ミラーの思い出の一日

原文: Mirror's Memorial Day
作者: Yuki Neco
翻訳: Yuki Neco

土曜日の夜、木之本さくらは雑誌を読み、その横でケロがプリンを食べていると、 さくらの携帯電話が鳴った。 「さくら、電話やで。」 と、ケロが言うとさくらは電話をとり、電話に出た。 「もしもし。 あれ... ひょっとして...」 電話はイギリスに戻っている柊沢エリオルからだった。 「そうですよ、さくらさん。 実は、一つ言い忘れてたことを思い出したんです。」 と、エリオルは電話で言った。
「なに? ひょっとしてもう一枚クロウカードがあるとか?」
「いいえ、さくらさんが無のカードを封印してくれたので、それで全部ですよ。」 とエリオルは答える。
「じゃあ、なあに?」
「たった今、魔法の方程式を計算してみたんですが」 と、エリオルは話を続けた。 「その方程式を、クロウ・リードが死んだ日に適用すると、ある答えが出たんです。 明日、クロウ・リードが死んだ場所で、不思議な魔力が沸き上がる。 それほど強い魔力ではないようですが、気をつけてください。」
「クロウさんが死んだ場所-ってことは、あの遊園地、つまり、 エリオルくんの家があった場所だね?」 さくらはエリオルに訊く。
「そのとおりです。 さくらさんならなんとかできると思います。 さくらさんにしてみれば、 強い魔力ではないので。」 エリオルは静かに答えた。 「でも気をつけてください。 明日は新月の日。 太陽と月が同じ方角にある日です。」
「なんとかできるって?」 さくらはわけがわからなくなった。 「どうすれば... エリオルくん? ほえ? 切れちゃった...」
「まったく、ホンマ、クロウそっくりや。 クロウは、ホンマ、 自分勝手なやつやった。」 とケロが言った。 「で、明日はどないするつもりや?」
「んっと、とりあえず遊園地に行ってその魔力を見張ってたほうがいいと思うの。」 さくらは、頼もしい顔つきで言った。 しかし、ベッドに座るやいなや、 何かを思いだして声を上げた。 「大変だ! 忘れてた! 明日はお兄ちゃんとお買い物だった!」

翌朝、桃矢が一階からさくらを呼んでいる。 「買い物行くんだろ? 早くしろ!」
さくらは階段を駆け下りながら、「遅くなってごめん。」 と言った。
「おそよう! なんで、いつもそんなにゆっくりなんだ、かいじゅう。」 と、 桃矢はいつものようにさくらをからかった。
さくらが桃矢の前に現れると、桃矢は少し驚いた顔をして、 「また、あんたか。」 と言った。
「え?」 さくらは、少しの間動きが止まった。
「また会ったな。 で、さくらはもうどっか行っちまったんだな。」 桃矢はゆっくりと言った。
ちょうど降りてきたのは、さくらではなく、さくらになりかわっている ミラーのカードだった。 「あの...」 とミラーはもじもじしている。
「気にすんな。 あいつはなにか大切な用があるんだろ? あいつが何やってるかは、俺は知らないことになってんだよな。 俺が気づいたってあいつに知られると、あいつが困っちまうんだよな?」 と、桃矢は微笑みながらミラーに言った。
「そうなんですが。」 とミラーは小さい声で言う。
「よし。 じゃあ、買い物に行くか? ん?」 桃矢はミラーに言った。
「そ、そうですね!」 ミラーは桃矢と一緒に買い物に出かけた。

二時間もすると、デパートの中で桃矢は持ちきれないほどの買い物袋を もっていたので、ミラーは、「わたしもお持ちしますから。 そんなにがんばらないで。」 と言う。
「んんや。 大丈夫だ。 あんたは、そこのドアを開けてくれれば。」 桃矢は微笑む。
「あ、はい。」 ミラーは二、三メートル前に出て、ドアを開けて桃矢を通した。
「ありがと。」 桃矢はミラーに言う。 「あんたのおかげで買い物が 思ったより早く片づいた。 途中でなんか食っていくか? お礼になにかおごってやるよ。」
「そんなことなさらないでください。」 ミラーは遠慮した。
「遠慮なんてするもんじゃない。 そこにショコラがおいしい 喫茶店があるんだ。」

