作者: deko
暖かな毛布にくるまってさくらが眠っていると、窓の外に小さな光の点が 降りてくる。 光はやがて、強くなって赤いカーテンのようにさくらの部屋を 包み込む。 その光に影響されたように、さくらの寝顔が歪んでくる。
パジャマ姿のさくらが、暗い世界を飛行している。
さくら: ここはどこ?
その彼女の行く手に、骨組みの構造物が見えてくる。 周囲の暗さに比べて、 骨組みは先端のみが赤く輝いている。
さくら: 何、これは...?
彼女が先端を目指しながら飛行すると、急に、頭上から大きな光条が差し 込んでくる。 そして、光を受けた骨組みは一瞬、全景を見せる。 それは、 巨大なパラボラアンテナであるが、瞬く間に光条に呑み込まれ、形を失い、 縮むように消えてゆく。
目覚まし時計の音が鳴り渡ると、さくらの手がもぞもぞと探る。 毛布の中に 目覚まし時計を引っ張り込むが、バタッと起きあがる。
さくら: 「ふにゃあーーーーーっ」
彼女は半分 寝ぼけ眼である。 南側のぬいぐるみ達の上の窓をあげると、 清々しい風が吹き込んできて、さくらは大きく欠伸をした。 次の瞬間、 目の前に男の子がいた。
さくらと小狼: 「ほええええええええ!」
隣家である李家の2階の洗面所で李小狼が洗顔をしていたのだ。
その声は、食卓にいる桃矢と藤隆にも聞こえてきた。
桃矢: 「またか...」
お味噌汁を給仕している藤隆には、息子の嘆きが面白いらしい。
藤隆: 「夏が終わってから、毎日が楽しい朝じゃありませんか。」
桃矢: 「そうですか。ご町内でも評判ですよ... ところで、父さん。 この冬の予定は?」
藤隆: 「例年のごとく学会です。」
桃矢: 例年のごとくか。 さくらも、何時まで去年と同じようにと いってられるかな。
そこへ、彼の妹が走り込んできたので、慌てて桃矢は目を逸らした。
友枝中学校の2年生のクラスでは、担任の浅香先生が、全員に通知表を 配り終えたところである。
浅香: 「これをもって、2学期の授業も終わる。 みんなも、元気でクリスマスや 年越しを迎えてくれ。」
ところが、元気な子供達は隣近所で成績の見せ合いを演じており、 先生のお言葉も聞こえないらしい。 特に騒がしいのが、さくらの周辺である。
奈緒子: 「ねえ、友枝教会のミサって自由に出席できるの?」
千春: 「もちろん。 今年は山崎君が聖歌隊に入るんですって。」
貴史: 「聖歌隊ってのはねえ...」
さくら: 「李君は、香港に帰らないの?」
小狼: 「今年から、か、帰らないことにした。」
えっと、クラス中の目線が、さくらたちのところに集中する。 真っ赤に なった小狼は、ますます赤くなってしまう。 それに引き替え、知世は ずっと押し黙ったままである。 さくらが話しかけようとした時、 授業の終わりを告げる鐘が鳴り渡った。
教室から戻ってきた教師たちに、事務員がお茶を配っている。 そこに、 テレビのニュースが伝えられる。
アナウンサー: 「来年の夏、56年ぶりに回帰してくるクロンメルト彗星に 関心が高まっております。」
教師: 「浅香先生は、天文マニアですよね。」
お茶を飲みかけた浅香だが、テレビを見るうちに興奮してきたらしい。
浅香: 「そうなんですよ! でも、こいつの軌道計算が未確定なんです。 噂では、 太陽の反対側で水星付近まで接近するとかいってます。」 でもね、本当のところ計算自体が観測と合わないんですよ。 この間、宇宙望遠鏡 (ハッブル) が...」
いつの間にか、関心のない人たちは茶飲み話に夢中になっており、 マニアの話など聞いていなかった。
考古学研究室の窓の外を、小さな光の点が動いている。 やがて、止まると、 室内を伺うように窓枠にしっかりと張り付く。 室内では、木之本教授の 講義が行われていた。 学生達の中には、月城雪兎や中川容子。そして、 桃矢もいるがだれ一人、窓の光点に気づく者はいなかった。
夕方、知世とさくら、小狼が友枝小学校の校庭の前を歩いている。 さくらは、 悲しい表情の知世を気遣っている。
さくら: 「知世ちゃん。 あたし...」
知世: 「お気になさらないでください。 これは、私自身の問題なのですから。」
そのまま、さくらたちに微笑むと足早に去ってしまった。
小狼: 「山崎が言っていたけど、大道寺は高校から進学校に移るらしい。」
さくら: 「じゃあ、高校から別々になるの?!」
小狼: 「仕方がないだろう。 彼女は会社社長の令嬢だ。 それなりの人生を 選ばなくてはならないんだから。」
さくらは、この時まで人生が一種類しかないのだと思っていたのだ。
さくら: 「小狼君は? あたしを...」
小狼は、そっとさくらを抱きしめる。 この夏に、遙かな太古で 支え合った時のように*。
編集者注: 「太古の娘」 を参照。
小狼: 「いつも一緒さ。 言ったろう、この国が俺の新しい故郷なんだって。 それに、大道寺との友情は、別の学校に行ったくらいで消えるものなのか?」
さくら: 「違うわ。 それにあたしは、知世ちゃんの幸せを願っている。 知世ちゃんも、あたし達のこと...」
その時、二人の耳に子供達の泣き声が聞こえた。
