太古の娘

作者: deko

第12話: 銅の時代

早朝、邪国と狗国の国境では激しい白兵戦が行われ、櫓と見張り台が 炎上している。

隊長: 「もうだめだ、引けーー、引けー。」

傷ついた将兵を仲間が庇いながら敗走する邪国の軍勢。 それに対して、 狗国の方は勢いづいている。 執念深く獲物を狙う獣の、弓矢が一斉に 放たれ、邪国軍の将兵たちは一斉に倒れれる。

狗奈: 「ガハハッハハ、それーーーっ。 去年までのお返しだあ。 徹底的に攻めて、攻めまくれー。」

上機嫌の王は、傍らの男に対しても上機嫌な思いやりをみせる。

狗奈: 「李外祖、お前もよくやってくれる。朕は誠にうれしいぞな」
外祖: 「あのーー、ではご褒美を」

狗奈王は、首に下げている 「玉」 を見せびらかしながら、ご満悦。

狗奈: 「これと、邪国の娘と、土地以外ならなんでもくれてやるわ! 働け、働け。」

ゲッソリする外祖。 この王のドケチに付き合っていられないが、首根っこを 押さえられているのも事実。 外祖は空の一点に視線を移した。

外祖: 「炎! 突き抜けろ。」

炎のカードから、炎の柱が空中を走ってゆく。


邪国神殿の中庭では、水の入ったたらいに小狼が入っている。 彼の衣服と 髪は焦げており、傍らの 「浮」 のカードに乗った、ホープが水をかけている。

ホープ: 「ごめんね、お兄ちゃん。 ホープを庇ってくれて、ありがとう。」
小狼: 「いいさ、外祖にも仕返ししたから。」

ちょうどその時、狗国軍の陣営地では、狗奈王と外祖が痺れにおそわれて、 寝込んでいた。 「くそーーっ。 李家の小僧め、雷を使いおおおおおおおって」 と外祖は叫んでいる。

神殿の奥から、さくらが乾いた服をもってくる。 彼女の後ろには、 邪国の軍事責任者達の姿が見える。

さくら: 「はい、早く着替えて! 風邪を引いたら、大変。 今年の風邪は、 咳が長引くそうよ。」
ホープ: 「その言いかた、若奥さんの言いかたね。似合ってる!」

茶々を入れるホープに、さくらと小狼は、一緒になって真っ赤になる。

さくら: 「そんなことより、早くしなさい!!」


発掘作業員が増強された友枝町の発掘現場では、土木機械が投入され、 発掘のピッチがあがっている。 発掘隊のテントに、報道関係者が 集まり、木之本教授がインタビューを受けている。

記者: 「ということは、この地を治めていた支配王朝に、大陸系の人物が 関与したということですか?」
藤隆: 「その痕跡をものがたる品の発見が、昨日から相次いでいます。」
記者: 「つまり、中国から発した文化が、大和地域から離れたこの地にまで 及んだということですね?」
藤隆: 「いえ、そこまでは... 私としては、渡来人の可能性を考えています。」

傍らで、桃矢と雪兎が打ち合わせをしている。

雪兎: 「じゃあ、この地区へのアプローチは来年になるね。」
桃矢: 「ああ。しかし、おかしなことがあるものだなあ。 小競り合いは有ったにしても、この遺跡とくっついている昔の川原や 共同墓地は矢尻や矛先が多いのに...」
雪兎: 「ここは、ほとんど遺骨がない。 たまに、共同墓地から出土する 以外はね。まるで、最初から、戦いが無かったみたいだね」
容子: 「それとも、大掃除でもしたのかな? 木之本君、お客様よ。」

中川容子はコーヒーを給仕しながら、彼女らしくなく不機嫌な様子で堂々と 割り込んでくる。

桃矢: 「客? なんだよ、その変な顔は。」
容子: 「べつに!」

桃矢がテントから外に出ると、懐かしい女性が待っていた。


さくらと小狼は、神殿で邪国の軍事責任者達と話し合っている。 跪いているのは 戦士隊長と副官らしき男女。 その女性の副官は、 壱予の侍女のうちの一人であった。

戦士隊長: 「では、壱与様、狗国軍は多勢につき、平原での会戦は避けて、 この付近での戦いとなります。」
侍女: 「でも、これでは最初から勝てません。 どうか、お考えを...」
さくら: 「甘い考えと笑われるでしょうが、あたしは、この国の人にも、 攻めてくる国の人にも、誰一人傷ついて欲しくないのです」

