時の道すじ

原題: Time Paths Linked by Love
原作: Sapphire Moon 91
翻訳: Yuki Neco

第2章: 過去から来た男

「おはよう、さくら。」 ケロはさくらと知世があつらえた引き出しの中から 眠そうな声で言った。

「おはよう、ケロちゃん。」 さくらは答えると髪に手を滑らせ、この2日間の 職場での出来事を考えていた。

その時、前の2回よりも強い魔力の気配を感じ、さくらは天井を見上げた。 さくらは顔をしかめ、首をかしげるとバスルームに入っていった。

十分後、さくらは歯を磨いていると上の階からはパーティをしているような 音楽を鳴らす音、物がぶつかる音、犬の声、大音量のテレビのチャンネルを 変える音、それと怒鳴り声が聞こえた。 時計を見ると午前7時5分。 すると、突然、 ほとんどの音がなくなり、犬の声と、なんとなく聞き覚えのある怒鳴りが残った。

「僕が今、未来の世界にはまり込んでしまったと信じ込ませようとして いる。 未来の世界だって?」

その後、山崎が吠え続けているティベリウスに声を掛けるのがさくらには 聞こえた。 「そう。 ティベリウス、静かにしてろ。」

さくらが天井をじっと見ていると、誰だかわからない相手がまた怒鳴り始めた。 「君は、俺の子孫の友達だと言った。 俺はまだ結婚もしていないのに 子孫などいると言うのか?」

山崎は 「そうだ」 といっているような感じだった。

「そう、それから君は時間の裂け目を見つけたと信じ込ませようとした。」

それを聞いてさくらの好奇心に火がついた。 髪をポニーテールに結って、 上着をつかみ、人の背丈の窓から非常階段に降り、山崎の部屋まで階段を 上がった。 窓を覗き込むと、背が高く、栗色の髪をして背中まで ポニーテールを伸ばした青年の後姿が見えた。 見た感じ、伝統的な衣装を 着ているようで、その前には山崎が、何だが決まり悪そうな、少しおびえた 感じで立っていた。 さくらは思わず微笑みながら窓を開けた。 さくらが窓枠に 腰掛けたとき、栗色の髪の青年が再び怒鳴り始めた。

「で、ここはどこなんだ?」 荒れ狂う海原のように激しい力を思わせる 声で青年は質問した。 その声がさくらにとって 「彼」 を思わせたので、 さくらは微笑んでしまった。 しかし、さくらは首を振った。

山崎は深呼吸をして静かに答え始めた。 「言ったとおりさ。 君は他のどこにいるわけでもない。 ここは香港さ。」

「しかしねぇ。」 青年は怒鳴って、振り向くことはなかったが、 さくらが座っている窓のほうに腕を伸ばした。 「これが香港か?!」

その時、さくらがしゃべり始めた。 知らないうちにまたさくらが部屋に 忍び込んでいることを知った山崎が驚く顔がよく見え、さくらは得意に なった。 それから、もうひとつ、その伝統的な服を着た栗色の髪の 青年がどんな顔をしているのか、さくらは気になった。

「残念ながら香港よ。」 さくらがにやりと笑うと、驚いた山崎は栗色の 髪の青年の幅広い肩越しに辺りを見回した。 その栗色の髪の青年が振り 向いた瞬間、心臓が足元に下って喉もとまで跳ね上がるくらい激しく 高鳴るのをさくらは感じた。 彼だ。 彼本人、そうでなければ生き写しだ。

「その小僧に双子の兄弟がいたかいな?」 と、さくらの髪と上着に隠れていた ケロは耳元でささやいた。

さくらと同じくらいの年齢であるので、小狼本人かその兄のように見える青年を さくらはじっと見つめた。 しかし、青年が彼女を見る目は全く違っていた。 彼女との再開を喜ぶわけでも、彼女が誰かわかっているわけでもなく、 初対面の他人を見るような好奇の目であった。

「さくら、だめだ。」 と山崎は言いながらさくらと正体不明の青年の間に 立った。

「こんにちは。 名前を教えてください。」 と、さくらは彼女を非常階段に 押し戻そうとする山崎を完全に無視して青年に話しかけた。

「李小龍 (リ・シャオロン)。」 そう答えた青年は、周りで起きるすべての 事に困惑しているように見えた。

「そう、李さんね。 よかったわ。 よかったら教えてくれないかしら。 G5のことで困ってるんだけど、OS 9.6を問題なく走らせるにはメモリは どれくらい必要かしら?」 さくらは尋ねると、青年の表情が驚きから 混乱して不快を感じて様子に変わるのを見ていた。 同時に、山崎が口を パクパクして彼に答えを教えようとしているのが気づいたが、 彼にはそれが通じていなかった。

「コンピュータExpoなんてとっくに終わってるわ。 明らかに時代はずれの 人ね。 それとも、新手のドクター・フー(注) か何か?」 さくらがにやりと笑いながら質問すると、彼の顔はさらに むっとした表情になった。 彼は何もわかっていなかった。