喫茶店の中で、桃矢はミラーに話しかけた。 「なんかクリスマスの日を思い出すな。 あの時もあんたは、 今みたいにさくらの格好をしてて、二人で父さんの財布を買いに行ったんだよな。 いつも、さくらのことをよくしてくれてありがとな。 あいつの役目を支えてくれて。」
ミラーは桃矢が感謝するので赤くなったが、すぐに付け加えた。 「いえ。 わたしもずっと言わないとって思ってたんですが、 初めてお会いした時に、あなたをだましてケガをさせてしまったことを 申し訳なく思っています。 本当にごめんなさい。」
「おいおい、自分をそんなに責めるなよ。」 桃矢はやさしく、 ミラーをなだめようとした。 「あの時は、そうしないといけなかったってわかってる。 あれは仕方なかったんだ。 でも、今は違う。 いつもさくらを助けてくれて、 本当にあんたには感謝してるよ。」
「ありがとうございます。」 ミラーはさらに言葉を続けた。 「本当に妹さんのことが好きなんですね。 初めて会った時からわかっていました。」
「確かにそうかもしれないな。 でも、本当のところ、 もう二度とさくらにあんな悲しい思いをさせたくないんだ。」 と、言いながら桃矢の目は潤む。
「あんな思い?」 ミラーは言葉を繰り返す。
「あれは、小四の時だった。 母さんが病気で死んだんだ。」 桃矢は重苦しい声で語り出した。 「俺もまだ、母さんが必要だったから、 すげー悲しかった。」
「そのお気持ち、よくわかります。 一番大切な人を失うのって、 とても辛くって... 表現できないくらい...」 とミラーは、 気持ちを同調させた。
「あ、そっか。 あんたもかつての主に死なれてるから、 この気持ちがわかるんだよな。」 と、桃矢は言って、さらに話を続けた。 「母さんの死は、俺たち家族の深い悲しみとなった。 特に、さくらには。 あいつはまだ三歳で、死ぬってことがわかっていなかった。 知らないってのは、時に、残酷なもので、さくらは母さんを捜して、 『お母さん、いつ帰ってくるの?』 って俺に訊くんだ。 諦めもしないで。 あいつは涙が枯れるほど泣いて、母さんを捜してた。 母さんが死んだことを理解できないもんだから、 さくらは母さんを捜し続けてたんだ。 もう見ていられなかった。 俺は、もうさくらにあんな悲しい思いをさせたくない。」
「本当に妹さんが大好きなんですね。」 そういうと、ミラーはうつむいた。
ミラーの目から涙が流れているのに気づいて、桃矢は、 「悲しいことを思い出させちゃったかな。ごめん。」 と言った。
「いえ、そう言うことじゃないんです。」 と、ミラーは答える。

喫茶店から出て、桃矢とミラーは友枝商店街を歩いている。 ミラーは下を向いたまま、喋ろうともしなかったが、心の中で、 「わたしはクロウカードにもかかわらず、人の優しさに触れて、 ある男性を好きになってしまっいました。 これは実らない恋かもしれない... しかも、その人は妹さんのことを。」 と考えていた。
桃矢が心配してミラーに話しかけようとした瞬間、背後から、 「そこの者、ちょっとお待ちなさい。 おまえさんと一緒に歩いているおなごは...」 と声が聞こえてきた。
桃矢が振り返ると、そこには占い師が怪しい者を見るように ミラーを覗き込んでいた。 「ちっ、こいつは噂の狂った占い師だ。 こいつの占いは当たらないって噂だ。」 と、桃矢は独り言を言った。 「おい、俺と妹になんか用か?」 と言って、桃矢は占い師をにらむ。 「なにを言っている? それが妹のわけなかろう。 どう見ても、それは悪霊にしか見えん。」
「くそっ...」 桃矢は左腕を買い物袋すべてにとおし、 ミラーの左手をつかんで走りだした。 ミラーは驚いて、 「きゃ!」 と声を上げる。
「あんた走るの速いか?」 と桃矢が訊くと、ミラーは、 「普通の人間よりちょっと速く走れます。」 と答えた。 「じゃ、ちょっととばすぞ。」 「はい!」 桃矢とミラーは手をつないで、 その怪しい占い師から逃げる。 「待てぇ! 取り憑かれてしまうぞ!」 遙か後方で占い師の声が聞こえる。
「ふん、占いが当たらないクセに、霊視能力はもってるようだな。」 と、桃矢はミラーと一緒に街を全力疾走しながら、そういうことを思っていた。

