星界の門

作者: deko

第4話: 成長の時

朝の双遠山天文台で、二人の老人が向き合っている。 野崎真継は祝杯を持って いたが、目の前の友は腕組みして考え込んでいた。

真継: 「ありがとうよ、真嬉。 お前の援助のおかげで、俺は自分の人生を価値あるものにできた。」

だが、真嬉老人は素直に喜べなかった。 酒の杯よりも、彼の関心はTV画面に 向けられていた。

アナウンサー: 「永らく、回帰が予告されていたクロンメルト彗星が帰ってきました。 彗星は夜明け前のわずかな時間に、東の空に現れますが、金星とも並んで...」

真嬉: 「最初の予想では、来年の夏だったが。 彗星が、あの時間に回帰したということは...」

真継: 「前回のデータが少なかったせいもあるが... 太陽の反対側に、もう一つの世界があったということだ。」

真嬉は、竹馬の友である親友の無関心さが気に入らなかった。 野崎は、 祝杯を一気に飲み干してからソファに沈み込んだ。

真継: 「戦争が終わってから、ずっとこのことは予想していた。 つい最近になって、あの中川が気付いた。」

真嬉: 「瑠美ちゃんのお父さんか...」

真継: 「なあ、真嬉。 もう一つの世界の奴らは、どのくらいこの宇宙を 知っているのかな? それとも、もういないのか...」

真嬉は返事をしようともしなかった。 彼の目は、知らず知らずのうちに 窓の向こうにいる小さな一家に向けられていた。 小さな一家の パパとママ。 それに、可愛い女の子は、無心に雪遊びに興じていた。


高度通信研究所の所長室では、インターネット電話が接続されているらしく、 大きなモニターにはそれぞれ違う背景を前にした、人物が写っていた。 中央の 席には、中川聡がすわり、モニターに話しかけていた。

聡: 「では、近日中に稼働可能なのだな、ディック。」

砂漠を映したモニターから、日焼けした顔の科学者が笑った。

ディック: 「遅れてすまなかったね、サトシ。 南米の連中にも迷惑をかけたよ。」

別のモニターから、頭巾を被ったインディオ科学者が応答した。

エルナン: 「ブラケット教授、待ってましたよ。 ところで、サトシ。 君はこの状況を、どう説明するつもりだね。」

聡: 「56年前、一個の彗星が太陽の傍をすり抜けて、近日点 (軌道上、最も太陽に近い点) を通過する際に、ちょうど、 地球とは反対側のある天体の影響を受けた。 そのため、わずかだが軌道が歪み、そのまま過ぎ去った。」

所長室のドアが開き、美佐子がファックス文章を持って入ってきた。 文章を 受け取った聡は、二人の科学者に頷いた。

聡: 「その際、日本人天文学者に発見された。 だが、彼は詳細な観測データを 取る暇がなかった。 そのために、南シナ海にまで、追いかけていったそうだ。」

ディック: 「そして、50年がすぎた頃、私たちは学会で知り合った。」

エルナン: 「3歳のルミ、可愛かった。 彼女は元気かね。」

中川は眉一つ動かず、完全に無視した。

聡: 「そこで、意気投合したわたしたちは、軌道のゆがみの原因となる 天体の位置と質量を割り出した。」

モニター越しの科学者二人は一様にため息をついた。

エルナン: 「そのとおりだ。 だが、軌道上の宇宙望遠鏡ですら検出は 出来なかったね。」

ディック: 「美佐子の持ってきたのは何だね?」

聡: 「日本の打ち上げた、惑星間探査機「ツバメ」がその天体の予想位置に到着した。 だが、なにも見つからなかった。」

アンデス山中の研究所で、エルナンは腰を落としながら情けなくいった。

エルナン: 「では、杞憂だったのかね?」

美佐子: 「いいえ、エルナン博士。 重力センサーは、捕らえていました。」

聡は二人の友に大きく頷いた。

聡: 「今回戻ってきたクロンメルト彗星も、その重力場の影響を受けていることが 確認された。」

ディック: 「つまりは、痕跡を残しているのだな!」

エルナン: 「かつて彼らはいた! そして、謎解きを私たちに迫っているのだ。」

美佐子は三人の科学者の会話が白熱した議論に変わってゆくのを冷ややかに見守った。

美佐子: 奥様、あなたは、こんな結果になってよろしいとお思いなのですか?