注: 英国のドラマDoctor Whoの主人公。 タイムマシンを 操って時空を自在に旅する。

「あのね、僕らにはプライバシーというものがある。」 と、山崎は はっきり言うとさくらを窓の外、非常階段に押し出した。

「貴史、私のパイロット返してよ。 本当に返してよ。」

「後で返す。」 と叫ぶと、山崎は窓をピシャリと閉め、ブラインドを 下ろした。 さくらは隣の窓に走っていき、こぶしで窓をたたいて 「貴史、 パイロットが今 必要なのよ。」 と叫んだ。

「やめてくれ。」 と言うと、山崎はその窓のブランドも下げた。

「貴史、私のパイロット返してよ。」 さくらはまだ叫んでいる。 そのとき、 静かにではあるが、小龍が再び話し始めた。

「狂ってる。 狂ってる。 あれは誰なんだ? 彼女には会ったことあるような 気がする。」 小龍は声を大きくして山崎に聞いた。

「女なんて、君の時代からは変わってしまったんだよ、小龍。 女は危険な 生き物になってしまった。」 山崎の説明を聞き、さくらは怒った。 「あのバカ。」 と思っていると、人の背丈の窓が開き、山崎の腕が外に伸びると さくらのパイロットを落とし、「そこに返しておいた。」 と怒鳴ると、再び 窓を閉めた。

さくらはパイロットを拾うとさらに怒り、ドスドスと音をさせながら自分の部屋に 戻った。 窓が閉まる瞬間、ケロが山崎の部屋に忍び込んだことにさくらは 気づいていなかった。

ケロは、いっぱいに本が並んだ書棚の上まで飛んで行き、極度に怒った李小龍が 山崎を睨みつけるのを見ていた。

「これは誘拐ではないと言ったな。 危険な目に遭わせるわけでも ないと。 それじゃ、どうしてドアの鍵を掛けたままなんだ?」 小龍は 低い声で歯をむき出しにしてうなっていた。 その様子は、ケロが いつも呆れた様子で見ていた小僧の姿と重なった。

「それは悪かった。 彼女にも悪かったと思うよ。 本当に。 言葉を 返すようだが、ここで君を自由に外に出すわけにはいかないんだ。 わかる? ここは、未来の香港だ。 そんな安全な場所じゃない。」 山崎は小龍を上から 下へと見渡した。 ケロは状況が飲み込めてきた。 「見てごらん。 君は、 精神病院から抜け出した精神病患者のようだ。」 小龍は顔をしかめたが、 理解をしてきたような表情になっていた。 山崎はそれに気づき、ほっと 息をついた。

「君が不安なのはわかってるが、僕を信じてほしい。 君を元の世界に返す。 これは約束しよう。」 小龍は仕方なさそうに頷いた。 台所の柵の向こうから ティベリウスが再び激しく吠えだした。 このバカ犬のそばにこれ以上いたくない とケロが思ったのはこれで百回目くらいだろうか。

「ティベリウス、静かにしろ。」 山崎は紐を持って柵のほうに歩いていきながら ピシャリと紐を鳴らした。 首輪に紐をつけると山崎は小龍のところに戻って いった。 「それで、その入り口はまた開くんだ。 来週の月曜日だ。 逆に僕が 君の時代に取り残されると困るから、ちゃんと調べておいたんだ。 これは周期 運動みたいなものさ。 皆既日食みたいな。 20年周期の。 わかるかい。」 ケロは、それくらいの短い説明で状況がすべて飲み込めた人がとるように 顔をゆがめた。 小龍も山崎の言うことに納得しているように見えた。

「だいたいのことはわかった。 君に会ってから何もわからなかったが。 自分が生きていた世界から逃げ出したいと思って怒ったりした事が原因で 悪夢を見ているのか、そうでなければ自分は死んでしまったか。」 小龍は暗い声でつぶやいた。その声を聞いて、ケロは何かしら風変わりな 物をはっきりと感じた。

山崎はケロが隠れている書棚に歩いていき、クロウ・リードが使っていた ものをケロに連想させるような、古ぼけた絵が描かれたまとまりのない 紙切れを取り出した。

山崎はにやりと笑いながら小龍に言った。 「君はまだ死んでいない。」 彼はそう言うと、紙切れを小龍に見せた。 小龍は書かれているものを読もうとして振り向いた。

山崎は紙をはじいて小龍に渡し、「これが僕が作成した時間の入り口の 図面で、わかっていることすべてさ。 これに目を通しておいてくれ。」 山崎は鼻を鳴らしながらドアを引っかいているティベリウスのほうに 首を突き出しながら、「こいつの散歩から戻ってきたら、知っていることを 説明してあげる。 いいかい? それじゃ、すぐに戻ってくる。」

小龍が口を開け、言葉を発しないうちに山崎とティベリウスは出掛けて いった。 小龍はドアが施錠されるのを聞くと深い怒りを表し、 「今すぐ、ここに姿を現せ!」 と、ケロが隠れている方向を向いて ゆっくりと叫んだ。

つづく


作者 記

これで第2章は終わりです。 面白かったでしょうか。 お気づきのとおり、小龍は 小狼の先祖です。 だから、彼には魔力があり、ケロやさくらの魔力に も気づいていたんですね。

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