星界の門

作者: deko

第6話: 怒りの鐘

12月21日朝、天宮家の別荘では数日間の滞在を終えようとしている人々が、 自分の部屋を片づけている。 さくらは、自分の部屋のベッドに座り込んだまま、 整理の終わった室内を見渡していた。 そこへ廊下から、小狼と知世が入ってくる。

知世 「さくらさん。」

さくらの側にはケロがいるが、困ったような顔をしている。 さくらには、元気がないのだ。

さくら 「あ、もう終わったの?」

知世 「ええ。 おじいさまが帰ってらっしゃる午後には、迎えの車が来ます」

だが、さくらの心がここにないことを親友はわかっていた。 

小狼 「いつまで、くよくよしているんだ。 瑠美は、お父さんのところに戻ったんだろう」

その言葉が、さくらの心に火をつけた!

さくら 「くよくよなんかしてない! あたしは、瑠美ちゃんが」

小狼 「心配なんだな。 ...俺もだ。」

ケロ 「無理もないわな。 この家で、3日も一緒に暮らしたんだし、ホンマ。 ホンに仲がよかったわ」

知世 「あの、泣き声ですね。 「怖い、怖いって」」

さくら 「あの子。 あたしたちのことを、パパとママって呼んでくれたのに...」

ユエ 「感じる。 恐ろしく、そして強い力がやってくる」

いつの間にか、真の姿に変身した守護者が立っていた。


高度通信研究所・所長室のネット通信のディスプレイが、深夜のアフリカと、 夕暮れの山を背景にした、南米のステーションを映していた。

聡 「そうだ。 今日の12時から、すべてのデータをリンクさせる。」 

日焼けした英国人科学者が、ディスプレイの向こうから頷いた。

ディック 「聡、すべての機器は正常だよ。 それよりも、君のほうは良いのかね」

反対側のディスプレイからも、インディオ科学者が答えた。

エルナン 「そうだよ。 美佐子は、君たち親子を心配している。」

聡は、困ったような顔をしている秘書に、厳しい目を向けた。

聡 「とにかく、今日は大事な日。 次の秤動が起きるのは、4千年後だ。 しっかり頼むよ」

ディスプレイが遠景に切り替わるや、彼の秘書が話しかけてきた。

美佐子 「すみません。 差し出がましいことをして。」

聡 「これは家族の問題だ。 君の関わることじゃない」

美佐子は絶句した。 この数年来初めて、所長は言い切った。 それほどに、ことは デリケートになっていたのだ。 そして、手近のモニターをみて、驚愕した。 研究所内の 一室では、例の 「チップ」 を納めた容器が瑠美の枕元に有ったのだ!

さあ、瑠美。おまえの真の力を見せておくれ。すべては、おまえに 懸かっているんだ! おまえはもう、目覚めているはずだ。


仮眠室らしきところで、瑠美が泣き寝入っている。

瑠美: ベンおばさん! コロ (子熊)、ゴロン。

彼女の枕元の”チップ”は、輝きを強めていた。


天宮家の別荘で、ユエの姿に倣うように、ケルベロスも変身していた。

さくら 「ユエさん。 強い力って?」

ユエ 「ここに来てから、この町を覆うように感じる力だ。 お前は、ずっと前から 感じていたはずだ」

ユエは、雪兎が持ってきた新聞を一同に見せた。

小狼 「高度通信研究所が、大陸間インターネットの中継を見合わせる。 あそこで、何かが始まるんだ」

知世 「瑠美ちゃんのお父様が、何かを始めるのでしょうか?」

ケルベロス 「まったく、実の娘の面倒も見んと。 さくら! どないしたんや」

一同は、はっとなった。 カードキャプターの周囲には魔法陣が輝き、 室内全体が不思議な空間に呑み込まれていたのだ。 その上には、目映いばかりの 光束が輝いていた。

美子: 助けてください! みなさん。お願いです


高度通信研究所の管制室では、聡が見守る中、オペレーターたちがコンソールに向かっていた。

オペレータ 「地球秤動最大まで、1時間。パラボラアンテナ自動追尾に変更なし!」 オペレータ 「女性Yのメディカルデータを送信します。 ワームホール到着まで、17分です」 グノーム 「女性Y。 美子さんのことだね。 中川君。」 聡 「もうすぐだ。 全所内のセキュリティを解除する。 星間通信システム、「ボルグ」 の ネットワーク回線を開放しろ!」