天宮家別荘の庭先で、偉が昨晩に積もった雪を除雪している。 そこへ、 車庫から大道寺家の三人を乗せた乗用車が進んできた。

知世: 「偉さん、それじゃいって参ります。」

礼儀正しい老人は、優しい微笑みを浮かべながら頷いた。

偉望: 「はい、いってらっしゃいませ。」

園美: 「明日の夕方には戻って参りますから、小さな一家とお爺さまを よろしくお願いします。貴方!なんです、この世の終わりみたいな顔して。」

大道寺家のお父さんは、奥様の言ったとおりの顔でいた。

お父さん: 「この世の終わり。 はい、左様です。 今日はスキー日和でございます。」

車が行ってしまうと、偉は黙々と仕事に熱中した。 そこへ真嬉がやってきた。

真嬉: 「偉さん。 知世さんたちは出かけたね?」

偉望: 「はい。 旦那様はこれから、大変な一日をお過ごしのようですね。」

真嬉: 「家族サービスとは重労働以外の何者でもない。 健闘を祈るとして、 この天気だ。 山の雪が気がかりだよ。」

偉望: 「と、申されますと?」

真嬉: 「雪崩だよ。 今年は例年以上に雪が多い。」

二人の会話はそこで途切れた。 別荘の二階から、さくらがお昼ごはんに先立ち、 全員を招集していたからだ。


高度通信研究所の解析室では大きなコンピュータが稼働している。 室内の 中央には大きなガラスケースがあり、その中で輝く小片 (チップ) に、 科学者たちが見入っているところである。

主任科学者: 「まだ、同調できないのか! こいつからは、確かにコード信号が 出ている。 なのに、なぜ捉えられない。」

技師: 「確かに出ています。 ですが、非常に高い周波数で稼働しており、 解析コンピュータの能力では...」

出し抜けに、室内の照明が切られ、同時にすべてのコンピュータの電源部から 煙が立ち上った。

科学者: 「だめです! オーバーヒートです。」

主任科学者: 「消火器だ! 早くしろ!」

煙が充満し、科学者たちが消火器を振り回していても、彼らをあざ笑うかのように ケース内のチップは輝いていた。

技師: 「こんちきしょうめ! そんなに、俺たちが間抜けに見えるのか。」

その時、所長である中川聡と秘書の美佐子が入ってきた。 彼は、部下たちの 狼狽を無視して、輝いているチップを愛おしげに見つめた。

聡: 「チップの解析とコピーは出来たのかね? この研究が重要なことは、 君たちは、君たちの先輩共々分かっているはずだ。」

誰かが解析室の奥の部屋へ通じるカーテンを開けた。 そこには、巨大な機械が 鎮座していた。

主任科学者: 「ポルグシステムです。 オリジナルに比べて一万倍の容積と、 十万倍のエネルギーを必要とします。」

聡: 「単なる救命ボートのコントロール用リスクチップですら、この容積か。」

科学者: 「はい。 それと、基幹システムの構造が解明できなかったので、 これはシミュレータでしかあり得ません。」

聡: 「仕方がないか。 この中央の穴はチップ用かね。」

技術者: 「一応はエネルギーを供給することができます。 ですが、一度本格的に動き出したら私たちには止めることは出来ないでしょう。」

聡は忌々しげな目線を機械に投げつけた。 それを見ている美佐子は、 悲しい目をしていた。 すると、気配を察したのか聡が振り向いた。

聡: 「幸せの時代のためには、辛い時代もあるのだよ。 今は、成長の時だ。」

美佐子: 「成長の時? 何のために成長なさるのですか!」

聡: 「今のままでは、やがて、人は生きる場所を失ってしまう。 私は、道をつけたいだけだよ。 新しい時代への道をね。」

美佐子には、この男の一徹さがどこを向いているのか解っていた。

美佐子: 「基本システムのエキスパート、グノーム博士は明日到着いたします。」

早口で伝言を終えた美佐子は、足早に退室していった。 まるで、 辛い部屋にいるのが耐えられないように。


深夜、天宮家の別荘、炉端では一家がそれぞれ好きなことをしていた。 真嬉は、 詩集を読みながら舟をこぎ (居眠り)、小狼は、さくらの編み物につきあって 糸巻きをしていた。 そこへ、偉が二階から戻ってきた。

