太古の娘

作者: deko

第11話: 夏の終わり

地表に数多くの発掘物件が露出している友枝丘陵の発掘現場では、 発掘作業員の服装が秋の色に染まっている。 いつものように、平板で 頑張っているのは、この二人。

千春: 「ねえ、山崎君。私たち、いったい何枚の図を書いたかしら」
山崎: 「さあねえ。 でも、一枚といえでもおろそかにはできないね。 もういいですよ! 容子さん。」

容子がポールを持って戻ってくる。 彼女の顔も日に焼けており、白い歯とは 対照的である。

容子: 「二人とも、ご苦労さま。 どれどれ、例の...」

三人は肩を落とす。

山崎: 「やっぱり、こうならざるを得ないんです。」
千春: 「やっぱり、足跡...」
容子: 「木之本先生に報告しなくちゃ。 はううううう、困っちゃう。」

千春が、クスッと笑いをこらえる。同様の山崎。

千春: 「その言い方、壱与さんそっくりですね。 あれっ! 壱与さんて、誰だったかしら?」
容子・山崎: 「知らないよ!」 千春: 「えっ...」 その時、発掘現場の事務所では、雪兎が、お茶の給仕をしながら、 パソコンに向かっている桃矢に話しかける。

雪兎: 「もう、だれも壱与さんて覚えていないようだね。」
桃矢: 「ああ。 おっそろしい娘だ。 それに、」
雪兎: 「それに、、何だい」
桃矢: 「お爺さまも、お爺さまだ。 彼奴らは、さくらを拐かした張本人なんだぞ!」

その妹思いの兄は、怒り心頭に発している。

雪兎: 「もうすぐ二人は、いや、正確に言うと一体の人形と、49枚の魔法の カードが一緒だったけど、帰ってくるよ。」
桃矢: 「いつだ?! おれは、あいつがあのガキと一緒と思うと、夜も眠れないんだ」
雪兎: 「李君なら、大丈夫。 あの子がさくらちゃんにとって、運命の人だって知っているくせに。」
ユエ: 「それに、このような会話はもう出来ぬ。」
ギクっとなって、桃矢は背後を振り返る。 そこにいたのは、 守護者ユエの目を表している親友だった。
ユエ: 「主が望まぬことを、放って置くことは許されない。 我らが主にとって、汝は真相を知っていてはならないのだ。」
桃矢: 「わかっていても... な。」

そこへ、事務所用のファックスが、受信を知らせる音を鳴らした。 間髪を 入れずに、桃矢は印刷文を見る。

桃矢: 「たまげたな...」


友枝町の丘の上にある遊園地。 メリーゴランドの近くで、大勇と偉望、 それから、壱与と真嬉おじいさんがいる。

真嬉: 「ここは、遊びにくるところです。 どうです、二人で行ってきたら?」

大勇と壱与は気恥ずかしいらしく、モジモジしている。

偉望: 「そうですよ。 あなたたちは、同じ境遇なんですから。」

大勇が、壱与の手を取って、観覧車の方へ走ってゆく。 残された老人二人は 優しい微笑みで見送る。

真嬉: 「同じ境遇といえば...」
偉望: 「私たちも、おなじですね。 お初にお目にかかります。 李家の家令、偉望と申します。」
真嬉: 「お互いに、大事な人を待っている老いぼれですな。」 壱与と大勇は観覧車に乗り、向かい合わせに座った。 彼らの眼下には大きな遊園地と 並んで天宮総業の建物と遺跡が見える。

大勇: 「壱与様、俺...」
壱与: 「一度、死後の世界を渡った以上、私たちは自由よね。 誰にも、 遠慮することなく好きなことが出来ると思っていたわ。」

大勇の見る壱与の背後には、邪国の遺跡が広がっている。

壱与: 「でも、出来なかった。 この世界が、小さな争いのない表向きは、 平和な世界だと解っていても...」
大勇: 「あの人、偉望さん。 一目で、俺の素性に気づいたんだ。 でも、怒ることもなく、黙って、部屋に通してくれたよ。」
壱与: 「そう... 真嬉おじいさんも、私には手を上げなかったわ。」 一方、偉望と真嬉の二人は...

