もやってみたわ。」

奈緒子 「佐々木さんには、いい占いの気が出たんだね。」

利佳の素敵な笑顔は、すぐに判る。 彼女が、何を占ってもらったかは明白である。

山崎 「李君が自分の将来を占えば、カカア天下の旦那さんってなるね。」

小狼 「...そうかな?」

知世 「そうなるなら、撮り甲斐があるのですが...」

外の電柱にカラスが一匹鳴いている。 一同は、ドンヨリした空気に 取り囲まれている。


ペンギン公園のブランコにさくらと、知世が乗っている。 二人の姿は、 夕焼けに染まっている。

知世 「ええ! 李君のお母様がいらっしゃる?」

さくら 「うん。 今朝、偉さんからお聞きしたの。」

知世 「苺鈴さんから、そんなメールはいただいておりません。 急なお話なのでしょうか?」

さくら 「わからない。 ただ、お会いしたい。 それだけ。」

ため息だらけの二人。 何となく、いつもらしくないとは判っているが、何も打つ手が ないのでしょうがない。

さくらは、ブランコを漕ぐ力を強くした。 何かを振り払いたいのだ。 その時、出し抜けに声が聞こえた。

夜蘭 「小狼は、香港に帰らせます!

さくらは、はっとなる。 あわててブランコを停め、周囲を見渡すも婦人の姿は 見えない。 知世が不思議な表情で見ている。

さくら 「ひょっとして、小狼君。 香港に帰っちゃうのかも。」

知世 「ええ! まさか。 さくらさんを放って帰るなんて。」

一度火のついた疑念は、瞬く間にさくらを不安に落とし込んだ。

さくら 「小狼君、私にがっかりしたんだ。 私って、お寝坊さんで、 おっちょこちょいで、宿題忘れていつもいつも、慌てているもん。 こんな私じゃ、一生歩いてくれるわけない...」

知世 「落ち着いてください! さくらさん。」

知世はさくらの目にあふれた涙を除き、優しい微笑みを無二の親友に向けた。

知世 「ここで、心配しても始まりません。 李君のお母様に直接お伺いするべきです。」

さくら 「でも、でも... 本当に帰っちゃうなら...」

知世 「しっかりなさってください! いつもの呪文は、どんな文句でした?」

さくら 「何とかなるよ! 絶対...」

さくらのパニックは、ここで峠を越えた。 顔を上げた彼女は、いつもの笑顔を 取り戻そうとしていた。

さくら 「ありがとう! 知世ちゃん。 あたし、明日の用意があるからまたね!」

走り去る親友を見送った知世は、背後に隠れている女の子に話しかけた。

知世 「お母さん、行ってしまいましたよ。 お久し振りですね、未来のお嬢さん。」


下校中の李小狼が友枝町を歩いている。 浮かない顔は学校に いるときと変わらない。 ツイン・ベルの前を通りすぎようとすると、 女の子たちが電子占い機を取り囲んでいる。