偉望: 「さくら様。 瑠美様は、お休みになられました。」

さくら: 「お疲れ様でした、偉さん。 あら、小狼君! しっかり持っていて。 糸がほぐれちゃうから。」

偉は一同に珈琲を給仕しながら、窓の外の雪を見上げた。

偉望: 「よく降りますね。 この分では、明日も雪かきが必要です。」

小狼: 「明日は僕がやるから、偉は休んでいろよ。」

そこへケロが起きてきた。 どうやらケーキに誘われたらしい。

ケロ: 「爺さん! そんなときは、わいに任せな。 真の姿になって、一気に雪を蹴散らしたるわ。」

小狼: 「消火器のお世話にはなるなよ。」

ケロ: 「なんやと! おまえの火神の魔力よりは、わいの方が何枚も上や。」

偉は心から微笑んでいた。 優しい一家。 この一家に仕え、一員となることは どんなに幸せなことか。

偉望: 「さくら様。」

老人の呼びかけに、未来の女主人は編み物の手を休め、ため息をついた。

さくら: 「ああ、ごめんなさい。 瑠美ちゃん、元気なかったわね。」

さくらは、暖炉の端にあるウサギたちのバスケットを見ながら言った。

さくら: 「言葉を解し、不思議な力を持ったウサギたちが親友。 瑠美ちゃんのお母さんって、どんな方なのかしら?」

偉望: 「きっと、素敵なお方だと思います。 瑠美様の御気性はその方から 受け継いだものでしょうから。」

真嬉は、二人の会話を聞きながら居眠りのふりを続けていた。

真嬉: そのとおりだよ。 彼女は優れた学生だった。 そして... 今も運命と闘っている。


翌朝、双遠山を臨む、新雪に包まれた山麓に山小屋がある。 表の木戸が開くと、 初老の猟師が出てきて大きなあくびをした。

猟師: 「ふああーーっ。 最近はとんと獲物も少なくなったわい。」

猟犬たちの小屋に入って、朝ご飯を盛りつける。 その時、猟犬の一匹が食器を 足蹴にしてまで、外へ飛び出していく。

猟師: 「どうした。 獲物でもおったか。」

猟犬は遙かな一点に向かって吠えたてており、そこへ仲間の犬たちも合流した。

猟師: 「あいつか?」

一面の新雪の中に、ピンク色の点が動いていた。

ちょうどその時、天宮家の別荘は大騒ぎになっていた。 瑠美に与えられた部屋へ、 寝間着姿の小狼が駆けつけてみると、すでに、さくらと偉望がいた。

さくら: 「小狼君! 瑠美ちゃんがいないのよ!」

室内はキチンを整頓されており、毛布もきれいに折りたたんであった。

偉望: 「さくら様。これを。」

ベッド脇の机から老人が持ってきた文面を見てさくらは絶句した。

小狼: 「あたしの大好きなパパとママへ。 窓から見える山にいる、 お母さんのところへ行ってきます。」

窓の外には、新雪に包まれた高い峰がそびえ立っていた。


双遠山の山中で、地中に続く室 (むろ) を、ピンクのアノラック姿の 瑠美が覗き込んでいた。

瑠美: 「ベンおばさん、こんにちは。」

穴の中は大きく拡がっており、雌の月の輪熊が冬眠している。 彼女の後ろには、 高度通信研究所の建物が見えるが、彼女にとっての関心は、冬眠中の雌熊だった。

瑠美: 「みんな、おねむ。 ゴロン (狸) もいなかったし、去年は子熊だったコロも、 今年から独り立ちか。」

周囲は山並みを覆い隠すほど雪が降り積もっており、新たな雪が降り始めていた。


瑠美の書き残した山の山麓では視界を遮るほどの雪が降り続いている。 スキー場のレストハウスの窓際に知世と園美がいた。 ちょうど、奥のカウンターから お父さんがコーヒーをもってきていた。

