太古の娘

作者: deko

第6話: 遙かな時のすがた

暗い板張りの室内では、寝かせられた女の子が苦しそうにあえいでいる。

その少女は、さきほど、古墳建設現場で崩壊事故に遭い、 大きな丸太や、それが支えていた土の壁がに押し潰されていたのだ。 そのさなかで、少女が 「い、いやーーーーっ」 と叫ぶと、 体の中から光が拡がり、光に包まれた彼女は、土に呑まれながらも、 懸命に丸太を支えていた。


昼間になり、さくらは汗まみれで目を覚ます。 外の光がキラキラ輝き、蝉の鳴き声も 聞こえてくる。

さくら: 「蝉。鳴き声」

彼女は風通しのよい板の間に横たわっていた。 掛け具 (寝具) をめくって、 立ち上がると、自分の着ている衣装に気付く。 彼女が着ているのは、「貫頭衣」 だった。

さくら: 「この服。」

おずおずと歩いて、外の戸を開けるとそこには丘陵を見下ろす景色が拡がっていた。


邪国・集落の神殿にて、さくらは、高床のベランダらしきところを 歩いている。 途方に暮れた顔つきで、小さな集落を見る。 明らかに21世紀の 姿ではない。

侍女: 「あっ! 壱予様。 みんな! 壱予様が起きられたわ」

同じように貫頭衣を来た女の子が駆け寄ってくる。 同時に老若男女の一群が 押し寄せてくる。

人々: 「壱予様! ほんにご無事でよかった。よかった」

もみくちゃにされるさくら。 あまりのことで、自分の名前が違っているのに 気付かない。 そこへ、かなり老齢の婦人が供の肩を借りながら、歩いてくる。 一斉に、人々はさくらから離れ、床に膝を突いて臣従の構え。

麗呼: 「案じていましたよ。壱予」
さくら: 「ほえ?」
麗呼: 「まあ、どうしました。 この婆を忘れましたか。 貴女の大叔母を」

さくらは何と答えていいのか解らない。

麗呼: 「まあいい。今宵はゆっくり休みなさい」 さくらを部屋に誘う。

麗呼: (まずは、しっかりと体力をつけなさい。未来のお嬢さん)

唇は動いていないのが、さくらにも分かる。

さくら: (その声は!)

老婦人の顔に微笑みが拡がる。 部屋の戸を閉める間際に再度、心の声で 話しかけてくる。

麗呼: (貴女のお名前は?)
さくら: (さくらといいます。)

麗呼は同時に桜の花を思い浮かべる。

麗呼: (ああ、あの春に咲く、木の花と同じ名前なのね)

さくらの目の前の人物は、額のしわが深く刻まれ、かなりの高齢だった。


21世紀の友枝丘陵、天宮総業の独身寮。 ホープは、背中の羽根が取れかかり、身体に裂け目が入り、 中の綿が見えた状態で雨樋をつたって降りて来る。

ホープ: 「と、知世おねえちゃん」

ホープは 窓の外から知世の部屋をうかがうが、あわてて引っ込む。 室内には、 黒い髪の少女がいる。

知世: 「いかがですか。壱予さん。 我がデザインながら、パーぺキの 出来映えですわ」
壱予: 「う... うん。 この飾りきれいね」
知世: 「フリルと仰ってくださいな。 ああ! この衣装で大勇くんと 結ばれたなら、人生最高の誉れですわ」

窓の外では、ホープの呆然自失。 その際に、わずかなエネルギーが 漏れだしたらしい。

壱予: 「(来たな!) 知世さん、後は明日でいいわ」
知世: 「ええ!そんな。」

壱予が豪華衣装のままで外へ踏み出そうとすると、知世は必死に止める。

知世: 「仮縫いですよ。お止めになって!」

その隙に、ホープの頭上から大きな影が覆い被さる。 壱予が窓を開けると、天空の月を大きな獣が遮っていた。 さくらカードの守護者、 封印の獣 「ケルベロス」 がそこにいた。

ケルベロス: 「大丈夫か。ホープ」

彼の背中には、ボロボロのホープが載っている。

ホープ: 「ありがとう。ケルベロス」
ケルベロス: 「やはり、さくらはいないんだな。 それどころか、みんな、 わてらのこともわからへん」

下の方から、「審判者」ユエが上昇してくる。

ユエ: 「どうだ、ケルベロス。」
ケルベロス: 「あかん。知世もクラスのみんなも、さくらのことを覚えておらへん」
ユエ: 「桃矢も彼の父親も、あの娘を自分の娘と思っている」
ホープ: 「あたいがいけないんだ! おねえちゃんの前から逃げた。 ごめんなさい!」
ケルベロス: 「泣くな! お前の悲しい顔は、さくらが一番嫌がっていたことだ」

それまで、目を閉じていたユエ。 掌を合わせると、小さな光が宿る。

ユエ: 「感じる。 我が配下の 「時」 の力が月に向かって伸びている。」

ユエは翼を翻し、一直線に降下していく。 あわてて、ケルベロスも後を追った。


邪国の水田では、夏の日差しを一杯に浴びて、稲穂が風にそよいでいる。 腰をかがめて農作業に従事している娘たちは雑草を除いている。

さくら: 「痛い!」

水田の稲穂の先が、彼女の目を突いたらしい。 たちまち、周囲から人々が 集まってくる。

侍女: 「大丈夫ですか? 壱予様。 (服の端に唾を含ませ、さくらの眼元に押し当てる)」
さくら: 「うん。ありがとう」
男: 「壱予様は、イネ作りが苦手やなあ」
女: 「あんたーーー!(男に拳骨) 壱予様、お水をどうぞ」

さくらは、差し出された竹の水筒を受け取る。 目の前の夫婦は、 千春と山崎君の雰囲気を感じさせている。 それが、彼女には辛い。

さくら: (泣いちゃダメ。 泣いちゃ...)


