はじめに

数々のクロウカードの中にはいろいろな性格があります。 攻撃的なもの、従順なもの、思慮深いもの、頭が悪いもの、その他。 クロウカードは、単にいたずらが好きで、 ただ封印しなければならない存在なのでしょうか? 封印が解かれて目覚めたカードはなにを思ったのか? 自分たちを捕まえにやって来るカードキャプターのことをどう思ったのか? 封印される瞬間、カードはなにを感じるのか? カードの立場に立って、カードキャプターさくらを考えてみましょう。


封印の瞬間

原文: Moment of Seal
作者: Yuki Neco
翻訳: Yuki Neco


親愛なるクロウ・リード様

あなたが私たちのもとを去ってどれだけの時が過ぎたでしょう? あなたに再会する術など知る由もありませんが、空の上のきれいな場所で、 あなたはきっと私たちのことを今でも見守ってくれていると思います。 今では、新しい主に仕え、主も私たちによくしてくださいます。 ところで、最近、わたしの心の中に、今まで感じたことのないような不思議な 感情を抱くようになりました。 理由を探ってみると、わたしが封印されたあの日、 その時がこんな感情をもった最初だったような気がします。


目が覚めると私は、山の上の林の中にいました。 夏の終わりのようでした。 私は他のカードたちと一緒にクロウカードの本の中で眠っていたはずなので、 そこがどこか見当もつきませんでした。 どれくらい眠っていたのでしょう? おそらく百年以上? そう、覚えているのは、私はずいぶん昔に 創られたカードのうちの一枚であるということ。 創ったのは、東洋と西洋の魔法を混在した複雑な術を操る偉大な魔導師であるあなた。 しばらく考えて、なんとなく見えてきました。 誰かが偶然、クロウカードの本の封印を解いて、私を含め、52枚のカードが 街中に散ってしまったことを。

「街には他のカードたちもいる。 仲間を捜してどうするか考えないと。」 と、私は思いました。 幸運にも、あなたは私に何者にも変身できる力を 与えてくださったので、私は少女の姿になり、山を下りました。 街でみるものは驚くばかりでした。 辺りにはお城みたいに、石でできた建物が高くそびえ、 車輪がついた金属の箱が、中に人を乗せてすごい速さで、街中を走っていました。 なんだか不思議の国にでも迷い込んだみたいで、私はすっかり混乱してしまいました。 でも、これが事実なのです。

公園を歩いていると、誰かが私の名前を呼んでいるのが聞こえました。 私はあたりを見回し、声がどこからするのかを探しました。 茂みの中に誰かが隠れているようなので、覗き込んでみました。 なんということでしょう。 私を呼んでいたのはファイトのカードでした。 私よりも二、三ヶ月早く目覚めたファイトは、私たちになにが起きたのか、 そして、これからなにが起きるのかをいろいろ話してくれました。

ファイトの話によると、五ヶ月前に本の封印は解かれたと言うことでした。 その事件の直後、ケルベロスが現れ、次のカードの主候補として、 カードキャプターを選んだらしいのです。 選ばれたカードキャプターは、友枝小学校に通うまだ10歳の少女だということ。 分が悪いことに、ウィンディとウォーティの二枚の元素カードは、 カードキャプターの手にあること。 それから、彼女は他のカードを探し続け、これまでに約20枚のカードを捕獲した ということがわかりました。

私は少し怖くなって、「ねえ、もし私たちが捕まればどうなるの?」 と訊きました。 すると、「それはわからない。でも、そうなると新しい主に 仕えることになるだろう。 それは、クロウ・リードの記憶をなくすことを 意味するかもしれない。」 と、ファイトは言いました。 そんな、あなたのことをすべて忘れてしまいたくない。 「いやだ! クロウ・リードの思い出は、私たちカードにとって かけがえのないものよ。」 と言って、私が泣くと、ファイトは、 「大丈夫だ、ミラー。 私にいい考えがある。」 と言って、 私をなだめてくれました。

最良の策はカードキャプター自身にカードキャプターをやめさせることだ、 とファイトは言いました。 ファイトの考えとは次のようなものでした。 毎晩、空手の有段者を捕まえて、やっつける。 するとそのうち、ケルベロスがファイトのカードの仕業だと気づく。 しかし、それまでに空手の有段者が何人も倒されているので、 カードキャプター自身が怖じ気づいて戦えないはずだと。 それでも万一、カードキャプターが現れれば、その時はカードキャプターが 倒される番だと。