園美: 「何年かぶりかしら。 こうやって親子水入らずの朝なんて。」

知世: 「もう、そろそろ解放なさいませんか? お母様。」

園美: 「まだまだ、積もり積もった鬱憤はこの山よりも高いのよ!」

お父さん: 「はい、わかっております。」

エプロン姿のお父さんに、知世はクスクス笑っている。 どう見ても、 神妙には、ほど遠いらしく、リラックスしているのである。

お父さん: 「お嬢様、ここのサラダは絶品でございます。 コケモモのジャムも、それは見事です。」

園美は苦笑して、焼き上がったパンを夫に渡した。

園美: 「あなた、そんな格好で。」

お父さん: 「似合うかい。 聞けば、木之本さんのお父さんは料理が上手らしいね。 ここはひとつ...」

その先は語られなくなった。 出し抜けに携帯電話が鳴り渡り、 大道寺家の水入らずもそこまでだった。


天宮家別荘の玄関先に雪上車が乗り入れられ、ヤッケ姿のさくらや小狼が 乗車しようとしていた。

偉望: 「大道寺様からの連絡では、スキー場は雪が強くなってきたとのことです。」

さくら: 「あの子ったら、食べ物もなしよ。 本当にお馬鹿さんなんだから!」

彼女は偉から大きな食べ物の入ったバスケットを受け取り、 そこへ、真嬉が携帯電話をもって駆け込んできた。

真嬉: 「今、役場と警察に知らせたよ。 予報では、この雪は今日一日降り続くらしい。 偉さん、留守を頼みます。」

雪上車がバックし、発進した。 かなり荒っぽい運転ではあるが、誰も文句を 言わなかった。 さくらは窓際で本当の母親のように心配そうに空を 見上げていた。 隣席の小狼が、励ますように彼女の手を握り、小声でささやいた。

小狼: 「さくら、もしもの時には、おじいさんが見ていても俺は魔法を使う。」

さくらは驚愕におそわれた。 その時になって、二人の秘密が世間に知れたら...

小狼: 「かまうものか! 俺は...」

照れ屋の少年には、驚くほどの飛躍だった。 それが、さくらには嬉しかった。

さくら: 「うん。」

だが、二人の決意をあざ笑うかのように、雪は降り続け、 激しい風とともに視界が見る見るうちに失われていくのだった。

ひどい横殴りの風と雪をうけ、スキー場のリフトが次々に運転を停止させている。


天宮家の雪上車は、何時間も吹雪の中を走り続けていた。 車内では、 さくらが瑠美のためのバスケットを抱いていた。

さくら: 「なんて、私は馬鹿だったの! 瑠美ちゃんのことをちゃんと 見ますってお父様に約束したくせに...」

先程、スキー場で合流した知世が、さくらの肩をそっと抱いた。

知世: 「そんなことはありませんわ。 瑠美ちゃんにとって、 さくらさんはすてきなママでした。 それに、瑠美ちゃんは さくらさんのことをそれなりに案じて...」

さくら: 「あたしは、甘えて欲しかった。 本当のお母さんじゃないけど。」

つづいて園美が優しく声をかけてくれた。

園美: 「瑠美ちゃんは優しい子よ。 ステキなママに甘えていたかったけど...」

お父さん: 「中川博士も、瑠美ちゃんも、周りの人に、負担をかけたくなかった。 私はそう思うよ。」

助手席の真嬉が携帯電話をしまいながら後部席の人たちに言った。

真嬉: 「研究所の方へは連絡は取ったが、本人は不在だそうだ。」

園美: 「探す当てはあるんですか? お爺さま。」

真嬉: 「いや。 ただ、いまから12年ほど前、双遠山の奥に大きな隕石が 落下したそうだ。 彼は、「私たちの全てがそこから始まった」と 言っていたが...」

運転手: 「そういえば、さくら様のおっしゃる、別荘から見える大きな山といえば。」

小狼: 「なにか、知っているんですか!」

運転手: 「先日旦那様にもの言いをしましたマタギ (猟師) の縄張りです。」

さくらと小狼は、同時にあの猟師を思い出した。 それは、さくらのフードに 隠れたケロも同じだった。


双遠山近くの谷間、降りしきる雪の中に、ピンクのアノラックが見える。 瑠美は、 雪の多さに耐えかねて、兎たちとしゃがみ込んでいた。

瑠美: 「はい、ラビッ太。 ラルもね。」

彼女は台所から失敬してきたパンの耳をポケットから出して、自分と兎たちに 等しく分け与えた。

瑠美: 「お母さんの山って、この方だよね。 ママ (さくら) 心配しているかな? グスン。 ごめんなさい。」

瑠美は涙を抑えられないらしく、嗚咽が漏れ、涙が兎たちの耳に落ちた。 その時、 雪原の中から犬の吠え声が聞こえた。 その瞬間、ラビッ太は瑠美の懐から飛び出し、 ラルとともに耳を立て、真っ赤な瞳を怒りに輝かせた。 銃声が響き、 間一髪ラビッ太の足下に着弾した。 その銃声が周囲に轟き、 山々に反響しあった。

