太古の娘

作者: deko

第8話: 命と未来

大勇の家の囲炉裏端では小狼が、柔らかな寝具に包まれて眠っている。 傍らにいる老女が、時々様子を見ながら、額の汗を拭う。

小狼: 「さくら...」
麗呼: これも全て、私のせいだわ。そして、この子が去ったなら...

月明かりに照らされ、丘陵地帯に点在する人家がボンヤリ見える。 人の手が 入ってない景色は、圧倒的に森が占めている。 素晴らしいスピードで、 「シャドウ」が走り抜ける。その上空をさくらが追って行く。

さくら: 「早く、早くしないと小狼君が」

高速で、木の頂上をを、それすれに飛び抜けると、そこには小鳥の巣があった。 巣が、凄まじい風にあおられて傾き、バランスを崩したひょうしに、 二羽の幼鳥が放り出される。 さくらの懐で、「声」のカードが反応する。

ヴォイス: 「主様!! 大変です」

慌ててさくらは、旋回して、一目散に駆けつける。 そして、地面すれすれで 幼鳥を抱きとめる。

さくら: 「よかった! ごめんね。ひな鳥さん」

そのまま、彼女は 「樹」 を召還する。 ひな鳥を巣に帰すように 「樹」 に 頼んだが、そのまま彼女は動こうとしなくなった。 傍らでは、「シャドウ」が 引き返して、彼女の命令を待っている。

さくら: 「ミラーさん。」

ミラーが召還され、腑に落ちない顔で、主の前に立つ。

ミラー: 「どうなさいました、さくらさん。急がないと、小狼様が...」
さくら: 「今のあたしって、どこかおかしいのかなあ」
ミラー: 「えっ どういうことでしょうか?」
さくら: 「今のあたし、どこか変だよ。 小狼君があんなに苦しがっているのに...」

ミラーには分かっていた。 何度か心を写した主としてではなく、 心を許せる友人として。

ミラー: 「怖いんですね、李外祖と逢うのが。もしもあの魔導師が、小狼様を救えないのではないかと」

さくらは、彼女の指摘にうなずいき、弱々しくミラーの膝にすがりつく。

さくら: 「こわいの! そう、怖くてたまらない。 小狼君にもしものことが あったら、あたし生きていけない」

彼女の懐から、さくらカードたちが宙に浮揚して取り巻き、 その中からライトが実体化する。

ライト: 「では、第一カードとして伺います。 貴方はその時に、 私たちをどうなさるおつもりですか」

さくらは思いもかけない詰問に驚く。

ミラー: 「また私たちは、主を失うのですか。 前のように、 勝手気ままに動いて、人々に災いをもたらす。やがて、全ての力がなくなると、 私たちは動けなくなり...」

恐ろしい情景が、さくらの脳裏に蘇る。 それはカードたちにとって 余りにも無惨な結末だ。

さくら: 「やめて、そんなのやだよ。そんなの酷すぎる」
ライト: 「私たちの何枚かは、小狼様をも、お慕いしています。 仮にも一度は主に選んだ方ですから」
ビッグ: 「あなた達が幸せなときは、私たちも幸せなんです。 ケルベロスも ユエもみんな、貴方の幸せの力を戴いているんですから」

その言葉によって、うなだれていたさくらの瞳に光が戻り始めた。

さくら: 「そうだね、あたし。クロウさんと約束したんだから。 みんな、ごめんね」

さくらカードたちが、彼女の周りを乱舞し、嬉しさに溢れた歓声が 聞こえてくる。 やがて、彼女は待っている 「シャドウ」 にうなずく。 次の瞬間、「風」 のカードが輝し、途端にカードたちは離散してしまう。

さくら: 「えっ! 逃げろ?!」

天空から一筋の光が輝き、さくらの元に猛烈なスピードで飛び込んできた。 彼女は抱き留めきれず、もんどり打って、したたかにお尻を打つ。

さくら: 「いたたたた...! ホープちゃん!」

彼女の腕の中には、ボロボロのさくら人形がいた。

ホープ: 「おねえちゃん... 逢いたかった」


周囲の人々が、伸びやかに心から休日を楽しんでいるその時、21世紀の 友枝町内商店街では、天宮真嬉老人がゆったりと歩いている。 彼の傍らには、壱予が歩いている。

真嬉: 「どれ、ちょっと休みませんか?」

道に面したコーヒーハウスに入って、一息入れると、壱予も大人しく従う。 二人は周囲の人々ともしっくり溶け込んでいる様子で、仲のよい孫娘と 祖父に見えた。

真嬉: 「どうですか? この世界は。」 壱予: 「はい、皆さん働かなくていいんですか。 そろそろ稲刈りに 差し掛かる頃ですけど」
真嬉: 「はは、みんなが稲刈りに行ったら、誰もいなくなってしまいますよ」
壱予: 「それから、お爺さまは、お幾つですか。とても若く感じるんですけど」
真嬉: 「今年で、七十八になります」
壱予: 「そんなに! 私の大叔母は四十もいってませんのに。」