その計画はよい出だしを切り、毎晩、ファイトは空手の有段者に戦いを挑み、 90キロ以上はあろうかという巨漢を倒していきました。 そう、ファイトは信じられないくらい強いんです! その連続暴行事件は、友枝町の地方紙に記事が載りました。 さて、カードキャプターはどうするのでしょうか? 戦うのか、逃げるのか? もし、逃げてくれれば、私たちは自由だし、他のカードも解放される。 そして、あなたのことを忘れることもない、そう思いました。

カードキャプターは諦めていませんでした。 一週間後に彼女は現れ、その姿に私は唖然としました。 それは、まだかわいらしい女の子で、ピンクの風船のような奇妙な洋服を 着ていました。 これがケルベロスの選んだカードキャプター? さらに、もう一人の少女が現れました。 彼女は中国人の少女のようでしたが、彼女から魔力の気配がまったく しませんでした。 彼女はカードキャプターのことを よく思っていないみたいでした。 そして、その時にカードキャプターが 「さくら」 という名であることを 知りました。 あなたが大好きなお花の名前です。 ファイトのカードは中国人の少女を戦う相手に選びました。 おそらく、さくらさんよりも、彼女の方が強い相手だと思ったからでしょう。 そのとおりでした。 その女の子は、ファイトがそれまで戦ってきた、 どの空手有段者よりも強かったのです。 しかし、ファイトも強力な格闘家ですので、ファイトは中国人少女を押し 倒しました。 ここでとどめという時になって、もう一人の相手が現れました。 緑色の式服を着たかわいらしい少年、ちょっと待って! あれは李家の式服! つまり、あなたの子孫が現れたのです。選ばれしカードキャプターには あなたの子孫がついていた! でも、その李家の少年も中国人少女を守ろうと 割って入ったために、すぐにファイトに倒されて、戦えなくなりました。 しかし、幸運はカードキャプターに輝いたのです。 彼女はパワーのカードを使って、力を高め、ファイトのカードを 倒してしまったのです。 弱いと思ってカードキャプターを見くびっていたからか、それとも、 予期しない二人の挑戦者で疲れてしまったからなのか。 なんということでしょう。 ファイトは、まさに私の目の前で封印されてしまっている! 私はその光景に震え、さくらさんとケルベロスが私の気配に気づく前に その場所から逃げ出すことしかできませんでした。

どうすればいいかわからなくなりました。 どうやってカードキャプターから身を守ればいいのか? 私には自分の身を守るような戦いの能力はありません。 ファイトが封印され、封印の杖の先端でカードに変わるあの瞬間が夢に現れ、 うなされたこともありました。 数週間が過ぎ、落ち込んでいるうちに、 季節も秋に移り、ループ、スリープ、ソング、そして、リトルまでもが 封印されたという噂を聞きました。 もう落ち込んでいる場合ではありませんでした。 何かしなくては。 ふと、「最良の策はカードキャプター自身にカードキャプターを やめさせることだ」 とファイトが言っていたことを思い出しました。 私は、ファイトのように戦う力をもってないので、心理作戦を使うことにしました。

私はさくらさんそっくりの少女に変身し、山を下りました。 友枝町でわたしは、さくらさんの評判を落とすために、 悪いことをしてまわりました。 店先にあるぬいぐるみの山を崩したり、文具置き場をひっくり返して めちゃくちゃにしたり。 これで悪い噂が立ち、さくらさんが悪童と 呼ばれ、さくらさんも身の置き場がなくなり、これがクロウカードからの 報復だと気づけば、カードキャプターでいられなくなると思ったのです。

私の考えは、それほど早く進みませんでした。 というのも、 さくらさんの友達がドッペルゲンガーの仕業だと言い、さくらさんがそれを 信じたからです。 どんなに怖がったとしても、それではクロウカードの仕業だと思う ことは難しくなってきました。そこで、私は次の策、さくらさんの身近な人を 傷つけることをせざるを得なくなりました。 そのような自棄な手段に出るのは、カード集めから手を引かせるための 警告の意味をもっていました。 さくらさんには桃矢さんというお兄さんがいて、いつもさくらさんに 意地悪をしています。 でも、本当はさくらさんのことが大好きだとわかりました。 「そうだ、狙いはお兄さんしかいない。」 私はそう思いました。