奈緒子 「うわー! あたし、文学で身を立てられるって。」

山崎 「すごいねえ! 僕のは... 「貴方は人に騙され易いので、 質実剛健を目指しましょう?」

千春 「壊れてるわ、この機械!」

利佳 「そんな筈、無いわ。」

真樹 「そうかしら? この占い機、評判いいのよ。」

いつもの小狼なら通りすぎるところだが、立ち止まって、ポケットを 探っている。

千春 「ようし、あたしは「温かい家庭を作れます。 ただし、 より注意が肝心です」うん!納得。」

山崎 「何に注意するの? ...みはら...」

千春がプリントを見せようとしたとき、真っ赤な顔をしている 小狼が見えた。 小銭を握ったまま凍り付いた級友に、一同は声を失った。


ペンギン公園、知世の隣には、茶色い髪の少女が座っている。

女の子 「チョッチ、薬が効きすぎたかなあ。」

知世 「まあ! やっぱり。あれは演技だったんですね。」

少女の瞳は、小狼そっくりの茶色であり、髪は親友 (さくら) そっくりで ある。 愛らしい顔を曇らせてはいるが、かなり派手な服を着ている。

女の子 「だって、李小狼さん。 ...お父さんたら、ずうーっと落ち込んで いるって、未来の記録にあるんだもの。」

知世 「記録?」

女の子 「うん! 我が家専属の映像マニアさん。 大会社の社長さんなんだけど、 事あるごとに 「記録は特別なのです」 って...」

女の子の指さすのは、やはり... でも、未来の映像マニアは誇らしげに微笑んだ。

知世 「光栄ですわ。 では、さくらさんと李君は?」

女の子 「おかげさまで。 でもねえ、結婚式の当日までドタバタ騒ぎ だったんだって。 香港のおばさんたちによく言われました。」

知世は、そっと女の子の手を取った。 たっぷりした袖口の刺繍は、 手縫いの豪華なものだ。

女の子 「順調にいって、ドタバタ騒ぎ。 だから、お父さんにしっかりして 欲しくて、あんなこと言ったの。」

知世 「お母さん。いえ、さくらさんもふんわりですからね。 ところで、 さっきカードさんをお使いになりましたね。」

普段は勝ち気な女の子らしいが、この質問に真っ赤になった。 その仕草が、 父親似なので知世は微笑んだ。 女の子は立ち上がると、懐からカードを 取り出した。

女の子 「お願い! あのことはお母さんに言わないで。 これ以上、この時空 連続体に干渉してはいけないって判っていたんだけど。」

知世 「私は、このことを覚えていていいの?」

女の子 「はい! ネオ・リターーン。」

女の子の周りに、強力な魔法陣が展開され始めた。 同時に、時空を 操るさくらカードが召還され、輝いた。

知世 「最後に教えて! あなたのお名前は?」

女の子 「それは、無理です。 だって、私の名付け親は、あなたですから。」

確かに道理だった。 今から答えのわかっているのは、誰にでも面白く ないものだから。 だが、知世にはそれが気に入らないらしい。

彼女は、消えた魔法陣に向かって珍しい仕草をした。 「あっかんべーーーっ」

知世 「まあ、よろしいですわ。 あの子の服も、私のお手製みたいですから」


さくらは、自分の部屋でよそ行きの服をベッドに並べている。 周囲では、 さくらカードたちが思い思いの間隔をとりながら滞空していた。 いつもなら、 カードたちの相手をするのだが、今日の彼女は思い詰めた顔なのでカードたちも 黙っている。 部屋の隅でゲーム機を操作しているケロは、 主人の悩みなど判るはずもなく、はしゃいでいた。

ケロ 「このこの.. おえーーっ。 なんでや、なんでスッピーのカウントまで こんなに開きがあるんや。」

何枚かのカードたちがケロのそばにやってきた。 彼らは、主の魔力が 増すのにつれて、自由な行動をとれるようになっていた。

ミラー 「あまりはしゃぐと、主様の邪魔になりますよ。

パワー 「怒ると、こわいよ~

知 「何か、思い詰めてらっしゃるみたいですね。

ライト 「お向かいの、小狼様も元気ないらしいわね。

ケロ 「ああ、小僧もこの半年ばかり静かなもんや。太平天国とは!」

ケロの背後に主人の姿を認めたカードたちは、一目散に天井隅まで逃げ延びた。

さくら 「ご飯の支度するけど、今日は何がいい、ケロちゃん? それから、 みんなはあたしに遠慮しないでいいのよ。 お願いね。」

ケロ 「お兄ちゃんと、お父はんは遅いんか?」

さくら 「うん。 学会が近いから。」

そのまま、彼女は階下に降りていった。残されたケロは、ため息をついた。 窓の 向こうには、小狼の部屋が見えるのだが、今日もカーテンが降ろされている。

ケロ 「ホンマ。 一人が落ち込むと、もう一人も落ち込む。 難儀な二人や。」

ミラー 「恋の苦しみですか? ケルベロスはそこまで判っていながら、 何もしないのですか?

ケロ 「二人の問題や。 たとえ、わてらの... おい、「視」 どないしたんや!」

視 「解りませんか? とても強い、力が収束しているのに気が付かないんですか?

その時になって、はじめて 「封印の獣」 は、室内に籠もる力に気付いた。


米国上空を旅客機が飛行している。 そのファーストクラスに、李家の女主人が乗っていた。

雪花 「お母様、今回の滞在は短かったですが、日本では何か予定でも?」

夜蘭 「見極めなくてはなりません。 あの方と我が李家の未来を!」

黄蓮 「さくらちゃんですか? あの子なら、小狼にピッタリですわ。」

緋梅 「奥手なところもそっくり! 案外、その気になったらメラメラですわね。」

夜蘭は微笑みながらマテ茶を取り上げた。 その次の瞬間、機体が大きく揺れたのだ。 スチュワーデスたちが倒れ、激しい上下動に耐えているとき、李家の娘たちも 混乱するのは仕方がない。 だが、彼女らの母親は違った。