そこにウエイトレスが茶菓を持ってきた。 真嬉老人は立ち上る香りに安らいでいる。

真嬉: 「ちょうど、貴女のいらっしゃったころから、人間の生活は 大きな曲がり角を迎えたのです」


外祖は宮殿の地下室に与えられた部屋の中で、机に座って ボンヤリしている。 手元には、なにやら赤いお酒の壺と肴。

外祖: 「美華。 嘘でしょうねえ、革命の中で、貴女は恋人とともに アメリカへ逃げた。 逃げた。 嘘でしょう」

傍らでは、外祖カードたちがとぐろを巻いている。

炎のカード: 「あーーっ、また始まったよ。 いい加減にしてほしいなあ」
命のカード: 「典型的な躁鬱病だ。 今はひどい鬱状態だから、落ち込むのも無理はない」
遷のカード: 「金印は捕ったものの、真っ赤な偽物。 彼女には逃げられる。 こんな過去に漂着して、魔法の秘石は取り上げられて、慰み者」
学のカード: 「元気になってほしいなあ」

一枚のカード(視)が、強い力に感応する。

視のカード: 「およよ! 来たぜーーっ。 スゲエ 「力」 の持ち主だ」
震のカード: 「お前の透視していた、未来の血縁者か!どんな、どんな野郎だ」

空間にさくらの姿が、視によって投影される。

カード達: 「ま... マブイ。美しい、可愛い。 こっちの方がいい!!!!」
炎のカード: 「だが、俺たちの主に対して、害意を持っているなら 近づけちゃならん。 遷!!」

遷のカードが仲間に 「力」 を投げる。 すると、彼らは次の瞬間、消えていた。

その時、集落の外側の環濠では、さくらとホープが身を潜めている。 傍らには 「シャドウ」 が黙って行く手の宮殿を指し示している。

ホープ: 「おねえちゃん。 はい」

ホープの身体から封印の鍵が現れる。

さくら: 「ありがとう。ひどい傷、痛くない?」
ホープ: 「平気」

その時、二人は強い力に気付く。 中天にある月に照らされて、小さな モノが浮遊しているのが見える。 さらに、炎の塊が生まれ、回転しながら 向かってきた。 さくらは間一髪逃げることが出来たが、ホープは炎で手が 焦げてしまった。

ホープ: 「おにょれーーー。あちちち」
さくら: 「星の力を秘めし鍵よ。 真の姿を我の前に示せ! 契約のもと、 さくらが命じる! レリーズ」

魔法陣が発声し、攻撃をしていた外祖カードたちは驚いた。

炎のカード: 「クロウか! いや、この紋様は違う。 何者だ」
さくら: 「ウォーティ! かの炎を押さえ込め!」

「水」 のカードが召還され、空中で水と炎の対決が繰り広げられる。

震のカード: 「おのれ! 大地を引き裂き、地の底へ落ちろ! どすこい!!」

たちまち、地割れが走り、周囲の民家からは住民の悲鳴が聞こえる。 さくらは 「跳」 のカードを召還して空中に逃れながら、懐から 「地」 の カードを取り出す。

さくら: 「アーシー (地)! 震えし大地を守り抜け。」

大地のひび割れが、瞬く間に消えてゆく。 明らかに相手が強すぎ、外祖カード軍は 形勢的に不利だった。

宙のカード: 「えーと。 この大きな石を持ち上げて」

宙のカードが必死になって光り輝き、大石を移動させようとしているところへ、 ホープがやってくる。 ホープの身体から、白い力場が放射され、宙のカードは 気絶して、地上に落ちる。

ホープ: 「どう、おねえちゃん。」 さくら: 「危ない!」

ホープの頭上で大岩石が実体化する。 「遷」 のカードの仕業だ。 そして、今にも落下するところである。

さくら: 「ウィンディ! イレイス! ソード!!」

「風」 はいつものように疾風のごとく駆け寄り、優しくホープを助け上げる。

さくら: 「たあーーーっ」

剣を構えて、さくらが大岩石に突っ込んでゆく。 無我夢中で剣を振るうと、 岩は幾重にも切断されて落下する。 さらに、「消」 が、何本もの手を 動員して片っ端から、岩を消滅空間に投げ込む。

