作者まえがき

劇中の天津小湊町は、2005年2月11日をもって、隣の鴨川市に吸収合併され、 町名は消滅しました。 この作品は2004年6月の話という設定なので、旧町名を使用します。

旅立ち ∼ 16歳のJune bride ∼

作: 京成特急for佐倉

第2章 6月26日 〜結婚式前日 出会い その1〜

房総半島の太平洋側にある小さな町、天津小湊。 集落から少し離れたホテル 「小湊 ニューグランドホテル天海 (てんかい)」 に、彼らは泊まっていた。 奈緒子の 義理の姉である、ウェディングプランナーの千代子が勧めたこのホテルは、海に面した チャペルが売りらしい。 ホテルの経営者が、4年近く前に、都内の遊園地建設 予定地内にあった、築100年ほどの洋館に目をつけ、ここに移築したという。

ラジオ 「... PACIFIC FM 『サーフサイドモーニング』、私ジョー鈴木が、 千葉の本社スタジオから生放送でお送りしております。」

利佳と寺田は、6時半に目が覚めてしまったため、窓際の籐のいすに腰掛け、 ラジオを聞きながらコーヒーを飲んでいた。 テレビの調子が悪いのか、 まともに映らないからである。

ふと思い出したように、利佳が寺田に言った。

利佳 「そういえば、今日の夜、分かってるよね」

寺田 「え! ?おれもしゃべるの?」

利佳 「新郎も出なくちゃ。顔が映らないだけいいじゃない。ラジオなんだし。」

寺田 「そうは言ってもなー」

読者の方は (突然何を話してるんだ?) と思うだろうが、これは、利佳が 名俳優の娘 (第1章参照) だという事 (もう1つ理由があるが後述とする) で、 地元のFMラジオが特別番組を放送するのだ。 以下CMである。

「6月26日午後8時から公開生放送! PACIFIC FM 『小湊ニューグランドホテル天海 PLESENTS JUNE BRIDE SWEET WEDING SPECIAL』 翌日に、あの名俳優松本秀和氏が 父親という佐々木利佳さんの結婚式が行われる、小湊ニューグランドホテル 天海大宴会場 『清澄の間』 から、約2時間の公開生放送! ゲストに歌手の 松川祐理花さん、漫才師のロサンゼルス福田さん、さらに、佐々木さんの友人という あの美声の歌手が登場! それが誰なのかは、聞いてからのお楽しみ! お相手は 大津なおさんと、私ジョー鈴木。 6月26日午後8時から、どうぞお楽しみに! 」


時を同じくして、JR東海道線を夜行列車が走っていた。 寝台急行 「銀河」 で ある。 大阪を22:22に出て、東京に翌朝6:42に着く。 寝台列車では東京に一番 早く着く上に、週末という事もあり、とても混んでいる。 しかし、ビジネス客が 結構多い中で、最後尾の8号車 (A寝台) に極めて異彩を放った乗客がいた。 女性6人で、 下は高校生ぐらい、あとは20〜40代ぐらいの美人揃いだ。

お分かりの通り、李家四姉妹と母の夜蘭、それに苺鈴である。 なぜこの列車に 乗っているかというと、結婚式に出席するため、飛行機の予約をしたのだが、 航空会社の手違いで、成田便ではなく、大阪関空便が予約されていたのだ。 関空が 21:10着だったので、空きが残りわずかだった 「銀河」 にぎりぎりで乗った。

苺鈴 「あ〜、よく寝たわぁ (あくび混じり)」

雪花 「そぉ?ベッドが変に固くてあまり寝られなかったわよ。」

黄蓮 「あたしもよ。」

緋梅 「多少寝不足気味だけど、貴重な体験じゃない?」

芙蝶 「そうよ。 それに、こういう経験って最初で最後かもよ? ましてや日本なんてほとんど来ないんだから。」

夜蘭 「あなた達、降りる支度は出来たのですか?」

五人 「はーい。」「あ、あたしまだだー! 」「緋梅、その化粧セット私のよ! 」

一方、その列車の先頭車である1号車 (B寝台) には、さくらの父の藤隆が、 同僚の坂元と乗っていた。 大阪市内で行われた研修会の後、食事会 (とはいえ ほぼ飲み会) に参加する事になったので、この列車で帰る事にしたのだ。 藤隆に とっても、東京駅7時40分発の高速バスに乗る事にしていたので、とても都合が よかった。