人々はその言葉に唖然とする。 まさしく平和主義であるが、このような発想は 彼らには最初から無いのだ。

侍女: 「でも、あいつらは飢えているわけでもないのに毎年、略奪や挑発を 繰り返すんですよ。」

さくらは悲しかった。この世界にやってきて、どうしても解り合えないのが この問題だったからだ。

さくら: 「考えて! 戦いに出た人を失う家族のことを。 家族を失うと いうことが、どんなことなのか。」

三人は沈黙した。 ちょうどその時、戸口に伝令が駆け込んできた。

伝令: 「隊長。狗国の奴らは東の川までやってきました。 水が深いため、進撃は停まっています。」

副官たちが一斉に立ち上がり、さくらが言うよりも早く、 部屋から退室してしまった。 さくらは哀しげに見送るしかない。 心なしか 肩が震える。 そんな彼女を、戦士隊長の腕が、暖かい親愛の情をもって支える。

戦士隊長: 「立派な、気高いお考えですな。 もう一人の壱与様。」
さくら&小狼: 「えっ?!」
戦士隊長: 「分かりますよ。 あなた達が別の世界から来たことは。」
さくら: 「あたしの願いが、分かっていても戦いに出るんですか?」
戦士隊長: 「私の役目は、邪国を、邪国の巫女と、麗呼女王様を お守りすることです。 まだ役目は終わっておりません。」

彼女の前には、多くの傷を受けた歴戦の勇士の顔がある。 その傷にまみれた顔が どんなに優しい顔か、さくらはそのときまで知らなかった。

戦士隊長: 「大勇... いや、もう一人の大勇か。 我らの巫女様のもとにいろ! どんなことがあってもお守りしろ。」


川沿いの林には霧が立ちこめている。 対岸では、耶国の人々が、 布陣を終えた狗国軍に対峙する。 布陣の先頭は重装備の武人だが、 後方の列になると、老若男女の集まりといった具合で、 武装もバラバラである。 竹槍や農具を担いでいるものもあれば、 甲 (防御用の厚い布) すらも纏っていない人もいる。

侍女: 「今年は、なんか勝手が違うのよね。」
農夫: 「麗呼様がお隠れになられたからじゃ、みんな哀しみで、 気後れしているのじゃろう。 この霧も嫌じゃ。」
侍女: 「違うわ。あのお方のせいよ。 だから、みんな腰抜けになったんだわ!」

戦士隊長は、壱与への尊敬と苛立ち両方見え隠れする侍女を見て 苦笑した。

戦士隊長: 俺はそうは思わん。 あの方の微笑みは、優しいが、 いろんな試練を乗り切った人の顔でもある。

川の中を、黒い影が進んでいる。 やがて、浅瀬で立ち上がったのは、 弓を構えた狗国兵だった。

侍女: 「ああーーっ!!」

侍女は矢を受けて倒れた。 軍隊ではない人々が次々に矢玉に倒れる。 重装備の兵が進んで、狗国兵と斬り結び、白兵戦が始まった。

農夫: 「き、来たー。 奴らが、奴らは舟で川を渡っているぞ。」
戦士隊長: 「引け! 引くんだ!」
侍女: 「何ですって、神殿まですぐよ! ここで踏みとどまれなかったら。」

戦士隊長: 「お前には、お前の役目があるだろう! こんなところで、 無駄死にするな!」

隊長は侍女の肩に突き刺さった矢を抜き去るや、彼女を担ぎ上げ、 そのまま切り込んでくる狗国兵と斬り合いを始めた。


神殿内でさくらは、残った侍女や老婦人たちとともに布の整理を していた。 周囲には子供達が無邪気に遊んでいる。

老婦: 「昔からこうなんですよ、壱与様。収穫が終わったら、 隣の国まで行って一稼ぎ。残ったものは...」

さくらの側で縫い物をしていた小狼は、彼女の瞳が曇っているのを見て、 ため息をつく。 その時、戸が開けられ、伝令が駆け込んできた。 普段なら 許されない土足である。