科学者 「し、しかし。 それでは」 聡 「かまわん!」

その時、傍らで美佐子はモニターを見ていた。 幼な子が、怪物に変わる時を。


真っ赤な光が仮眠室全体を交差していた。 瑠美はしきりに寝返りをうち、 愛らしい顔が苦悶の表情に変わっていた。

瑠美 「ベンおばさん! 行かないで! ママ... 助けて! ... お母さん!!」

部屋の真っ赤な光は、彼女の枕元にある 「チップ」 から放たれていたのだ。 その瞬間、チップを納めていた容器が弾かれたように飛び上がり、 床に叩きつけられた。 容器の残骸から浮かび上がるチップは、赤い光と紫の光を交互に 出し、その赤い輝きは瑠美の目と同じ色だった。 理性を失った、瑠美の掌にチップは 納められた。同時に、部屋中の照明が狂ったように点滅を始めた。

それは、狂気の光だった。


町には雪が舞い始めていた。 通行人たちも、襟を立てながら雪道を歩いている。 街中を走る天宮家の車の中では、真嬉老人が沈痛な面持ちでいる。 傍らの 大道寺夫妻には、老人の苦悩が見えるようだった。

真嬉 「最初に中川君がやってきたのは十年以上も前だった。 当時、学界では 未確認物体の研究が異端視されていてね」

園美 「奥さんと結婚する前だったんですね」

真嬉 「ああ、美子さんと一緒にきたよ。 私は研究資金を援助したが、条件を付けた」

お父さん 「それは何ですか? お爺さま」

真嬉 「幸せな家庭を築いてから、研究に入るようにとね。 彼は約束を守り、 妻と子供を得た。だが、奥さんが原因不明の病に倒れた頃から...」

園美と夫は、思わず顔を見合わせた。 天宮老人は、優しい微笑みを見せた。

真嬉 「私は、孫夫婦には満足しているよ。 だが、中川君は変わった。 家庭を顧みず、娘を施設に預ける時も多かったそうだ」

お父さん 「それで、あの子には同じ年頃の友達が出来なかったんですね」

急ブレーキが踏まれ、一同は前のめりになった。

運転手 「旦那様、警察の検問です」

車窓に警官がやってきた。

警官 「これは、天宮さん。 残念ですが、高度通信研究所付近は一般人の 立ち入りが禁止されています」

園美 「なぜでしょう? 私たちは...」

警官 「中央からのお達しです。 どうぞ、ご理解ください」

窓の外では、研究所の建物とパラボラアンテナが、 激しくなってきた雪で見えなくなるところである。


高度通信研究所の廊下を瑠美が歩いている。 彼女の手にはチップがあり、 異様な輝きを周囲に放射していた。 一室のドアに彼女が向かうと、ドアは暴れるように開いた。

研究員「ひい! お、お助け」

中では、何人もの科学者が床に伏せて震えていた。

瑠美 「フン!」

チップが輝くと、室内の並んだコンソールから次々に火の手が上がった。 小さな 爆発が起き、ファイルを納めた紙が燃え上がった。 天井の消火装置が反応したが、 火の勢いは強かった。

科学者 「しょ、所長。私たちは逃げられません! 非常階段やすべての オートロックが封印されています」

スピーカー 「当研究所の全員に伝える、何もするな! 繰り返す...」

天井のスピーカーが破裂して、破片が落ちてきた。 だが、 瑠美は何も感じないように、歩き続けていた。


警報が鳴り渡る中、管制室ではすべての人たちがコンソールに向かっていたが、 彼らには何の方策も見えなかった。

グノーム 「中川君! すべてのシステムが、私たちの命令を受け付けん!」

美佐子 「所長!これは」

聡 「あのチップの力なら、我々のコンピュータなぞ、赤子も同然です。 私の娘は、 テレパシーによってシステムが稼働する。 そんな夢のようなことを、 数十万年前に成し遂げた異星文明の血を受け継いでいるのです。」

美佐子 「では、奥様の美子さんは!」

聡 「いま、あの子は自我に真に目覚めた。 自分が異邦人であることを自覚した今、 仲間を慕い、強烈に求めている。 そのために、母の母星への門たる、「スターゲイト」 を 開こうとしているのです。」

美佐子は知った。 聡は、自分の娘を逃げ場のないところに追い込んでいたのだ!