藤隆 「坂元さん。そろそろつきますよ。」

坂元 「あ、うん。う〜〜、頭いてぇ…。木之本さん、夕べ結構飲んでたけど、 何ともないの?」

藤隆 「ええ。別に。」

坂元 「木之本さん、意外に酒強いっすね…」

午前6時42分、「銀河」は東京駅に定刻通り着いた。 さらに電車を乗り継ぐ坂元と別れ、 朝食を食べる場所を探していた。

ふと見つけた地下街の食堂に入ろうとしたが、どうも店の前を通る人の視線が、 店内に向いている。

入ってみると、そこには意外な光景が広がっていた。 明らかに場違いな姿の 女性 (しかも6人) がカウンターに並んで座っていた。 そのうちの一人が、 こちらに気付いた。

苺鈴 「あ! 木之本さんのお父さん?」

藤隆 「え…。確か、さくらさんのお友達の…。」

夜蘭 「…あなたが、さくらさんのお父さんですか?」

藤隆 「ええ。」

夜蘭 「初めまして。小狼の母の夜蘭です。」

藤隆 「ああ。 さくらさんのボーイフレンドの。」

バス発車まで30分、娘の彼氏の母親と世間話もそこそこに、藤隆は朝食にありついた。


7時21分、小田急江ノ島線藤沢駅に、さくら達を乗せた町田発片瀬江ノ島行きの 各駅停車が到着した。

駅員 「ご乗車ありがとうございます。 藤沢、藤沢でございます。 お忘れ物 ないようご注意ください。 JR線と、江ノ電はお乗り換えです…」

土曜の朝とはいえ、電車が到着するとホームは乗客でごった返す。 さくら達は 人の流れに紛れて改札を出た。 分からないと思うので補足しておくと、 ここにいるのはさくら、知世、千春、奈緒子と、奈緒子の義姉の千代子である。

千代子 「切符売り場の前で満奈実と玲ちゃんが待ってるんだけど…」

奈緒子 「うそ!? 立花さんと行くの?」

千春 「立花さんて、友小の陸上部で短距離走が早かった人?」

お分かりの人も多いだろう。 立花玲である。 中学まで友枝にいたが、高校進学前の春、 姉の満奈実が一人暮らししている藤沢市内に引っ越した。 昨年の国体に神奈川県代表で 出場し、しかも優勝したらしい。 まあ、友枝にいた頃を知っていれば頷ける話だが。

満奈実 「ちよー、こっちこっち! 」

千代子 「おまたー! あ、奈緒子の友達もいっしょだからよろしく! 」

玲 「あ! さくらちゃん! ! 」

さくら 「立花さん! 」

玲 「見ないうちにいちだんと可愛くなったじゃない! ?」

さくら 「ほ、ほえ…///」

その1時間半後、横須賀線からの総武快速線直通千葉行き電車が、都県境の江戸川を 渡っていく。先ほどの一団に加え、東京駅から合流した男子組 (小狼、山崎、神尾、原) と、 桃矢、雪兎の6人も同行している。

桃矢 「……(あのガキ、またさくらといちゃついてやがる…)」

隣り合わせで座っているさくらと小狼を見て、桃矢が睨む。 さくらは寝ているが、 いつも桃矢ににらみ返している小狼は、今日に限って黙ったままである。

と言うのも、知世→お約束のビデオカメラ

千代子&立花姉妹→「あの 二人が (奈緒子が言ってた) 名カップルなのね」 といった感じで見ている。

原→カメラ付きケータイ(ムービー機能)でスタンバイ

千春他 (原以外) →こちらは慣れているので普段通り流す (ただ桃矢の怒りに圧倒)

これだけの視線があれば、普段落ち着いている小狼でもそわそわする。

小狼 (頼むから、こっちはほっといてくれ…)

そんな落ち着かない小狼をよそに、列車は千葉駅に予定通り着いた。 ここから さらに、房総半島の外 (太平洋) 側にでる外房線に乗り換える。 頭上を 横切るモノレールやそびえ立つデパートなど、都会的なターミナル駅に 不似合いな4両編成の列車がホームで待っていた。