伝令: 「壱与様、大変です! 我が隊は、川で狗国どもの急襲を受けて大敗。 逃げ戻ってきます。」

さくら: 「わかりました。 皆さん、怪我人の手当をします。 中庭で待ちましょう。」

そのまま、さくらは小狼の手を取って 「フライ」 のカードを召還して 飛び出して行く。


環濠に沿って、両軍の白兵戦が展開されながら、邪国軍の撤退が 続いている。 小狼とさくらは、それを空中から見守っていた。 装備に劣る 邪国軍の劣勢は明らかである。 その情景を見て、 さくらは目を覆う。 溢れんばかりの涙が頬を伝っていた。

さくら: 「なんてことを! 止めてーーっ! 殺し合いなんか止めて!!」

思わず駆けつけたい衝動に駆られる彼女を、「浮」 に乗っていた小狼が制止する。

小狼: 「馬鹿! 落ち着け。 お前が行ってなんになるんだ。」
さくら: 「離して! キライよ! 大キライ。 争う人なんてみんな、 みんな、だいっきらい。」
小狼: 「さくら! 落ち着くんだ。」
さくら: 「いやよ! ほら、あの兵隊さん。 私に草取りのコツを教えて くれたおじさんよ!」

「壱与様は、草取りがへたやなあ。」 と言いながら優しく教えてくれた あの農夫が、今や血にまみれ、血を流して倒れていた。 その姿に、 小狼は喘いだ。

さくら: 「私にも出来ることはあるわ! いって、あの人の命を助けて欲しいって 頼むことよ。 どいて、小狼! どきなさい!」

その瞬間、小狼の目から涙がこぼれた。 彼は、さくらの頬を叩いた。 さくらは呆然として、自分が何をされたのか判らなかった。 そして、 小狼もまた、「浮」 のカードが力を失うと、遙か下の地上に落下していった。

小狼: 「さくらーーーーーーーーーーっ!」

さくらの遥か下の地上では、おぞましい人と人の争いが 続いていた。 それなのに、さくらにはすべてが無意味だった。

さくら: 「しゃ、小狼くん...」


空中で立ちつくすさくらの前に、配下のカードを従えた李外祖が現れ、 その顔はイヤらしく歪んでいた。

外祖: 「なかなか、面白い見せ物だったよ。 どれ、その封印の杖を戴こうか。 どのみち君には、荷が重かったね。」

彼は、未だ意識の定まらないさくらの手から、杖を引きはがそうとした。 さくらの危機! そこへ、小さな塊が飛び込んできて、外祖の頬に跳び蹴りを 喰らわした。

ホープ: 「おねえちゃんから、手を離せ。 この偏屈変態親父!」

外祖: 「なんだと、私は未婚だ! 親父ではない。 大体お前なんかな、 「デブ!」 とクロウは言っていたんだぞ。」

衝動的にホープが二発目の必殺顔面キックを放つと、外祖はノックアウト されてしまった。

ホープ: 「おねえちゃん! 得意の目覚まし耳引っ張りー!」

ホープは、さくらの耳を渾身の力で引っ張った。

さくら: 「いったーーーーーっ! 痛い痛い、お願い、やめてホープちゃん!」

はっと気づいたさくらは、慌てて、猛スピードで地上へ向かう。 間一髪、 彼女は地上すれすれで小狼に追いつき、事なきを得た。 一方、ホープにスネを喰い付かれて逃げ損ねた李外祖は、 戻ってきたさくらと小狼によって、恐ろしい罰を受けることになるのであった。

炎のカード: 「お気の毒」
宙、遷、震のカード: 「女の子を二人も泣かせるからさ。 以下同文。」


逃げ帰ってきた兵隊達が、神殿の中庭で、娘達に手当を受けている。 その中で、 戦士隊長はさくらを探そうとしている。

戦士隊長: 「壱与様はどこか?」
農婦: 「あちらに、環濠の方へ行かれました。」


夜半になり、環濠の上にある集落を囲む柵に対峙して、狗国軍は包囲を 完了した。 かがり火が幾重にも邪国の集落を取り巻いていた。 さくらは、 見張り台からその様子を見ていた。 すでに、見張り台に詰めていた兵隊は 傷を負って、地上に降ろされていた。 内部には、戦闘を物語る矢玉の 折れたのや、血糊がこびり付いている。