真嬉: 「失礼ながら、ご家族は?」
偉望: 「中国に残してますが、今は、小狼様だけが私の家族です。 戦争、文革の大嵐、近代化と、苦難の人生でした。」
真嬉: 「私も、若い頃に大陸で軍務につきました。 今は、さくらちゃんの笑顔だけが宝物の、老いぼれです。」
偉望: 「なるほど! さくら様を深く心に宿して、慈しみなさる。 だから、壱与さんの本当の姿がご覧になれたのですね。」

真嬉は、懐から再会記念の写真を取り出す。 横から偉望も見るが、二人の 老人はそっくりの微笑みを浮かべている。 その老人達の前に、 小さな女の子が走ってくる。

女の子: 「ママーっ。早くしないと乗り遅れるよ! あっ!」

慌てていた女の子は転んで、手酷く膝を擦り剥いてしまった。 そこへ、 駆け寄った真嬉が優しく抱き起こす。

真嬉: 「おお、泣かない、泣かない。 お嬢さんは強いんだから」

偉望は懐からハンカチを出して、女の子の膝に巻く。

偉望: 「少々の、痛みは我慢なさい。 はい、痛いのはどこかへ 行ってしまいましたよ。」

その老人二人が娘を優しくあやすそのそぶりは、駆けつけた母親が気後れする ほどであった。


桃矢は発掘現場事務所で、難しい顔をしてファックス文章を読んでいる。

藤隆: 「どうかしましたか? 桃矢君。」

木之本教授が発掘品を入れた箱を手にして現場から戻ってきた。

雪兎: 「前々から気になっていた、『足跡』 の層位記録の解析が来ました。」
藤隆: 「で、中身はどうでした?」
桃矢: 「結論から言えば、今から1,700年前にあれは出来た。 偽物じゃないんです。」
藤隆: 「そうなると、山崎君の説に注目するべきですかな。」

室内の三人の困った顔。 窓の外から、雨足が聞こえてくる。 遠くには遠雷の音。

藤隆: 「夏も終わりですね。」


壱予は観覧車の中で大勇を見て話をしている。

壱与: 「結局、私の無い物ねだりだったのね。」
大勇: 「...」
壱与: 「言って! 「お前のせいだ」って! 言えないの?!」

悲しみに染まった壱与の頬には、あの神職の入れ墨が見える。 勢い余って 席を立つと、その反動で二人の観覧車が揺れる。 大勇は、彼女の言葉に応えず、 胸を押さえる。 そこは、彼が太古で斬られたところである。

壱与: 「言って! あたしのせいで俺は、命までも失いかけたんだと... 許して...」

壱与は跪き、許しを請うように手を胸に合わせている。 そこへ、 雷の閃光がきらめく。 同時に観覧車の電源が落ち、真っ暗になる。


大勇と、戦士隊長が雨の中で斬り合いをしている。

大勇: 「俺、小さい頃から壱与が好きだった。 国の掟で、同じ親戚同士じゃ 一緒になれないって分かっていたけど、壱与が女王様の養女になって、 神職を継ぐって聞いた時から...」

回想の中で、大勇は隊長に そう叫んでた。


大勇: 「壱与は俺のものだ! 誰にもわたさない。 たとえ、相手が神でも。 そう思っていた。」
壱与: 「私のせいじゃないって言うの?」
大勇: 「違う。これは、俺たちが生まれた時から背負った宿命なんだ。 偉望さんが言ってたよ。 人生には春夏秋冬がある。 たとえ短くとも、 それぞれに訪れる「その時」があるって。」

遠くから雨足が聞こえ、やがて、観覧車にも雨が降り注ぐ。

大勇: 「帰ろう。 例え待っているのが残り少ない秋でも。 俺のことよりも、小狼君のことが気がかりだ。 壱与も... えっ! 何だって?」

激しい雨音の中で壱与の声が震えていた。

壱与: 「おばあさまが... 亡くなられたの。 あたし、声を聞いたのよ。」


邪国と狗国との境の見張り台は、夜になって警備の兵隊が詰めている。

兵隊: 「今日も、狗国の連中は動き無しかな? ね、隊長。」
隊長: 「まあ、何もなければそれに越したことはないのだが... 何だ! あれは。」

隊長の指さす方向に、空中に、炎がポツンと浮かんでいる。

外祖: 「炎! 焼き払え。」

途端に、炎の線が延び、見張り台に命中すると、瞬く間に炎上する。 脱出して地上に降り立った兵隊と隊長の目の前には、 何百という数の篝火を持った兵士達の姿があった。

狗国軍の陣営地には、屈強の兵隊が密集し、その中で、狗奈王が満悦の顔で 酒を飲んでいる。

狗奈: 「愉快、愉快。麗呼婆あがくたばった以上、邪国の兵など、 「屁の突っ張りにもならん。」 なーんちゃってな。 狗何も そう思うだろ。」
狗何: 「は、兄者、ですが、油断は禁物ですぞ。 噂によれば、邪国の巫女は物の怪どもの信望を得ているとか。」
狗奈: 「と、同時に十三の可愛い娘だろ。 グフフフフ... わしの十三人目の 側女に欲しいーーーーっ。」