さくら: 「いくよ、ホープ! スルー (抜)! ダーク (闇)!!」

狗国を襲う大混乱の中、さくらとホープ、カードたちが宮殿に向かって 降下してゆく。

宮殿の地下室では李外祖が机に突っ伏している。 背後から現れた人形の 手が、肩を揺り起こす。

外祖: 「う...」 (どんより曇った眼差し)
ホープ: 「起きて。酔っぱらいのおじさん」
外祖: 「あん... げっ、負のカードか」
ホープ: 「あたしはホープ! おねえちゃんは、あたしをそう呼んでくれるもん」
外祖: 「そうか。それはよかったなあ」 と、机上の酒壺を手探りで探す。
さくら: 「ショット (撃)!」

カードの放った力が、酒壺と容器を粉々にする。 灯火の影から、 杖を持った少女が現れた。

さくら: 「李外祖さんですね。 お願いです。 小狼、李小狼くんを助けてください。」
外祖: 「な、何をする。 えっ李、李家の者か。 そうか、とうとうこの世界に 来てくれたんだな!」

彼は、あわてて隅の方にある瓶のところへ走る。 瓶の中身は水であり、 頭から突っ込んで酔いを覚まそういうのだ。 水をたらふく飲んだ外祖に、 さくらは 「幻」 を使って、今の小狼の姿を映し出す。

外祖: 「あ、あの坊やに憑依したのか。 だめだよ、私の力じゃ無理だ。」
さくら: 「どうして! あの傷は貴方が治療なさったのでしょう」
外祖: 「無駄だ。あの子はどのみち死が近い。 だからこそ使えたんだ。 壱予を 終わりのない憎しみに駆り立てるためにもな」

さくらは目の前の男の豹変に驚く。 先程とはあまりにも違う言葉遣いなのだ。 いつの間にか、二人の傍らに、外祖カード達が集まっていた。 さくらカード軍団に こてんぱんにやられ、逃げ帰ってきたのだ。 彼らは、仲間内で 言い争い、三枚のカードが別行動をとり始めた。 彼らが外祖とさくらの前に 現れると、李外祖は怒りの表情を浮かべた。

命・学・視のカード: 「我が主よ、もう貴方のやり方にはついて 行けません。 新しい選択をお許しください」
命のカード: 「お嬢さん。貴方たちを、この世界に落とし込めるために、 我が主は、強い力をもった貴方達を誘い込むために、彼の命を弄んだのです」
学のカード: 「壱予お姉さんは、大勇さんと将来を誓っていたんだ。 でも、次の巫女として結婚は許されない。」
視のカード: 「そこで、大勇さんが殺されるときに、私を使って 貴方達の姿を壱予さんに見せつけたんです」
学のカード: 「壱予さんは、非常に強い力を生涯持ち続け、21世紀になっても 貴方達に発見されるまで、この世に未練を残していました。 安らかに、 なれなかったんです」
さくら: 「そうだったの。かわいそうな人」
ホープ: 「じゃあ、小狼のお兄ちゃんは」
命のカード: 「壱予さんが願っているのは、大勇さんとの時間です。 そのために、替わるに必要な身体の持ち主を貴女と同じく 必要としたのです。 壱予さんの心を惑わせるためにも、私たちの主に とっては命さえあれば、死にかけようとも良かったのです」

さくらには、この男の素性が分かった。 この男は小心者でありながら、 残忍で自分以外の人間を利用することしか頭にないのだ。

さくら: 「そして、自分が未来へ帰るためにも私たちが 必要だったのね。 強い力を持った私たちが!!!」
外祖: 「私をどうするつもりかね。クロウの後継者よ」

今の李外祖は太々しい面構えである。 とてもさっきまで酒に身をまかせた 本人とは思えない。

さくら: 「許せない! この世界から出るために、私たちを誘い込むために、 壱予さんの心を弄んだ貴方を許さない。 そのために小狼君は苦しんでいるのよ」

その怒りが隙を作ってしまった。 彼女が気付くと外祖の姿が薄れつつあった。

外祖: 「お馬鹿なお嬢さん。 また逢いましょうか。 遷!」
さくら: 「ウッド! かの者を捕らえよ」

「樹」 の手が届く前に、外祖は自分のカード四枚とともに、 壁の中に消えていった。 狗国の上空には、下界の人々の声も吸い込むかのように闇が 広がっている。 意気消沈したさくらが、ホープやカード達とともに狗国から 離れようとしていた。

