作者: deko
友枝中央病院の ER (救急病室) では、看護師が壱与の状態を見ている。 周囲の 計器類は よくない状態を表示している。
賀田医師: 「まずいな、点滴を早めに始めよう。
それと集中看護を今日から手配してくれ。」
看護師: 「解りました。 先生、ラボから呼び出しです。事情を話せって大変。」
カルテを持って、賀田医師が出て行く。
看護師: 「ふん! 試験管の中身のことばかり。 青二才が! 肝心の患者さんの苦しみが解ってるのかしら」
壱与は、看護師の指摘どうり、かなりの汗をかいている。
多くの人が行き来している廊下に、賀田医師が出てくる。 そこで待ち構えていた木之本桃矢が親しげに担当医師に話しかけた。
桃矢: 「よ! なかなか似合うぜ。 クラス一の天才さん」
賀田: 「木之本。 実習生医師に冷やかしはなしだぜ」
桃矢: 「悪い悪い。で、彼女の具合はどうなんだ」
賀田: 「今日から集中看護。 かなり弱っているな。最初は熱射病かとも思ったが」
桃矢: 「...」
今の桃矢には、壱与について話すことが出来ない。
賀田: 「おまえの妹だろ。小学校から見ているが、
予想どおりの別嬪さんになったなあ。
ところで、院内ラボに呼ばれているんだ。 悪いが付き合ってくれないか。」
桃矢: 「な、なんでだよ」
賀田: 「自分の妹なら、知ってることも多いだろ。
(小声で) 発掘中に倒れたなんて、ブン屋に騒がれたいのか?」
邪国の神殿の祈祷所には樹脂の明かりがわずかに灯っている。 さくらと小狼が 向き合っている。 何か話がこじれているのだ。
さくら: 「だから、このままにしておけないのよ。 解ってくれるでしょう? 小狼君。」
小狼はため息をついた。 長い付き合いなので、こういう時の彼女の考えは 予想がついている。 二人の傍らには、優しい麗呼女王が納められた甕棺が 置かれ、明日にも葬儀が執り行われる予定だった。
小狼: 「ご恩返しだね。」
さくら: 「ありがとう」
窓の外の月が二人を照らし、周囲には虫の音が聞こえる。
邪国は次の朝を迎え、金色に輝く稲穂で覆われた水田を清々しい風が吹く。 神殿の 前庭では、一団の男たちが櫓を組んでいる。 その櫓の天辺にホープが 降り立った。 彼女の眼下では、巫女たちが舞いの練習をしている。
巫女: 「そうそう、その手を思いっきり伸ばして、壱与様!!」
どう、想像を逞しくしてもバレリーナはおろか、盆踊りの踊り手にも なれそうもない、さくらのドジぶり。 テンポも明らかに狂っている。
さくら: 「はううう。 難しいよう。」
巫女: 「壱与様、しっかりしてください。 そんなのでは、神々の
ご加護は得られませんよ。 神々の加護あっての邪国ですから。」
前庭の反対側では、甲冑を身につけた兵士たちが槍の訓練をしている。 また、 何人かの兵士が格闘の訓練をしており、小狼もその中にいる。
隊長: 「どこに目をつけている! 敵は敵だ。 人と思うな!」
小狼: 戦いか。 戦いって、ちっともかっこよくないし、苦しいだけだ。
指南役の隊長の剣が、彼の剣をたたき落とす。 喉元に剣が突きつけられて 勝負あり。
隊長: 「訓練はここで終わる。 だがな、大勇、戦はここでは終わらないんだ。 立て!! 壱与様を悲しませてはならん。 生き残るんだ!」
櫓の上から、みんなを見ているホープ。
ホープ: 「人間って、変なの。 解っていても、解っていないんだから。」
夜になって、神殿内の私室では何人かの巫女たちが、さくらの着付けを 手伝っている。 傍らでは、戦士の装束をまとっている小狼が見守っている。
巫女: 「お綺麗ですよ。 壱与様の髪がまた、何ともいえませんわ」
巫女: 「本当、取り入れ前の稲そっくりで夢の中にでも、迷い込んだみたいです」
だが二人は、戦士である少年の視線にたじろいてしまう。 彼は明らかに 不満を抱いているのが解る。 着付けが終わると、手伝っていた巫女たちは 早々に退室する。
さくら: 「小狼君。どうしてそんなに怒っているの」
小狼: 「怒っていない。」
小狼は視線を外そうとするが、彼女は真正面から見据えている。
さくら: 「おばあさまを、送る大事な儀式なのよ」
今のさくらは、白い装束と鮮やかな赤い袴をまとい、霊力を持った 勾玉の首飾りをしている。 その姿が、彼の知っているさくら以上に 大人びて見える。 そして、甘い芳香の香りが、小狼の頬を赤く染めてしまう。
ホープ: 「お兄ちゃん、赤くなってる」
出し抜けの、ホープの声に飛び上がって、小狼は外へ駈けだしてゆく。
ホープ: 「おねえちゃん、鈍感!」
さくら: 「どこが!ホープちゃん。」
