作者: あかね
[ピンポーン♪]
玄関のチャイムが静かに響いた。俺はわざとさくらに出迎えさせた。
雪兎: 「さくらちゃん、こんにちは。」
さくら: 「あっっっ 雪兎さん。 こ、こんにちわ...」
春、ユキが俺の家を訪ねてきた。 俺がさくらのために呼んだのだ。 今日は特別な日だから・・・
桃矢: 「さくら、紅茶ぐらい持ってこい。」
さくら: 「はぁ〜い。」
あいかわらず、ユキが来るとごきげんだ。 いつもなら『自分でやってよ』なんて言うくせに、ユキがいるとなると、急にお となしくなる。
雪兎: 「僕を呼んでくれたのはさくらちゃんのためでしょ? 桃矢は
本当にさくらちゃんが大好きなんだね。」
桃矢: 「うるせ〜」
雪兎: 「ね、さくらちゃんが生まれた時のコト、覚えてる?」
桃矢: 「ああ、俺はもう小学生だったかんな。」
雪兎: 「やっぱり覚えてるんだ。じゃあ、その時の話をしてよ。」
桃矢: 「さくらの前でか?」
すると、さくらの声が玄関から聞こえた。
さくら: 「お兄ちゃーん、紅茶の葉きれてたから買ってくるね。」
雪兎: 「丁度良かったね。さ、話して。」
桃矢: 「しゃあねえな・・・あれはたしか、昼すぎだったな。」
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俺はいつものとおり、友達とサッカーしようと公園にいたんだ。 すると、向こうから父さんが走ってくるのが見えた。すごくあわてて、今にもこ けそうだった。
藤隆: 「桃矢君、今すぐ病院に行こう!」
俺が答えないうちに父さんは勝手に俺をタクシーに乗せた。 もちろん俺は 行くつもりだったけど。
タクシーに揺られながら、いろいろ考えてた。来週のサッカーの試合のことや、 病院で待ってる母さんのことを。
病院につくと、看護婦が父さんと短い会話をかわした後、すぐドアの奥に消えて しまった。 そして母さんに話しかけているのが聞こえてきた。
看護婦: 「木之本さん、旦那さんがみえましたよ。」
一度ドアが開いて、母さんが見えた。
撫子: 「藤隆さん、桃矢君も来てくれたのね。」
普段みたいに笑って手を振る母さんを少し見ただけで、ドアはすぐに閉まった。
藤隆:「桃矢君は今日からお兄さんですよ。生まれてくる弟か妹を
守ってあげて下さいね。」
桃矢: 「妹だよ...」
藤隆: 「...え?」
桃矢: 「何でもない。」
藤隆: 「かわいがってあげましょうね。 桃矢君もお世話手伝ってくれますか?」
桃矢: 「うん。」
俺には妹が生まれてくると分かっていた。 だから、父さんのようにドキドキした りはしなかった。 むしろ、廊下を歩いてゆく死人達が目について、早くここを出たいと思っていた くらいだった。 ちょうど、安置室が近くにあったらしく、やたらと青白い顔のじーさんばーさん がうろうろしていた。 数年後に母さんもその安置室に行くなんて、その時は少しも感じなかった・・・ とにかく、病院には成仏できねえ魂が多い。俺は赤ん坊どころじゃなかった。
でも、一週間後に初めて妹を抱っこさせてもらった時、俺はとても可愛いと思っ た。絶対俺が守ってやると。
藤隆: 「桃矢君、赤ちゃんは軽いでしょう? この子が妹なんですよ。」
桃矢: 「名前は?」
藤隆: 「撫子さんが決めたんだ。僕はどうもセンスがなくて。」
母さんがにっこりしながら言った。
撫子: 「前から決めてたの。 女の子が生まれたら...」
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雪兎: 「で、今がその十年後なんだね?」
桃矢: 「そーゆう事。」
さくら: 「ただいまー!」
雪兎: 「あ! おかえり、さくらちゃん。」
紅茶をいれるさくらの横で、俺はケーキを出した。
桃矢: 「父さん遅くなるから、先に食っとけってさ。」
さくら: 「うん。 さ、食べよ♪」
にこにこしながら、さくらはお皿を配っていた。
桃矢: 「これからいろいろあるけど、あんま無茶すんなよ。」
さくら: 「ほえ?」
桃矢: 「何でもない。ほら食うぞ。」
誕生日おめでとう。そう心の中で思いながら、俺はマッチをすった。 十本の輝くローソク。外では、桜が舞っていた。
おわり