夜蘭 「玉帝...」

夜蘭の指輪が輝き、強力な 「場」 が展開された。 その場は、瞬く間に旅客機を 包み込み、周囲に降り注ぐ 「力」 から完全に遮断した。 機体は安定を取り戻した。 その間は、ほんの数秒。 誰もが、ホッと胸をなで下ろすまでもない、小さな事件だと思った。

夜蘭 「どうやら、悪戯者 (いたずらもの) が来るみたいですね。」


秋の夜長、鈴虫が鳴き声が聞こえるくらい静かな夜である。 しかし、出し抜けに 猫たちのうなり声が交差した。

ケロ 「またか、連中も年がら年中、大変やな。」

机の引き出し部屋からケロが眠たい目をこすりながら起きてきた。 だが、たちまち 部屋中に溢れかえる巨大な 「気」 に気が付いた。

ケロ 「さくら...」

さくらカードの主は、自ら放射する 「気」 の中にいながら、固まったかの ように机に突っ伏していた。

さくら 「なんて言えばいいの? ...お母様に何て言えば。 小狼くんは私の 全てですって... 一緒にいろんなことしたい。
ずっと、ずっと... 一緒にいたい。 だから、香港に連れて行かないでって... どうして言えないの?!」

ケロは、今の主が、膨大な感情に身を苛まれているのを知った。 人は感情によって 様々な力を実現する。 それは同時に、破壊と同じくらいの創造のエネルギーを 兼ね備えている。 今の彼女は、日付の変わった今日、行われる面会に全ての感覚を 支配されていた。 それは、不安と恐れ。 差し迫った時間に、答えを 見いだせない焦りと緊張が、眠りを忘れさせていた。 たった一言、あの賢夫人に 渡す言葉を見いだせないまま、さくらは疲れていながら、疲れを知らず。 様々な 感情に翻弄されていた。 机の上に置かれた 「さくらカード」 の本に収まっている カードたちも同じような不安と一触即発の迫りくる流れに怯えていたのだ。

ケロ 「さくらは、ホンマに小僧が好きなんやな。」

彼はベッドから毛布をくわえてきて、優しく少女にかけた。 その際に目尻からの 涙が見えた。 さくらは微かな眠りに身を委ねかかっているのだ。 何もかも 忘れられる忘却が必要なのだ。 だが、不安は頑強に眠ることを拒んでいる。 そこに、 庭先からの声が聞こえた。 発情とは違う本能的な闘争本能に激発された、 猫たちの威嚇と戦いの雄叫びの声。

ケロ 「さくらは今日、大事な日なんや。 ちょっとでいいから、 寝かせてやってくれ。」

だが、猫たちの雄叫びはやまない。 ケロは、窓の外にはい出て、猫たちの ところに向けて飛び出した。

ケロ 「お前ら... ぎゃあああーっ! ちょ、ちょっとまて。 ひ、卑怯やでーー!」

続いて、庭にあった花壇の鉢植えが倒れる音と、物々しい壊れる音にさくらは、 微睡みを奪われてしまった。

さくら 「け、ケロちゃん!」

窓をなんとか、はい上ってきたケロは、ほぼ全身を猫たちに引っかかれ 満身創痍である。

さくら 「ひ、ひどい! 猫さんたち! ケロちゃんに乱暴しないで。」

彼女は、守護者を抱きしめたまま泣き出した。 その瞬間、彼女自身の 全ての感覚と、「気」 が圧倒的な流れとなって、一点に凝縮した。 強力な 魔法陣が展開され、その猛烈な 「場」 に彼女はめまいを感じた。 そう、 「愛」 のカードを生み出したときと同じめまい。 やがて、輝きが収まると 一枚のカードがそこに残った。 それは、「訳」という名前を刻みつけられていた。


成田空港、案内アナウンスが聞こえる。

「米国発、当空港経由香港行きのTWA機は給油が完了しました。 まもなく 離陸準備に入ります。 お客様は第2ゲートから搭乗を開始させていただきます。」

そのアナウンスを夜蘭と娘たちは聞いていなかった。 彼女たちの前で 李小狼は立ちすくんでいた。 母と姉たちが、さくらに会いたがっていたのに、 彼女は未だ来ていないのだ。 