ホープ: 「おねえちゃんが綺麗になったから、お兄ちゃん、寂しくなったのよ。
いつものおねえちゃんが、いなくなったみたいなのよ。」
次の瞬間、さくらは 「フライ」 のカードを召還して飛び出していた。
小狼は集落はずれにある古墳の葬祭殿のところで、息を荒げて 深呼吸している。 彼の眼前にあるのは、一度は崩壊したが、 再建された巨大な古墳で、足下から玄室に向って通路が延びている。 古墳の裾には、見覚えのある埴輪たちが並んでいた。
小狼: 「なぜ、なぜさくらを守りきれなかったんだ!」
彼の脳裏に21世紀の、発掘現場での戦いの情景が蘇ってきた。 彼は剣を抜き放ち、居合いの稽古に入ったが、その顔には、涙が光っていた。
友枝中央病院の ER には緊迫した情景が展開していた。 何人もの看護師が 出入りして、計器類の音と医師たちの声が飛び交う。
賀田: 「酸素飽和度 90 か、熱は、体温は下がらないのか! CT の
オーダーもしてくれ!」
看護師: 「体温39.8度。 血圧、下がりっぱなしです」
賀田: 「昇圧剤投与!」
廊下から、心配気に見守る桃矢。 そこへ、老紳士が通りかかる。
桃矢: 「お、、お爺さま」
真嬉: 「おう、桃矢君か。どこかね、遙かな世界からのお客さんは」
桃矢: 「あそこです。発掘中に倒れて・・。お爺さま。まさか、」
真嬉: 「私の方が、先に解ったらしいね」
真嬉は、そのまま、病室に入ってゆく。 慌てて、桃矢も後に続いた。
苦しんでいる壱与に対して、懸命の治療を試みる賀田医師と看護師たち。
看護師:「入室は、ご遠慮ください! だれか! 警備の人を」
真嬉老人は看護師の制止を振り切って、壱与の枕元に歩んだ。
真嬉: 「そんなものはいらない。 この子に必要なのは、安らぎだよ」
老人は節くれ立った、掌を壱与の額に押しつける。 驚いた賀田医師が 遮ろうとすると、桃矢が制止する。
賀田: 「木之本!」
看護師: 「先生! 酸素飽和度 98! 血圧上昇 80, 82,84... 急速に安定化していきます。」
賀田医師は憤懣やるかたない。 手荒く、監視機器の電源を乱暴に切り、廊下へ 出て行ってしまう。 残った看護師は、感心したように真嬉老人を眺めている。
桃矢: 「お爺さま。 この娘は。」
真嬉: 「桃矢君。この子は疲れているんだよ。 思いもかけない世界で友もなく、
独りぼっち。無理もないね」
看護師: 「体温、37.2 度。 血圧 105、ほぼ正常値へ移行中」
壱与の顔は、本当に安らかであり、混じりから涙が落ちていた。
壱与: おばあさま。 来てくださったのね、気持ちいい。
葬祭殿で小狼は、猛烈な勢いで動き回り、剣の稽古をしている。 一つの形から、 流れるように次の形へと。 しかし、小狼は疲れ切って仰向けに倒れるた。 その時、中国にいた頃の、剣の授業の光景がよみがえり、 偉望の声が聞こえきた。
偉望: 小狼様。最高の剣の達人は、いかなる時にも自分の心の平静を 確保するものでございます。
小狼: 「解っているよ、解っていたはずなのに」
さくら: 「小狼くーん!」
目を開けた彼の頭上に、赤い袴がそのまま被さるようにさくらが 降りてきた。 小狼の反応から、その視線の先について気づいた さくらは 真っ赤になって彼から飛び退いた。
さくら、小狼: 「あ、あのーーっ」
上空には、ホープやカードたちが集結している。
ホープ: 「二人とも、変なの。 なに赤くなってんの」
ライト: 「ホープ!」
知のカード: 「やがて、二人は... いいなあああ」
サイレント: 「沈黙は美しいのよ。私語禁止!!」
ダーク: 「賛成!」
ダークから広がった闇が、カードたちを包み込んでしまう。 二人は、 祭壇に作られた席に腰掛ける。
さくら: 「あたし、早く帰りたいのよ。」
小狼: 「そんなことないだろ! ここはここで平和じゃないか」
さくら: 「ううん。 この世界は壱与さんの世界よ。 私たちの世界じゃないわ。
小さな国同士が覇権を争って、行事のように戦争を繰り返している。
でも、麗呼女王様は、ここで生まれ、ここで成すべきことをやり終えた。
あたし、女王様が、おばあさまが大好きだった」
小狼: 「だから、壱与が帰ってくるまで、この国を守るつもりなんだね」
さくら: 「逃げたいわ。 でも、ここの人たちを放っておいて、
私たちだけなんて生きてはゆけない。」
小狼: 「さくらはやっぱり、さくらだな。 一本道を全力疾走で駆け抜ける。
俺やカードたちを後ろに引きずって。」
さくらはクスッと笑い、小狼の頬にキスする。
さくら: 「そうかしら! ことの起こりはあの、外祖さんよ。 あたし今度こそ とっちめて、引きずってでも未来へ連れて帰るんだから!」