私は帰宅途中のお兄さんを見つけ、山の上の林でなくしたものを探すのを 手伝ってほしいと言いました。 私の思ったとおり、お兄さんは私について林の奥に入って、 ありもしない探し物を探してくれました。 なんて妹思いのいいお兄さんなんだろう、と思うと少しおかしくなってきました。 そして、「もっと奥だよ」 と私が言ったのを最後に、お兄さんは足を滑らし、 崖に片手でぶら下がる状態になりました。 つかんでいる場所が崩れ、5メートル下の地面に落下するまで、 そんなにかかりませんでした。 私も下に降りてみると、 お兄さんはもう歩けないくらい、足首をひどくひねっていました。 「ついにやった。 さくらさんもカードキャプターをやってられないだろう。」 と思うと、私の中の邪悪な一面が笑みをこぼさせました。 しかし、驚いたことに、お兄さんは私のしたことに怒りもせず、 探し物を続けようとしたのです。 私がさくらさんではないことをお兄さんは知っていました。 人間でないことでさえも。お兄さんは、妹を手伝うために 林に入ってくれたのではなく、私が困っているから助けようとしてくれたのです。 人間かどうかなんて関係なしに。 まったく、私はなにをしているのでしょう? なんて罪深いことをしてしまったのでしょう? 私はただ、封印されるのかいやだった。 カードの新しい主なんて認めたくなかった。 そして、あなたのことを少しでも忘れたくなかった。 でも、封印されたくないからといって、それが他人を傷つけていいって ことにはならないですよね。 そんな根本的な道徳を忘れるなんて、私ってなんという自己中心的なのでしょう。 お兄さんは、ひょっとすると、私が傷つけようとしてたことさえ わかっていたのかもしれませんが、私のためにがんばってくれたのです。 それに引きかえ、私はなんという愚か者でしょう。

ものの数分で、さくらさんはフライで崖を降りて、姿を現しました。 ケガで気を失っているお兄さんをみて、さくらさんは激しく怒りました。 しかし、怒りで激しく燃える瞳の中に深い優しさを見ることができました。 あの方の妹さんですもの、心優しい少女であることに疑いはありません。 そして、封印から逃れようともがくことが馬鹿ばかしく思えてきました。 そして、この心優しい主に仕えるべきだと思ったのです。 たとえ、あなたのことを忘れることになったとしても。 でも、私は特殊カードですから、攻撃魔法では私に勝てません。 さくらさんは、私を封印するために私の正体に気づかなければいけないのです。 それで、私はさくらさんの挙動をすべて真似して、私がなんのカードかを 教えようとしました。そしてすぐに、さくらさんは私の名前を叫んでくれました。 私は自動的に実体化した姿に変化し、すべてが終わりました。 私は涙をこらえきれませんでした。 それで許されるなんて思っていませんが、できることといえば、 お兄さんのもとに飛んでいき、額にキスをしながら、「ごめんなさい。」 と 言うことくらいでした。

さくらさんの目の前に立って目を閉じるとすぐ、さくらさんは封印の杖を振り上げ、 私を封印しました。 封印の瞬間、私自身が新しくなるような気がしました。 その瞬間は、実際よりももっと長く、数分くらいに感じることができ、 昔のことなどを思い出しました。 そして、私はカードに戻りました。


私は間違っていました。 あなた以外の人に封印されたからと言って、 あなたのことは何一つ忘れていません。 あなたがいた頃の楽しい記憶もありますし、さらに、今ではさくらさんに仕えて 幸せです。 さくらさんは優しいお方です。さくらさんは、私たちのことをまず、 気遣ってくれます。 むしろ自分のこと以上に。 そこがお兄さんとそっくりな点です。 あっ、それで思い出しました。 封印されてからというもの、奇妙な感情を抱いております。 さくらさんのお兄さんと、その自己犠牲的な優しさを考えずには いられないのです。 私はお兄さんのことが好きになったのかもしれません。 でも、わたしがさくらさんや、あなたを好きという感情とは ちょっと違う気がします。 お兄さんのことを考えると、 なにか見えない力で押さえられたように心臓が少し痛みます。 どういうことでしょう? こんな不思議な感覚、あなたに教わったことはありませんでしたよね?


ミラー

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