クロウ伝

作者: MiROiR

それは冬の真っ只中、庚申年 (かのえさるのとし) 11月1日のことであった。

小狼 日付は旧暦だから、11月は冬の真っ只中なんだ。 今の暦に直すと、12月ぐらいかな。

西の草原で少年が倒れているのを、近くの村の少女が見つけた。 そういえば 昨日は雷が鳴っていた。 この少年は不幸にして雷に打たれてしまったの だろう。 少女はこの少年を介抱することにした。

さくら このことから物語が始まったの...

少女の名は陳霊華 (Chen Ling Hua)。 彼女は一見ごく普通の 美しい少女であるが、一つ違っていることがあった。 それは、「仙力」 を持っていること。

小狼 「仙力」 っていうのは、言ってみれば俺やさくらが持っているような 魔力のことだ。 そういう力を、「仙人の力」 という意味で そう呼んでいたらしい。

霊華が村の外を出歩くようなことはあまりないのだが、それはたまたま 村の外を歩いていたときのことであった。 なにしろ、 村や町の外は危険だ。 並大抵の少女が出歩けるものではない。 たとえば、 虎に襲われるかもしれない。 狐に化かされるかもしれない。 しかし、 霊華は違った。 ある事件を機に、村の外に安全に出られるようになったのだ。

さくら 霊華さんはその 「仙力」 っていうのを得たから 村の外に安全に出られるようになったってわけ?
小狼 要するにそういうことだ。

そんな霊華が行き倒れになっている人を見つけたということは 以前にもあったが、それらはすべて死んでしまったあとで、 霊華には常人のやるようなこと、たとえば手を合わせて死後の平安を 祈るなどということしかできなかったのだ。 しかし今回は、 見つけたときにはまだ息があり、見殺しにしたくないという 霊華の人情が少年を助けさせたのだった。

それで霊華は少年を自分の家で介抱している。 不幸にして少し前に両親を亡くしてしまった霊華だが、その 「仙力」 を 認められ現在は村長である欧陽暖 (Ouyang Nuan) に引き取られている。 「仙力」 を持った人間は村を守ってくれるというので、 大切にされるのであろう。 しかし 「仙力」 を持った人間は、 当たり前だが、絶対数が少ない。 この村でそれは霊華ただ一人だった。

さくら すると欧陽さんは...
小狼 ああ。 この文章を見る限り、孤児になってしまった霊華を 大事にしていたようだ。

11月3日の夕刻。外はもう薄暗いようだ。 霊華が家の一室で少年を 介抱していると、その部屋に一人の男が入ってきて尋ねた。 「どうだね、 その少年の具合は。」 その男は欧陽村長だった。

「まだ... 目を覚まさないんです...」 霊華は答えた。

「そうか。 でも霊華、君の祈りはきっと天に通じる」

「ありがとう...」

村長は部屋から去ってしばらく経って、少年は目を覚ました。

「ここは?」

「ここはね、欧陽村長の家。私の家でもあるの。」 と、霊華は少年に答えた。

「そうか...」

「名前、何ていうの」

「李... 古羅(Li Gu Luo)」

「李さんっていうの... 私は陳霊華」

ケロ この李古羅っちゅうのがクロウっちゅうわけか。
小狼 そういうことだな。

そのあと霊華は古羅が草原に倒れていたこと、自分が古羅を助けたことなどを話した。 話が済んだ頃はすでに日没の頃だった。 「日が暮れてきたみたいだから、今日はもう寝ましょう」 古羅が意識を取り戻してから初めての夜を、二人は過ごした。

ケロ 日の出とともに目覚めて日の入りとともに寝るっちゅう時代やったんや。 今と違うて電灯なんてあらへんかったもんな。 寝なしゃあない。

11月4日の朝。 霊華が目覚めてみると、昨日まで一緒にいたはずの 古羅がいない。 どうしたのだろうか。

「あれっ? 李さんは? 李古羅さーん! どこですかー?」

呼んでみても、返事はなかった。

「李ー古ー羅ーさーーん!」

やっぱり返事がない。 これは大変なことになった。 急いで別室の欧陽村長の もとに向かう。

「欧陽村長、大変! 大変なの!」

「どうしたんだね霊華、何かあったのかね?」

「大変なの! 李古羅さんが、いなくなっちゃったの!!」

「李古羅...? ああ、いままで霊華が面倒を見ていた少年のことかね。」

「そうなの... それが、朝起きたらいなくなっちゃったの!!」

「それは大変なことになったものだな...」

「私... 探しに行ってくる!」

「それはいいけれども霊華、日が暮れる前には帰ってくるのだよ」

「うん、わかってる!」

「ならば霊華、気をつけて行ってくるのだ。きっと彼は見つかる。 私は、 そう信じているからな」

そういい終わらぬうちに霊華は外へ飛び出していった。 このあと自分が不思議な運命に巻き込まれていくことを知らずに...

続く

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