すると、その列車のホームに、なにやら人だかりが出来ている。

桃矢 「何だ…?」

人だかりの向こう側にはサングラスをかけた見覚えのある女性がいた。 隣には めがねをかけた女性が、その人だかりを制止している。

雪兎 「あれ、中川さんじゃない?」

玲「お姉ちゃん、あそこの人、中川容子だよ! ほら、渋谷の何とかシアターで やってる舞台の役者とか、雑誌のモデルやってる人。」

注) 中川容子は、現在ファッションモデルや舞台の役者などで活躍している。 今では星條卒業生で五本の指に入るほどの有名人。

容子 「あ! 桃矢君! 月城君! 」

容子がこちらに走ってきた。 眼鏡の女性は彼女のマネージャーのようだ。

容子 「あら、さくらちゃん達もいっしょなの?」

桃矢 「おう。これから、小湊とかいうところに行くんだ。」

容子 「うそ?私もよ?」

貴美子 「どうしたの?容子ちゃんの知り合い?」

容子 「はい。 高校の同級生で… あ、この人はマネージャーの 菅原貴美子さん。」

桃矢達は貴美子に軽く会釈した。 しかし、容子のファンが周りに たかっていたので、早々と列車に乗り込んだ。


東京に間もなく到着する、東北新幹線 「はやて4号」の2号車。 ひときわ にぎやかな客がいた。

寺田の父・幸二 「んだ〜。 良幸もやっど結婚がぁ。」

同じく母・はつ江 「ほんどにおぞがったでな。」

寺田の長兄・一弘 「小野小町張りのべっぴんさん連れでぐるっつっだら、 その娘さぁ、まだ学生だでな。」

同じく姉・富士江 (現姓・飯坂) 「んで、しがもほのかと健一と 同い年だっちゅうんも、びっぐりしただ。」

富士江の娘・飯坂ほのか 「でもさぁ、それで利佳ちゃんと私仲良くなって OKしたんしょ?」

富士江の息子・飯坂健一 「しかも、俺の知り合いだし。っていうか、 かず兄ぃ、『べっぴんさん』 て死語じゃ…?」

この一団は全て寺田の親族である。 平泉の実家の両親と次兄一家 (2 + 5人)、青森・ 下北半島先端部の大間町に住む長兄一家 (5人)、仙台の長姉一家 (4人)、 計16人である。 10時24分、はやて4号は予定通り東京に着いた。 利佳の母・佳奈子が 改札口で待っていた。

佳奈子 「どうもお久しぶりです。」

はつ江 「ええや、こちらごそ。」

幸二 「いよさんと忠一郎さんが見えませんが、どしだんですかね?」

佳奈子 「母は父の入院先からタクシーで付き添ってくるので、現地で会う事になってます。」

はつえ 「そりゃあ大変な事でさぁね。 人も多い事ですし、 電車に乗ってからゆっぐり話しましょうか?」

佳奈子「そうですね。時間もあまりありませんし。」

一行が安房小湊へ行く特急 「わかしお7号」 に乗り込むと、11時ちょうどに 東京駅を発車した。 地下トンネルを出ると、海の近くを走る。 安房小湊まで 2時間弱の小旅行である。