夜蘭 「時間がなくなってきましたね。」

小狼 「...」

緋梅 「偉は、彼女から返事をもらったんでしょう? お母様、あきらめましょうか?」

小狼 「まって... くだ...」

芙蝶 「小狼ちゃん。 これは私たちみんなにとって大事なことよ。 約束は約束でしょう。」

そこに、携帯電話が着信した。 偉からの発信だった。

偉 「小狼さま! ただいま、さくら様が到着なさいました。 ご案内いたします。」

いつもは、冷静で感情を表に表さない夜蘭は、ロビー内を走ってくる少女を 見つけると、優しい微笑みを浮かべた。 だが、少女が顔も洗わずに、目を真っ赤に したままであると知ると微笑みも消え去った。

それは小狼も同じだった。 彼は素早くさくらの前に立ち塞がり、抱き寄せた。

小狼 「ばか! 寝てないのか?!」

さくら 「ごめんなさい!」

小狼は、ポケットからハンカチをとりだすと、優しく少女の顔を清めた。 彼女も、 全てを委ねてた。 その光景は、周囲の人々の微笑みと優しい祝福に包まれていた。

小狼 「じゃあ、いいね。」

二人は、李家の女当主の前に進み出て、深く礼をした。 夜蘭は静かにうなずいた。 そこでさくらの懐から一枚のカードが飛び出した。 瞬時に結界が張り巡らされた。 そこでの出来事は、魔力をもった者以外知覚で きなかった。

訳 「你好 (ニイハオ)。 お久しぶりです。小狼君のお母様 (中国の広東語)」

夜蘭 「你好... 私たちは、日本語も話せますよ。 さくらさん。」

さくら 「あ!」

さくらカードの主は、これ以上ないと言うほど顔を真っ赤にしてしまい、 照れ屋の小狼もそれ以上に真っ赤になってしまった。

夜蘭 「私に、心からの挨拶をしたかったのね。 すばらしいカード。 あなたの 真心と、優しさが生み出したのですね。
このカードは、語る者全てに仲立ちをします。 例え、人でなくとも声を もつ者すべてを。」

娘たち 「さくらちゃんと、小狼ちゃん。 かわいいい! お母様、わざわざ 立ち寄った甲斐がありましたわね。」

さくら 「ほえ?」

小狼 「い、一応、お、おれのガールフレンドだから、顔が見たかったんだと。」

さくら 「ほ・ほぇぇぇぇぇぇぇっ」

さくらにとっては、大きな誤解と、大きな幸せがやってきた日だった。


一方、英国では... まさしく異様な光景である。 浴衣の美人と、 メイド姿の娘、奇妙な黒い獣が、法衣をまとった眼鏡の少年と ともに 「炭坑節」 に合わせて盆踊りを踊っているのだ。

「あんまり~煙突が高いので~♪~~~~」

祭壇の中で震えていた女の子の人形があたりを見渡すと陽気な音楽が 鳴り渡っていた。 思わずリズムに踊らされて両手を合わせた瞬間!

歌帆 「エリオル、今よ!」

ホープが慌てて展開したバリアを突き抜けて、猛烈なエネルギーがなだれ込んだ。

ホープ 「おねえちゃーん!」

エネルギーは、一点に凝縮された形となってお人形の中に吸い込まれた。 すると、 お人形の内部から 「力場」 が包み込むように拡がった。 内部にいる 「希望」 の カードは輪郭を失い、溶けるように消えてゆく。 すると、お人形全体が 脈動を起こし、鼓動のような音が、振動が始まった。 展開された魔法陣が輝き、 人形を包む光の帯が幾重にも幾重にも輝いた。

歌帆 「大丈夫かしら? あの子。」

奈久留 「たぶん、私たちを創造できたエリオルだもん。」

スッピー 「いろいろ、歪んだ思いこみが混ざってますが。」

エリオル 「静粛に! 変換が終わる。」

エリオルの言うとおり、光の帯が内部の物体の中に吸い込まれていったが、 それは物体ではなかった。 生命だった。 祭壇の箱から、もうもうと白煙が 噴き出した。 すると、ピンク色の身体が倒れていた。

歌帆 「スピネル! そこのお菓子持ってきて。」

歌帆がピンク色の身体を抱くと、それは茶色の髪をもった 「女の子」 だった。

歌帆 「ホープ! ホープ!」

スピネル 「これは、ひょっとして... ああ!」

女の子が素早く、スピネルの持っていたお菓子を奪い取った。

ホープ 「おいしい!」

一人のレディの誕生だった。


つづく

執筆に当たって

この作品の中で、新しくさくらちゃんが創造した 「訳] のカードは、 同じCCSファンであるエゾッチさんのアイディアであることを付記いたします。

次回予告

「お姫様と妖怪」

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