ホープ: 「おねえちゃん。元気出して」

さくらは、みんなの声さえも聞きたくないとばかりに、耳を塞いでいた。 悲しみに打ちひしがれて、彼らは帰途についた。


友枝町のマンションの一室では掃除機がうなりを上げている。 大勇が 一生懸命に掃除をしている。 ドアにノックがあり、返事を待たずに 偉望さんが顔を出す。

偉望: 「大勇さん。 私、ちょっと所用が出来ましたので、出掛けます」
大勇: 「はい、偉さん。 気をつけていってください」

老人がいなくなると、大勇は掃除機を停める。 しばらくして、 書架に歩み寄り、そこに飾られた熊の人形を取り出す。

大勇: 「生きててくれよ... 小狼君」

窓の外には、夏の雲が沸き上がっていた。


さくらとカード達は大勇の家に戻ってきた。 ずっと、灯火が灯されていたらしく、 熱気が残っている。

さくら: 「小狼君!」

彼女が、恋人のもとに駆け寄るのを感じて、麗呼が目を覚ます。

麗呼: 「お帰り。どうだった?」

さくらは、麗呼の表情に首を横に振るしかない。 幸い、小狼は安らかな 寝顔でいた。 そのまま、彼女は横になり、恋人に寄り添ったまま、 眠りに入っていった。


朝を迎え、爽やかな風が丘陵地帯を駆け抜けてくる。 水田の稲穂が、 重々しく垂れている。 大勇の家では、さくらが小狼の肩を支えて、 給仕をしている。

さくら: 「大丈夫? 喉を通るかしら」
麗呼: 「貴女の言うとうりに、柔らかくしたんだけど」

さくらは炊かれた米を、自分の口で一度咬んでから戻し、掌に盛って差し出す。

小狼: 「あ。ありがとう」

小狼の姿はあまりにも痛々しい。

さくら: 「おばあさま、小狼君に力を有り難うございます」
麗呼: 「本当に、僅かな力よ」

女王自身、かなりの疲れを見せているらしく、足下がふらついている。

麗呼: 「鬼道の極意に、『眠りし者に力を宿し、操り給え』 というのが あるの。 それでも、全然足らないわね」

なんとか愛妻料理を食べ切った小狼だが、身を横たえても苦痛は ひどくなるだけだった。

小狼: 「さくら。 さっきホープと話してたんだろ。 あの外祖カードが...」
さくら: 「言わないで!」
小狼「俺は... ずっとさくらといたい。 どんな世界でも、一緒にいられれば それでいい。 でもこんなのは.イヤだ」
さくら: 「李君。 あたし、あたし、こわくて出来ないよ」
小狼: 「おれの... 大切な... さくら。」
さくら: 「小狼君! あたしにやれと、いうの。 そ、そんなのイヤだよ。」

小狼の胸で泣きじゃくるさくらはただの女の子だった。


夕刻の友枝丘陵の遺跡発掘現場で、木之本教授が歩き回っている。

藤隆: 「違う、違うんだ。 ここじゃないんだ。 だけど、ここしかあり得ない」

遺跡を横断するように木杭が打ちつけられた反対側からも人影が来る。

藤隆: 「桃矢君。 君も気が付いたんですか」
桃矢: 「ええ。 俺には、妹がいました。貴方の大切な娘が」
藤隆: 「大道寺さんと仲良しの、あの壱予さんじゃありませんよね」
雪兎: 「その通りだ」

突然、雪兎が現れる。 その腕にはケロを抱いている。

藤隆: 「月城君。どうして...」
桃矢: 「ユキ! いや、お前はユエとして喋っているな」
ユエ: 「クロウの血を受け継ぎしものよ、汝らの娘は必ず戻る、 終生の伴侶と供にな」

雪兎の姿でありながらユエの目を持った守護者は、中天の美しい三日月をじっと 見つめていた。


邪国でも夕刻になり、三日月が下界を照らしている。 畑の鈴虫の鳴き声が 聞こえてくる。 土間の寝床では、小狼が横たわっていた。 上半身がはだけられ、 大きな裂傷がむき出しになっている。 さくらは封印の鍵を手にして、 沈痛な表情を浮かべ、傍らではホープが寄り添っている。 三枚の外祖カード、 命、学、視が浮遊し、「命」がさくらと話し合っている。