猟師: 「見つけたぞ。 この間は旦那さんがいたから引き下がったが、この次は無いぞ。」

瑠美: 「ラビッ太やラルが何をしたの?! お願い、やめて!!」

猟師は次弾を装填しながら残忍な表情で言った。

猟師: 「おまえたちが、兎たちを多くさせすぎた。 それで、下の農家の 作物が食い荒らされた。 鹿や狸も増えすぎたわ。 山はこれ以上の生き物を 支えきれない。 そのためには間引きが必要なのじゃ。」

瑠美: 「嘘! 山の食べ物が減ったのは木を切りすぎたからよ。 大人達のやったことよ!」

犬たちは兎たちを包囲している。 その殺気が、「力」 を持った兎たちですら、 動けなくしていた。

猟師: 「ふん! あの高慢ちきな美子の娘だけあって強情じゃわい。」

瑠美: 「お、お母さんを知っているの?」

猟師は未だ熱い銃口を彼女の前髪に押しつけている。

猟師: 「知らなかったのか? おまえもおまえの母親も人間様じゃない。 化け物よ。 かわいい顔をしてみんなを誑 (たぶら) かしてはいるがな。 この爺は、だまさ...」

猟師は背後に野獣の気配を感じた。 慌ててしゃがみ込んだ上には、大きな月の輪熊が 覆い被さろうとしていた。

瑠美: 「べ、ベンおばさん!」

猟師の発砲にもかかわらず、月の輪熊は、前脚で銃を跳ね飛ばした。 そして、 そのまま、猟師に覆い被さり押さえ込んだ。

瑠美: ベンおばさん、お爺さんを許してあげて。

ベン: 許さないね! こいつは、あんたのお母さんを酷く言った。 あたしにだって、それくらいわかるさ。

雌熊は猟師に被さって動けなくしていた。 そのため、猟師の目がとんでもないものを 見ているのを誰も気付かなかった、そして、兎たちが気付いたときは遅かった。

ラル: 瑠美ちゃん、逃げて! 雪が、雪が崩れてくるわ。

先程の二発の銃声が、雪山の微妙なバランスを崩壊させたのである。 昨夜からの 新雪が、それまでの雪との間に出来た境界に沿って、雪崩となって 襲いかかってきたのだ。 この時、瑠美は変わろうとしていた。


高度通信研究所の解析室では、白髪の老人が、中川とともに ガラスケースのチップを見つめていた。

グノーム: 「未だかつて誰も作ったことのない、そしてこれからも到達することの 困難なシステムか。」

聡: 「非常に困難なのは判ります。 ですが、これこそ千載一遇のチャンスなのです。 なにとぞ、システムを組んで欲しいのです。」 グノーム: 「中川君、システムは人のためにある。 機械というハードウェアとの 仲立ちにすぎない。 人に害を及ぼすなら、それは道具ではない。 凶器だ。」

そこへインターフォンが鳴った。

美佐子: 「博士! 双遠山の本峰付近の谷間で雪崩が発生しました!」

聡: 「雪崩など...」

美佐子: 「聞いてください! システム管理部からの通報では、瑠美ちゃんは あなたからいただいたGPSを埋め込んだピンクのアノラックを着ているとか。 GPSの最終標定点は、そこなんです。」

美佐子の訴えは届かなかった。 時を同じくして、恐るべき事態が始まっていたのだ。

グノーム: 「な、なんだ、この反応は?! 中川君、チップが変だ!」

二人の前で、ガラスケースは紫色の光に包み込まれていた。 その光は強く、 直視する事が出来なかった。

聡: 「すばらしい、博士! 私はこれを待っていたんです。 瑠美。やっと、おまえの出番のようだな。

そこにいたのは、執念の鬼としか形容できない男だった。


次回予告: 母の想い

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