グノーム 「無茶だ! 君は、我々を騙したな。 「低級なチップ」 だと。 それよりも、あの子を何だと思っているんだ」

答える隙はなかった。 一同の前にあるスクリーンには、ポルグシステムを納めた部屋に 立つ瑠美の姿が映し出されたのだ。


降り積もる雪の中、さくらと小狼は屋上に降り立った。 二人を守るように、 知世を背中に乗せたケルベロスとユエの守護者も一緒だった。 さくらの耳には、 先ほどの美子の声が残っていた。

美子: 瑠美を、私のところに連れてきてください。 もう、あの子を守りきれるか自信は ありませんが、お願いします!

ケルベロス 「あかん。ドアが開かへんわ」

ユエ 「どいてみろ」

ユエの掌から結晶弾がほとばしった! だが、ドアの手前で次々と呑み込まれるように、 消えてしまった。 今度は、小狼が剣を振りかざした。 しかし、空中で刃は激しい音ともに、 静止したのだ。

瑠美: ママ!

さくらには一瞬、瑠美の声が聞こえたような気がした。

ケルベロス 「ほれ見い。 こりゃあ、かなり強い力が働いているんやな。 おい! さくら」

さくら 「......」

彼らは、たたずんでいる少女を見つめた。 彼女は胸に手を当てて考えていた。 やがて、 一同に振り返った。

さくら 「ケロちゃん。 いえ、みんなは、ここにいて欲しいの」

ケルベロス 「な、なんでやねん。」

ユエ 「何を考えている。 このままでは、この建物自体も危険だ。 解らないのか?」

さくら 「このまま、瑠美ちゃんを連れ出したとして。 本当に、 あの子のためになるのかしら」

小狼 「さくら...」

ケルベロス 「そやけど、瑠美のおかあはんが、さくらに頼んできたんやろ。」

小狼 「ケルベロス。 さくらは、ママの立場で考えたんだ」

知世はビデオを構えながら、二人の親友の仲睦まじさに微笑んだ。

さくら 「瑠美ちゃんは、初めて会った時から良い子だったわ。 いえ、良い子すぎたのよ」

一同はポカンと彼女を眺めた。 別荘での瑠美を知っているケルベロスと小狼は、 戸惑いを隠せなかった。

知世 「笑顔の裏側で泣いていたと、仰るのですか」 さくら 「あたしには、お母さんがいない。 でも、お兄ちゃんとお父さんがいるわ。 だから、悲しみが,.. 心の中に隠れ棲むことがなかった」

小狼 「瑠美は違うというんだな」

さくら 「瑠美ちゃんは、ずっと悲しみから逃れられなかったのよ! いつもいつも、その悲しみは 心に宿って、あの、小さな子を虐めていた」

さくらには、誰も反論できなかった。 懸命に明るく振る舞っていた子に、 同情を禁じ得なかったのだ。 だが、さくらの親友は少し考えが違うようだった。

知世 「さくらさんの瑠美ちゃんを思う心は解ります。 でも、美子さんがあそこまで ご心配なさっている以上、さくらさんは、余計なことは考えずに、 美子さんのお願いを最初に考えるべきと思います。」

さくら 「余計!?」

知世 「すみません。 でも、母親は自分の命ですら、子のために捧げると申しますから...」

さくらには、親友の助言が痛かった。 だが、同時に助言が当を得ていることも解った。

さくら 「ありがとう! 知世ちゃん。 あたし、出来ることをやるよ。」

ユエ 「多分、瑠美は大人たちが、「聞き分けのよい子」 を望んでいるので、自分からは 何も言わなかったんだろう」

ケルベロス 「お父はんは、娘を避けており、お母はんは、動けない。 可哀想すぎるわ! そやけど、さくら。何でわいらは、行けへんのや?」

その時、一同の背後でサイレンが鳴り渡った。 だが、誰も感心すら払わなかった。

ユエ 「瑠美が驚くからだろう。 それくらいはお前にもわかるはずだ。 その姿ではな」

ケルベロス 「なんやて、そういうお前こそ!」

知世 「ママだから、ですわね」

さくらは返事の代わりに、魔法の召還呪文を唱えた。

さくら 「星の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。 契約の元さくらが命じる! レリーズ! ソード!」