命のカード: 「そうです。 私たちの鎖 (くびき) を解き放ったら、 すぐさま貴女の配下にしてください。 その後、私に全てを委ね、 命じてください」
学のカード: 「ぼく、物事の学びを司りますから、 頼りになりますよ。 新しい主様」
視のカード: 「私なら、前の中国でもやりましたが、 特売日のチラシなんて、いの一番に知ることが出来ますよ」

さくらは苦笑する。 この三枚のカードがもう好きになっているのだ。

さくら: 「いいのね、私たちと一緒になって」
命のカード: 「はい。李外祖は、確かに私たちの創造者です。 ですが、 私たちの心を汲んではくれませんでした」
ホープ: 「おねえちゃん、月が南中した。 今がその時よ」

さくらは杖の召還呪文を唱え始めた。

さくら: 「星の力を秘めし鍵よ。 真の姿を我の前に示せ! 契約のもと、 さくらが命じる! レリーズ!」

巨大な力が迸り、巨大な魔法陣が家の全域を占めて輝き、さくらカード達も さくらの右側で、一丸となって輝き出す。 その光が、封印の杖の中に 吸収されると、前に一度だけ変化した新しい杖に変わり、凄まじい力を 放出した。 さくらの細い優美な腕では変化した杖を支えきれない。

さくら: 「だ、ダメ...」

さくらは大きな力に負けそうになったが、そこへ部屋の隅からの麗呼の 力が到来する。 たちまち、物の怪どものうなり声が反響する。

麗呼: (彼らは貴女を助けたいのよ、お願い。怖がらないで)
さくら: (はい。 ありがとう。)
ホープ: 「今よ、さくらカードの主よ」

同時に、ホープの身体から、「負」 のカードが分離する。

さくら: 「負のカードよ、汝の力を解き放て!!」

負のカードから、白い力場が導き出され、三枚の外祖カードを包み込む。 次の瞬間、外祖カードの紋様が全て白紙に戻った!

さくら: 「主無きカードよ、古き絆を断ち、生まれ変われ、新たなる主。 さくらの名の下に!」

「学」が、「視」が、そして、「命」のカードがさくらカードの紋様に 生まれ変わった。 小狼の身体の中から魔法陣が浮かび上がり、 膨大なエネルギーが充ち満ちる。

さくら: 「ライフ!」

「命」 のカードが力強く脈動を始め、心臓の鼓動のように明滅する。 すると、魔法の杖が、空中に飛び上がり、静止する。

ライフ: 「さあ、我が主よ。 貴女の手で、癒しの術を」

さくらの手は、柔らかな光に包み込まれている。 そして、彼女の手が 少しずつ小狼の傷を撫でながら動くと、醜い化膿した傷口が、 ピンク色に染まり、中に埋め込まれるように消えてゆく。


21世紀の友枝丘陵に、人間には見えない巨大な力が夜空に 吹き上がっていた。 高台に眠る 「時」 「替」 「盾」 の力と共鳴し合って、 その力は月に向かって伸びていた。 真の姿のユエとケルベロスが 見守る中でその力は輝き、そして、突然消える。

ユエ: 「消えた。」
ケルベロス: 「さくらが、ごっつう大きなことをやったんやなあ。 ああ、 なんであの時、助けられへんかったんや」
ユエ: 「じきに戻る。」
ケルベロス: 「何でや、なんで、そう言い切れるんや」
ユエ: 「信じているからだ」


天宮総業の独身寮にある壱予の部屋では壱予がベッドの中から、 天井をにらんでいる。 彼女の瞳から涙があふれている。

壱予: (いやよ! あんたは、そこで私の身代わりなんだから。 帰ってこないで、お願い)


寝床の小狼が、ゆっくり目をあけると、一人の女性が涙を流しながら 待っていた。 彼の声を!

小狼: 「ありがとう... さくら。」
さくら: 「小狼君!よかったわ!!」

さくらは小狼の胸にすがりながら抱きつき、小狼もそっと抱き返す。 頬と頬と 合わせながら、二人は幸せを感じた。 部屋の中には、主の幸せを喜ぶ カード達が飛び交っていた。 新しき仲間も一緒になって。


次回予告: 旅路の果てに

用語解説

月の南中 天文学用語。 地球の自転に於いて、北と南を結ぶ仮想の 線上に到達することです。当然、最も高度が高くなります。

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