外祖: 「無駄なことだよ、お嬢さん。 どのみち戦いのない世の中なんか 有り得ないんだ。」

外祖はコテンコテンにやられて縛られている。 それでも、忠実な4枚のカードは 主の側を離れない。 そこへ小狼が戻ってきた。

小狼: 「やつら、朝にもここを攻めるつもりだ。 陣の中は戦勝気分だよ。」
さくら: 「傷を負った人たちは?」
小狼: 「ひとかたまりに集められていた。 今のところ、死んだ人はいない みたいだ。 彼奴らには、捕虜も立派な戦利品なんだな。」

さくらは頷くと、懐からさくらカード達を取り出し、魔法陣が輝くなか、 封印の鍵の召還呪文を唱えた。

さくら: 「星の力を秘めし鍵よ、真の力を我の前に示せ。契約の元さくらが 命じる。レリース!」

いつもと同じ、召還の技。 だが、今の彼女には沈痛な声しか出なかった。

さくら: 「私のだいじなカードさん達。これから、みんなにお願いがあるの... みんなの力をすべてあたしに貸して!」

いつもの主らしくない言葉に、さくらカード達は動揺し、直ちに 第一カードの 「ライト」 が実体化した。

ライト: 「どういうことですか。 何をなさるおつもりですか、さくらさん?!」
さくら: 「捕虜の人たちを救い出したいの。」
小狼: 「無茶だ!」
外祖: 「そうざんす! あんたにもしものことがあったら、カードさん達は どうなるざんす。 知っているはずだろう!」
さくら: 「でも、傷を負っている人にはすぐにでも、手当が必要よ。 そうでなくても明け方の寒さが厳しくなっている今、放っておいたら...」
小狼はため息をつく。 こういうことになったら、彼の最愛のガールフレンドは 引くことを知らない。
小狼: 「俺も行くよ。」
さくら: 「いいの。 それにあのカードは、一度に一回しか使えないし。」
小狼とホープは当惑した表情をした。 これから、大勢人がいる陣営地に 忍び込んで、捕虜を解放するのに使えるカード魔法って何が。 さくらは ミラーを召還する。 李外祖は喜んだが、ホープに耳を引っ張られて 悲鳴を上げる。

さくら: 「ミラーさん。 隊長さんが来たから、わたしの代わりをお願いね。」
ミラー: 「はい、さくらさん。どうか、お気をつけて。」

しばらくして、ミラーが隊長とともに神殿へ戻ってゆくと、さくらは心配げな 恋人と人形に微笑んだ。

さくら: 「外祖さん、その外套を貸してくださいね。 それから二人とも、 絶対大丈夫よ。」

突然、不思議顔の小狼に彼女は、抱きつき。頬にキスする。

さくら: 「小狼君、これから、ちょっとみっともないことするけど、許してね。」

さくらは、外祖の外套を着ると封印の杖を構えた。大きな魔法陣が再度輝き、 待機するさくらカードの中から一枚が、主の魔力に答えた。 その時、ホープは新たに召還されるカードを見てびっくりした。 小狼もまた、 そのカードの素性を見て、驚愕する。

ホープ: 「おおお、おねえちゃん、まったーっ。」
小狼: 「さくら、待ったー!!」
外祖: 「おおう、大〜怪獣!」

そこに輝いたのは 「ビッグ」 のカードだった。 そして、次の瞬間、カードが 巨大化させたのは?


用語

今回のタイトル 「銅の時代」 は、ギリシャ神話の 「金の時代」、 「銀の時代」、「銅の時代」 からつけました。 「金の時代」は神々が 人間とともにいる時代、「銀の時代」 は主要な神々は去ったけど妖精達が 人間とともにいる時代です。 でも、「銅の時代」 になると、神々も妖精達も、 一人だけいた人間びいきの神様さえも去ってしまいます。 その時代は、 人間が好き勝手を初めて、地上界を自分の都合で改変する時代なのだそうです。


次回予告: 時の彼方から



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