九十九里浜沿いの有料道路 (通称 「波乗り道路」) を1台の車が南下していく。

歌帆 「良かったわ。 レンタカーがカーナビ付きで。」

エリオル 「本当だね。 歌帆が運転すると、3、40分で行くところが1時間半 かかるからね。 向こう (イギリス) でも10分で行くところが30分かかるからね。」

歌帆 「ちょっと、それどういう意味よ?」

奈久留 「確かに、カーナビがついてなかったら今頃とんでもない方向に 行ってたと思うわよ。」

エリオルたちだった。 歌帆は実家の手伝いなどで、年末年始は帰っていたが、 エリオルたちは、4年前の無のカードの発動に気付いて来日して以来である。

エリオル 「それにしても、佐々木さんが結婚とは… 本当に驚いたよ。」

スッピー「水 (ウォーティ) のカードを変換させた時に、巻き添えにしちゃった人ですね。」

エリオル「よく覚えてるなぁ、スピネル。 (苦笑)」

歌帆 「あのプール、経営してた会社が倒産して潰れたらしいわよ。 この間そこの前通ったら、スーパーとマンションが出来てたわ。」

奈久留 「うそ!? なくなったんだ! あそこのプール。 今度また行きたかったのにぃ。 …って、スッピー! だめ! その袋開けないで! 」

スッピー 「いいじゃないですか、空港で買った飴ぐらい。 大丈夫ですよ、 甘くないミントのやつ食べますから…。……うっ。」

奈久留 「あ… それミントじゃなくてパイン味…」

スッピー 「うにゃー。 甘いにゃー。 もっと食べりゅー! 」

エリオル 「あーあー、まただ…」

歌帆 「ねえ、スッピー押さえてて! こういう時いつも暴れ回るから! 」

奈久留 「あ! エリオル、そっち逃げた! ! 」

車は波乗り道路の終点で、国道128号線を左折してさらに南下していた。 暴れ回る スッピーに翻弄されながらも。


その国道128号線と並行する外房線の電車にさくら達は乗っていた。

小狼 「読み仮名がふってないと読めない駅ばっかりだな。 さっきの、 『何とか一ノ宮』 の次の駅はなんていうんだ?」

神尾 「上総一ノ宮の事か?とらみ (東浪見) って書いてあったろ?平仮名で。」

原 「何げにマニアックだな、お前。」

神尾 「親父の実家がこっちの方だからな。 たいていは読めるぞ。」

確かに、この沿線は妙な名前の駅名が多い。 誉田 (ほんだ) とか、 土気 (とけ) とか、太東 (たいとう) とか… 東京の方から来ると、 なかなか読めない人もいるようだ。

さくら 「あ、海だ! 」

千春 「ほんとだー! 」

列車が勝浦駅を出ると海が見えてきた。

容子 「地図じゃあ海沿い走ってるように見えるけど、実際にはほとんど 見えないのよね。」

しばらくすると、列車は木造駅舎のひなびた感じの駅に停まった。 天津小湊町の 中心、安房小湊駅である。 一見、普通のローカル線の駅だが、ホームの上には、 信じがたい横断幕がわたっていた。

懐かしの町にお帰りなさい! 利佳ちゃん!
映画『潮風の吹く町』 名子役 佐々木利佳さん、ご結婚おめでとうございます!
町民一同心よりお祝い申し上げます

これには驚いたのか、一同は唖然としていた。

奈緒子 「え? 子役って… 利佳ちゃん…?」

これだけでは終わらなかった。 さらに、駅前から海沿いの国道へ出る道の街路灯にも、 同じような事が書いてある旗が吊り下げてあった。

千春 「うちの母さん、この間、この映画ビデオ屋で借りてたよ。」

神尾 「こんなすごい事してるやつが同じクラスにいたのかよ?」

さくら 「知世ちゃん、知ってた?」

知世 「いいえ、私も知りませんでしたわ。」

山崎 「でも、その映画って、確か10年くらい前のやつだと思うけど?」

小狼 「ってことは、佐々木が5、6歳の時って事か?」

原 「うそ!? …ありえねー、っつーか信じらんねぇ。」

駅から20分ぐらい歩くと、目的地の 『小湊ニューグランドホテル天海』 に 着いた。 和風で8階建ての建物の横に、どことなく見覚えのある古びた洋館があった。

その時、小狼が妙な気配を感じた。

小狼 「おい、さくら?何か妙な気配を感じないか?」

さくら「うん。これって…、クロウさんの気配?」

桃矢「…何話してんだ? (怒)」

さくら 「ううん、何でもないの! あ、そうだ! 見たいものがあるから、ちょっとあっち行ってくるね! 」

小狼 「おい、さくら、引っ張るなって! 」

その妙な気配がする方へ走っていくと、その洋館があった。

さくら 「小狼君… この建物って…」

小狼 「ああ、これは…」

エリオル 「はい、私の… いや、クロウ・リードの家です。」

二人が声のする方を振り向くと、遠くイギリスから来た、 懐かしい人たちがいた。

歌帆 「…さくらちゃん、小狼君、久しぶりね。」


つづく

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