小狼はぞっとする。 この娘は、猛々しさも内に秘めていたのだ。 そこへ、 二度目のキスがやってくる。
さくら: 「それが終わったら... ほええええ! あたし、夏休みの宿題手つかずだった!」
小狼は呆れる。 まったく、感情の起伏の激しい娘である。 こんどは、 彼の方から、彼女の頬にキス。
小狼: 「雪兎さんに聞いたけど、その年中行事、まだやってたの! 知ーらない!」
さくら: 「年中行事じゃないわ! 夏の風物詩。 もう、小狼君のいじわるーーっ」
しばらく経って、ダークが闇の結界を解除しても、二人のじゃれ合いは続いていた。
隊長: 「壱与様。 このようなことは」
さくら: 「おばあさまは、いえ女王様はお花の大変好きな方でした。
お慰めするには、この方がよいのです」
隊長: 「し、しかし。昔からの言い伝えでは」
さくら: 「殉死の身代わりに女王をお守りするのは、外の土人形たちの役目です」
隊長は平伏しながら、心酔する主を見ていた。
さくらと小狼も野良着姿で、神殿の中庭に集まった人々に混じっていた。
さくら: 「さあ、みなさん、時は来ました。 稲を取り入れましょう、大地の精霊は私たちの稲を護ってくださいました。 いまこそ、彼らに感謝し収穫しましょう。」
一斉に人々は、水田に向かって行進する。 彼らの顔には、収穫の喜びがある。
小狼: 「本当に、さくらか?」
さくら: 「本当、疲れるのよ。からかわないで、小狼君ったら。」
巫女: 「えっ、壱与様。何かおっしゃいましたか?」
さくらと小狼は引きつった笑いでごまかす。 そのまま、巫女を残して、 近くの田んぼに駆け込んだ。 石の包丁で、稲穂の先だけを収穫するのだが、 誠に難しい。たちまち、人々が集まって、ワイワイ話の輪が咲くのであった。
友枝中央病院の ER も朝を迎え、窓から朝日が差し込んできた。 ベッドの中から、 壱与は静かに景色を見つめていた。 その傍らでは、真嬉老人の寝顔。 彼はあのまま、 一夜を彼女の看病にあててしまっていた。
壱与: 「ありがとうございました。 お爺さま。」
ベッドから立ち、毛布を老人に掛けてやる姿は、本当の孫娘の ようである。 廊下には、数少ない知り合いたちが夜を 過ごしていた。 知世に千春、山崎君に奈緒子、そして、本当の祖父と孫のような 大勇と偉望もいた。
壱与: 大勇、帰るときが来たわ。 こんなことに巻き込んで許してね。
知世: 「壱与さん。お寝覚めですか?」
壱与: 「ええ。 みんなに心配かけてごめんなさいね」
知世: 「よかった! 皆さんを起こさなくちゃ」
壱与: 「待って!知世さん。ちょっと、待ってちょうだい」
怪訝な顔の知世に、壱与は近ずいて肩を抱きかかえる。 優しい仕草であったが、 知世の驚きは別である。
知世: 「あの、壱与さん。どうなさいました」
次の瞬間、二人の真下で、力の波動が高まり、力の場が、結界が形成された。
壱与: 「思い出して。 私と出会ったのは、本当の出会いはいつだったの?」
知世の目には、壱与の姿が見入る見る内に変化してゆく。 亜麻色の髪の少女へ、 緑色の瞳と元気が取り柄の少女へ、そして、黄金の獣と凄まじいほどに美しい ヒトの形をした、守護者を従えた少女が浮かび上がった。 目の前の女性は、 明らかに彼女の親友ではないのだ。
知世: 「さくらちゃん! あ、貴女は誰ですか?!」
壱与: 「私は、邪国の壱与。 遙かな時の世界の住人だったわ」
夜になって、耶国の神殿の中庭に設営された櫓舞台は、 神々と精霊を讃える巫女たちの舞踊と祈りで盛り上がっていた。 はらはらする 小狼の前でも、なんとかさくらは、みんなの動きについてる。
小狼: 「何とかなったか! はらはらしたよな、ホープ!」
ホープは小狼が、食べているご馳走を羨ましげに見ている。 そこへ、 踊りを終えたさくらが帰ってくる。
さくら: 「どうしたの? 二人で戦争!」
ホープ: 「ちがうもん! お兄ちゃんが食いしん坊だって思っていたの」
さくら: 「まあ! でも、働いたんだからいいでしょう。」
ホープ: 「あたいも、ケルベロスみたいにご飯食べたーーい!」
一家の上空では、さくらカードたちが新参のカードを中心に舞っていた。
視のカード: 「どうやら、一波乱ありそうですね。」
ダーク: 「外祖のこと?」
命のカード: 「いえ、これからは、人間の戦いです。
まったくもって、おぞましい限りです」
ミラー: 「でも、きっと 『なんとかなるよ』 ですね。
私たちの主様の言葉によれば」
ライト: 「そう信じたいわ。 でも、これからは人間の、大人の争いよ。
だから、私は怖いの...」