さくらカードの魔法陣が輝き、召還された 「剣」 が、魔法の杖を変化させた。 そして、鋭い光が一閃するや、先ほどの空中にあった見えない障壁とともに、 扉が切り裂かれたのだ。

さくら 「行ってきます。」

さくらが、扉の中に消えると同時に、また障壁が展開した。 だが、 その瞬間に小狼も飛び込んだ。

さくら 「小狼くん!」

小狼 「俺も行く!パパだからな」

いつもと同じように、二人は走り去っていった。 後に残された、知世は 信じていた。 親友が帰ってくるのを。 だが、彼女は忘れていたのだ。 これまでの 困難と違い、相手が異なる次元に立脚した 「力」 であるということを。


真っ暗な地下の霊廟に水槽が鎮座している。 その中の女性は薬液の中で、悲しみに頬を 覆っていた。

美子: 許してちょうだい。 瑠美! この身体が動ければ。

呼応するように、白い輝きが二つ現れた。 それは、ウサギたちの力だった。

ラビっ太: 司令! 彼らは、ワームホールとのコンタクトを企んでいます。 地球秤動最大まで30分です。 ラル: このままでは、制裁を誘発しかねません。 彼らは、チップの威力を見くびってます。

美子は、かつての部下たちの報告に、涙を振り払った。

美子: ラビッ太、航宙士の貴方の計算なら、間違いはないですね。

ラル: 今、お嬢さんが研究所に入っていきました。 私たちが手助けするべきと思いますが、 許可をいただけますか?

美子: .........


高度通信研究所の管制室は、先日の士気高揚が嘘のように、重苦しい空気が 支配していた。 人々は、自分たちに忠実であると思われた機械たちが、反抗し、 未知の 「主に」 従っているのを認めるしかなかった。

グノーム 「クロンメルト彗星の回帰は、普段なら決して知ることの出来ない、 太陽の反対側にある巨大重力源の証明に役立った。 だが、ワームホールの彼方からは、 何の答えもない」

観測員 「惑星を移動させ、ワームホールをセットするだけの科学力があるなら、 我々の問いかけに答えることなぞ造作もないはずです」

科学者 「結局、私たちの解析は、表面をなぞっただけだったんですね。」

美佐子 「信じられない。 瑠美ちゃんの持っているチップに、 こんな途方もない力が宿っているなんて」

彼らの言葉に、中川聡は答えなかった。 彼は席に座ったまま、次々と報告される事柄に 応じることもしなかった。

美佐子 「見て!瑠美ちゃんが...」

彼女の声に、全員が喘ぎ声を押し殺した。 モニターに映る少女は、 巨大システムの傍らに立っていたのだ。


ポルグシステムの部屋で瑠美がシステムの中に屈み込んでいた。 彼女の掌から、 紫の光を放射するチップがシステムに挿入された時、内部のメカニズムが一斉に 踊り狂ったように、起動した。

瑠美 「こんなところにいたくない! 来て! 来て! あたしを迎えに来て。」

少女の絶叫に感応するかのように、システムの中を光が駆けめぐり、 紫の光が全体を包み込んだ。 その時! 鋼鉄の扉が一瞬にして切り裂かれた。 同時に、 風の妖精が飛び込んできて、扉の破片を吹き上げ、駆け込んできた主たちを守った。

さくら 「だめよ! 瑠美ちゃん。お母さんが会いたがっているわ。 私たちと一緒に、お母さんのところに行くのよ」

瑠美 「いやよ!あたしの好きにさせて!」

システム内のチップが輝き、室内の固定されていなかった備品が一斉に持ち上がり、 ついでさくらと小狼目がけて突進した。

小狼 「風華招来!」

小狼の魔法が、剣から吐き出された。 強い風は、凶器と化した備品の中に吹き込み、 床にたたき落とした。 しかし、瑠美の怒りを鎮めることは出来ない。 愛らしい顔が 歪み、チップが輝くと、今度は備え付けられたモニターや、ディスクドライブ、 キーボードが空中に浮かび上がった。