子供たちが、兎たちに金網越しに餌を与えていると、彼らの前に光点がやってくる。 光点は凄まじい閃光となり、子供達が悲鳴を上げて倒れ込んだ。 そして、一匹の 兎に光点が入り込んだ。 すると、耳が異常に長くなり、目の色が青く 変化した。 そこへ、さくらと小狼が到着すると同時に、変身した長耳兎の 目が金網越しに輝くと、金網が吹き飛び、屋根が高く噴き上げられた。
さくら: 「星の力を秘めし鍵よ、真の力をわれの前に現せ。 契約のもと さくらが命じる。」
さくらカードの魔法陣が輝き、「ウィンディ」が召還された。 ウィンディが 子供たちを優しく抱えて避難するが早いか、小狼が剣を召還して身構えた。
小狼: 「雷帝招来!」
天空が咆え、強力な電撃が降り注いだ。 同時にさくらも、アロー (弓) を 召還した。 だが二人の攻撃は、長耳兎の展開したバリアに阻まれてしまった。
小狼: 「こいつは、ただの兎じゃない。 気をつけろ、さくら。 こいつには 魔法が効かない。」
さくら: 「えっ! じゃあ... きゃあああああ!」
長耳兎の目が輝いた。 すると、学校の焼却炉の傍においてあった大きな ビニール袋が、猛烈なスピードで二人の魔法使いにぶつかってきたのだ。
さくら: 「シールド!」
間一髪、ゴミ袋が障壁に当たって、中身がそこら中にぶちまけられた。 傍目に 見れば、おかしな状況だが、本人達にはまさしく危機である。 ゴミ袋が次々に 参戦し、ついには繋がって大きな人形が形成されるとさくらと小狼は、 背中合わせに追いつめられた。
さくら: 「あ、あたし、ゴミさんの気に触ることやってないもん!」
小狼: 「ゴミは、早く始末しないとな。 さくら、イレイズ (消) だ!」
さくら: 「はい! でも、大きすぎるよ。」
そこへ、救援が届いた。 黄金の獣が火球を吹きながら、飛び込んできたのだ。
ケルベロス: 「二人とも、なにゴミ相手に遊んでるんや。」
ケルベロスは二人を護るように地上へ降り立つや、火炎放射器と化して、 ゴミどもに対峙した。 だが、ゴミ達の反撃も速かった。 燃えないゴミの 木片や金属屑、点なくなった蛍光管が、次々に飛び込んできては彼らを派手な 音と共に追い立てた。 挙げ句の果てに、水気の多い生ゴミ袋が、ケルベロスの 放った火球で弾け飛び、三人を無惨な姿に変えた。
小狼: 「な、なんだ! ケルベロス!」
さくら: 「くさーーーい。 もう、ケロちゃんたら。」
ケルベロス: 「堪忍やで。 さくら、ソード (剣) や! 小僧は風で援護や!」
さくら&小狼: 「うん! わかった!」
小狼の魔法が解放され、猛烈な風が大きなゴミ人形を動けないように 吹き込んだ。 そこへ、さくらが、剣を構えて飛び込んだ。 大きなゴミ人形は 一刀両断に切り裂かれ、ビニール袋から夥しい量の生ゴミがぶちまけられた。
さくら: 「イ...」
カードの発動は手遅れだったらしい。 三人は無惨にもゴミの山に埋もれて しまった。 その時、小狼は周囲の静かな景色に驚いた。 先程までの 「力」 は 影を潜め、いつもの小学校の校庭に戻っていた。
さくら: 「ほえええーーっ、ひどい目にあったよ!」
二人の側に、可愛い兎がやってきた。 どこから見ても、普通の子兎である。
ケルベロス: こいつは、間違いなく力を出していた。 それなのに...
小狼が、さくらを助け起こしたが、その頬は赤らんでいた。
小狼: やっぱり、すごいな。 意識せずに結界を張り巡らしているなんて。
その瞬間、さくらが振り向いたので、小狼はドキッとした。
さくら: 「二人とも手伝って! 早くしないと怒られちゃうわ!」
ゴミの山は、そのままだった。
さくらと小狼は、周囲を伺い、町内の小道をコソコソ隠れながら 走っている。 だけど、こういうときに限って目立つものである。
女の子: 「ママ、くちゃーーい。 あのお兄ちゃんとお姉ちゃん。」
二人にしてみれば、どこかの穴にでも隠れたいが、こういう時に限って 思いもかけない知らせが届く。 携帯電話が鳴り渡り、さくらは 恥ずかしながら応じた。
真嬉: 「こんにちは、さくらさん。 天宮真嬉です。」
さくら: 「お、おじいさま! 小狼君。おじいさまから。」
真嬉: 「お久しぶりですね。 今年の冬ですが、何かご予定はありますか?」
さくら: 「い、いえ。」
真嬉: 「では、私に付き合って頂けませんか? 久し振りに、 スキーがしたいのですが、どうも下手なので。」
さくら: 「はい、喜んで!」
真嬉: 「ボーイフレンドの小狼君もお願いいたしますよ。」
通話を終えると、さくらは躍り上がって喜んだ。
さくら: 「真嬉おじいさまが、スキーに行きましょうって! うわーーい! スキースキースキーー好き!」
小狼: 「さ、さくら。 早く帰って...」
周囲には鼻を押さえた人たちが、笑いを押し隠して歩いていた。
さくらの部屋では、スキーウェアがベッドに広げられている。 ベッドの上では、 ケロが難しい顔をしている。
ケロ: あれは、確かに 「力」 や、だが、媒体となる物も無しに、 力を出すということは... 超能力か!
一方、椅子に座ったまま、東の出窓の方を見ているさくらは、 別のことを考えていた。
さくら: 「あの柱。 やっぱり、夢で見たんだわ。」
ケロ: 「えっ、なんか言わへんかったか?」
彼女の向こうには、最近完成した、携帯電話の中継タワーが見えていた。