その傍らにいる軍団兵は、あくまでも無表情で並んでいた。


早朝、神殿の中庭には、美しい神職の正装をしたさくらと、 国の主だった人々が集まっており、公開の裁きが行われている。

老農夫: 「ですから、倅は麗呼様から戴いた農地の開墾をしなかったばかりか、 その分の納め物を私に押しつけたのです。」
農夫: 「いや、麗呼様から私が戴いたのは、荒れ地でした。水の便も悪く...」

さくらはウンザリしたように聞いている。 今日は訴えが多くて、 食事も作ってあげられないのだ。

侍女: 「壱与様! 居眠りしないでください。」
さくら: 「ほえええ...」

神殿の屋根では、カードたちが集まってその様子に聞き入り、 ホープはすっかり呆れている。

ホープ: 「あのおねえちゃんが、裁判か。 心配だなあ。 そうだ!」

周囲を回っているさくらカードの中から、ライブラ一枚が中庭に降りていき、 睡魔に襲われているさくらの目の前に現れた。

さくら: 「あっ、そうか。 ライブラ (小声で) 正しき者を指し示せ... 裁きを言い渡します!」

人々は神意に平伏する。 今のさくらは、まさしく統治者の風格をそなえている。


裁判を終わった、さくらが私室に戻ってきた。

さくら: 「遅くなってごめんなさい、小狼君。 おなか空いたでしょう。」

次の瞬間、彼女は凍りついたように立ちつくす。 李外祖がいたのだ。

外祖: 「やあ、おはよう。 クロウの後継者さん。」
小狼: 「さ、さくら!」

小狼が剣を構えているが、外祖の方は気にした様子もない。

外祖: 「ほう、李家の玉か。それは頼もしいね。」
さくら: 「な、何の用ですか?! ことと次第によっては許さないから!」

さくらは、背後のカード達を自分の方に集める。 いつでも、攻撃できるように する態勢だ。 それに対する外祖も、配下のカード達を側に置いている。

外祖: 「お嬢さん、狗国の、隣国の軍隊が攻撃を始めたよ。 いつもの年では君たちの方から戦端が開かれたのだが、出遅れたね。」
さくら: 「どうして...」
外祖: 「君たちに逃げる時間を与える為だ。 伝令は早くて、一時間は余計にかかる。 来たら、逃げることは出来ないね。」

そこへ、小狼が向かってくる。

小狼: 「風華招来!!」
外祖: 「震!」

震のカードが輝き、室内が振動する。 また、小狼の風魔法が暴走して 彼女を襲う。 その中でも、さくらはカード達を護り、足元にいるホープを 従えている。

さくら: 「私は逃げません! 壱与さんが帰ってくるまでは、 小狼君とともにここにいます。」
外祖: 「君は強情だね! だが、その性格は美しいな。 遷!!」
さくら: 「待ちなさい! ウッド! メイズ!」

しかし、外祖の方が早かった。 二枚のさくらカードは力を出すことなく、 空中で静止する。 急にホープが、さくらの前に飛び上がって抱きついてくる。

ホープ: 「おねえちゃん! ホープこわい。 みんなが怖くなるのが怖いの。」
小狼: 「人が人でなくなる。 どうしよう? さくら。」

さくらには、答えが出なかった。 出す暇もなかった。戸が開けられ、 武人が入ってきた。

戦士隊長: 「壱与様! 国境の見張り場が三つ、陥落いたしました。」


英国の航空機がウイングに入ってくる。

アナウンス: 「本機は、まもなく空港内ウイングに接続いたします。 ようこそ、日本国へ。」

美しい婦人が、頭上の荷物を取ろうとすると、臨席の少年が遮る。

エリオル: 「歌帆、そんなに慌てないで。」
歌帆: 「エリオル、心配なのよ。さくらちゃんと李君が。」

傍らの少女は黙っているだけであるが、人形のふりをしたスピネルを抱いている手は 落ち着きがない。

エリオル: 「ルビー、いや、奈久留。 君の方は楽しそうだね。」
奈久留: 「ええ! なーんか、面白い展開になりそうなの。 ビンビンに感じちゃうのよ」


次回予告: 銅の時代



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