さくら 「瑠美ちゃん!やめて」

瑠美 「いやよ! みんな、みんな、だいっきらいよ! おねえちゃんもよ。 こんな星なんか、消し飛べばいいのよ!!」

さくらは、思わず懐から 「盾」 (シールド) のカードを取り出し、 召還しようとした。 だが、彼女は見てしまったのだ、幼子の涙を。 再度見えない力に よって持ち上げられた機器が二人の魔法使いたちに襲いかかった。 小狼の剣は一閃 向かってきた大きなディスクドライブを切り裂いた。 返す剣で、 投げ縄のようなキーボードや、電源ケーブルを切り払った。 だが、 さくらは何もしなかった。 モニターが彼女の足を直撃し、よろめいたところに 叩きつけられたモニターが破裂した。

小狼 「さくら!」

ディスプレイの破片が、さくらの服を幾筋も切り裂き、血が滴り落ちていた。

さくら 「大丈夫よ。さあ、瑠美ちゃん。おかあさんの...」

瑠美は衝撃を受けた。 大好きなママを自分が傷つけたのだ。 彼女は、怖ろしさのあまり歯を ガチガチと震えさせ、泣き叫んだ。

瑠美 「い、いやーーーっ」

さくら 「ママは大丈夫よ。 さあ。」

小狼は、さくらのひどい有様に声もなかった。 その一瞬をついて、驚くことが 起こった。 カードキャプターの懐から、「遷」のカードが抜き取られた。 そして、 輝いた瞬間。瑠美の姿が消えたのだ。


高度通信研究所の正門前では、天宮老人や園美と夫が見守る中、研究所の パラボラアンテナが、太陽を凝視している。

真嬉 「時間か。 何事も起こらねばよいが」


研究所のパラボラアンテナから、太陽に向かう焦点部分に、梯子が伸びている。 そこに、 瑠美がいた。 寒風の中で、手はかじかみ。膝小僧を擦りむいたらしく、 点々と血が梯子に残っていた。

瑠美 「帰りたい。 帰りたい。 あたしの故郷に。」

アンテナは冬至の太陽を追尾しており、薄ぼんやりとした吹雪の中に太陽が見えていた。

瑠美 「コロ、ごめんね。 あたしのせいで、お母さんいなくなっちゃったね」

小さな女の子は、一段、一段と急峻な梯子を登り続けていた。


太陽を挟んで地球と反対側の空間には惑星間探査機が飛行している。 その辺りに、 白いガスを噴出している点があった。 突然。ガス噴出点からとてつもなく大きな、 固まりが飛び出してきた。


あれだけ期待した瞬間なのに、高度通信研究所の管制室では誰もが放心状態で モニターを凝視していた。 所長の娘 瑠美の行動。 彼らの上司である中川聡への信頼も、 この数年間の努力も夢も、何ら価値のないものとして失われたのである。

科学者 「地球秤動最大! スターゲイトが露出しました。 ですが、依然として応答はありません」

席に座ったまま、中川博士はうつむいていた。 彼の人生が、 すべてが決まる瞬間だというのに。 その時、室内に警報が鳴り渡った。

観測員 「所長! 探査機ツバメが重力変動をキャッチ。 スターゲイトから、巨大な物体が 出現しました。」

モニターに映ったのは、鋭い切っ先を持った 「巨大な剣」 としか形容のできない物体だった。

その物体の正体を知っている中川は、驚きのあまり目を見開き、そして、 ガックリと膝を崩した。

聡 「彼らは知らないのか。 我々の夢も、訴えもすべては無意味だったか... すまん、美子」

モニタースピーカーからは甲高い金属音が聞こえた。 まるで、神に反抗する 不浄の輩への宣告のような... 審判の鐘だった。


用語解説

航宙士 (こうちゅうし) 宇宙船の航法を担当する士官。 元々の語源は海を航海する航海士から、 海を宇宙に換えたものです。
司令 (しれい) 命令を司る役職名。 公式には、司令官とするが全体の指揮系統では指揮官とも、 同義語とします。

次回予告: 時の交点

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