路地から路地へ逃げて、桃矢とミラーは怪しい占い師から逃れることができた。 「ふぅ、なんとかまいたようだな。」 と、桃矢は息を荒くしながら言った。
「そのようですね。」 と、ミラーは応える。
「あのインチキ占い師め、休みの日だというのに、 こんな長距離走らせやがって。」 と、桃矢はブツブツ言っている。
「ふふふ、わたしも疲れちゃいました。」 そう言いながら、 ミラーは桃矢に微笑みかけた。
「でも、あんたホントに走るの速いんだな。 驚いた。」 と、桃矢が言うと、 「でも、胸がドキドキいってます。」 とミラーは言った。
「あれ?」 と言って、桃矢は目を大きく開けた。
「どうかなさいましたか?」 とミラーは尋ねる。
「そんなふうにあんたが笑ってるの見るの、初めてだな。」 と、桃矢が言うと、 ミラーは赤くなった。
「でも、とにかく、」 桃矢は言葉を続けた。 「これからもさくらのことを助けてやってくれないか。 あいつが助けが必要な時に。 で、今日は本当にありがとう。 すごい楽しかったよ。 またいつか会えるよな?」
「ええ、きっと。」 ミラーは微笑んだ。

その日の晩、ミラーはさくらの部屋で主の帰りを待っている。 すると、窓にノックがあった。 ミラーがブラインドを開けてみると、 さくらとケロが窓の外に戻ってきていたので、窓を開けて二人を中に入れた。 「お帰りなさい。」 と、ミラーはさくらに言う。
「はううう。 やったよ。」 さくらは、自分の活躍を話し始めた。 「夕べエリオルくんが言ったみたいに、遊園地に不思議な魔力が沸き上がって、 最初はどうしたらいいか悩んだの。 でも、知世ちゃんが、 クロウさんがカードさんが元気かみたいだけなのかもって言うから、 カードを一枚一枚、少しずつ使っていったの。 そうしたら、 魔力が弱くなっていったの。 それで最後に、フラワーを使って、 クロウさんにお花をお供えしたら、魔力が完全に消えちゃった。」
「それが聞けて何よりです。」 ミラーはさくらに言った。 「わたしの方と言えば、買い物が予定以上に早く片づいて、 お兄様が喜んでいらっしゃいました。」 「ミラーさん、本当にありがとう。」 と、 さくらは笑いながらミラーにお礼を言った。
「それから、お兄様とご一緒できて本当に楽しかったです。 また何かありましたら、わたしはいつでも喜んで、あなたの代わりをします。 では、もとの姿に戻りますね。」 と言って、ミラーはカードに戻った。

さくらの携帯電話が鳴って、さくらは電話に出た。 「もしもし。 エリオルくん? 夕べは途中で切るなんてひどいよ!」 さくらは少し文句を言った。
「すみません。 そんなつもりじゃなかったんですけど、 ルビー・ムーンが電話線に足を引っかけて、それで切れてしまったんです。」 と、エリオルは、相も変わらず、勝手ないいわけをでっち上げる。
さらに、「ところで、無事に怪しい魔力を沈められたようですね。」 と、 エリオルは言った。
「どうして知ってるの?」 と、さくらは訊く。
「なんとなくですよ。」 と、エリオルは平坦に言った。 「なにしろ、もともとカードはわたしの子供みたいなものですからね。 でも、カードはみんなさくらさんを信頼しているようですよ。 あなたはカードにとって、完璧な主ですよ。」
「特に、朝早く封印解除したカードは、楽しい一日を送ったようで、 さくらさんのことをを深く感謝してるみたいですね。 というのも、 お兄さんもあなたと同じように、心温かい人だからですね。」 と、 エリオルはつけ加えた。
さくらには、その言葉の意味することがよくわからなかった。 「ほえ?」

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