21世紀の友枝町、大勇は小狼のマンションのドアを開けて入ってくる。 足下には彼と同じくらいの靴が並べられている。

大勇: 「ここが、あの子の家か」

奥から掃除機を持ったままの偉望さんがやってくる。

偉望: 「お帰りなさい、小狼様。発掘はどう...」

偉望はかなりのショックを受けたが、柔和な物腰を変えなかった。

偉望: 「どうぞ、お上がりください。」

大勇は身構えているが、目の前の老人は微笑んでいるだけ。

大勇: 「判るんですか? 俺が」
偉望: 「はい。見知らぬ世界に、さぞお疲れでしょう。 ああ、そうです。 美味しい桃饅頭を一緒にいただきませんか」

大勇に手を差し伸べると、少年は素直に従う。


夕方の邪国 宮殿内の炊事場では、並べられた食材が調理を待っている。 あるのは、鮎やかわはぎの干物、のびるやクルミに栗などの山の幸。 さくらは長芋を石の包丁で刻んでいる。 隣の娘が土器の鍋から木のお椀に、 汁を入れて差し出す。

娘: 「壱予様。味を見てください」
さくら: 「美味しいわ。 でも、塩加減が薄いなあ」
娘: 「壱予様! 塩はここでは貴重なんです。 交易人も最近はあまり来ないし、 贅沢できません」

しゅんとなるさくら。 ここは物が豊かな21世紀ではないのだ。 そこへ、 年配の婦人が皿におこわを盛ってくれる。 弥生時代は米を,主に蒸して 食していたのだが、柔らかい食べ物に慣れた彼女には、固すぎた。 食べ辛い 様子のさくらを、別の娘が不機嫌な顔をして見ている。

娘: 「なぜ、大勇と逃げなかったですか。 貴方様から誘ったと聞いてますけど。」

たちまち、炊事場の雰囲気が変わる。 そこには、憎悪と尊敬が入り乱れ、 さくらのいる場所はなくなっている。 雰囲気に耐えられないさくらは、 あわてて外へ逃げ出す。


狗国 宮殿脇の寝所では、堂々たる体格の王様、狗奈が美女を侍らせて酒宴の最中。 傍らでは李外祖が、まことに卑屈で惨めにも、酒の酌持ちをしている。

狗何: 「お前さんの時代には、もっと美味い酒があるんだろう。その魔術で 呼び寄せられんのか?」
外祖: 「はい、何分にも力がありませんと...」

狗奈はウンザリした顔で、傍らの美女を下がらせると、懐の玉を見せびらかす。 正直に反応する外祖。 垂涎の的である魔法の玉を見せられて腰砕け。

狗奈: 「おうおう、可哀相に。どれ、俺がお前の肩をもんでやろう。」
外祖: 「い、、いえ。畏れ多くも」
狗何: 「遠慮するな。邪国には、収穫の後に攻め込む。 天空神の加護など、 要らぬわ」

次の瞬間、瀕死の人間にしか出せない絶叫が、響き渡った。


邪国 神殿内の壱予の部屋で、さくらは夜具の中に座り、天井をボンヤリ 見つめている。 板張りの部屋の隅には、ほとんど手の付けられていない 夕食の膳。 突然、恐怖と孤独感が押しよせ、さくらは顔を覆い、涙をこらえることが 出来なかくなり、嗚咽が漏れる。

さくら: 「泣いちゃダメ。泣いちゃ...」

傍らには、部屋の数少ない調度品が置いてある。 弱い灯火しかでない燭台。 薄い皿に水を張った水鏡。 さくらは水鏡に、自分の顔を映す。 弱い光でも、 亜麻色の髪と泣きべその顔は判る。

さくら「ひどい顔.」

彼女は水をすくい、顔を洗う。 しずくが落ちて... その後、本当の涙が続く。

さくら: 「泣いちゃダメ、泣いちゃダメ。 絶対大丈夫よ。絶対大丈夫なんだから!!」

その涙が奇跡を呼ぶ! 床に落ちた涙から、巨大な魔法陣が浮かび上がってくる。 そして、その魔法陣の中から、「ミラー」のカードが召還され、実体化する。

さくら: 「ミ.ミラーさん!!!!」
ミラー: 「やっと、想い出して頂けましたね。 さくらさん。 みんな、 心配していたんですよ。 貴方の呪文がなければ、私たちはみんな出られないって」
さくら: 「じゃあっ、みんなはいるの?!」
ミラー: 「はい、貴方の中に、『力』 の形で宿っています。」
さくら: 「ほえーーーっ」

二人は仲の良い姉妹のように、笑い合い、抱き合う。

ミラー: 「さあ、呪文を! いまの貴方の願いを唱えてください」
さくら: 「我が友たるさくらカードたちよ! 我の前に、その姿を現せ! レリーーーズ」

21世紀に残ることを命じられた以外の、全てのさくらカードが召還され、輝いた。


友枝丘陵の遺跡の片隅にある高台から、夜空に細い光が登っている。 ケルベロスと ユエ、ホープがやって来た。

ユエ: 「時と替、がここいる」
ケルベロス: 「それを守っているのは、盾。シールドか」
ユエ: 「魔力の光だから、人の目には見えんが。 弱いな」
ホープ: 「まさか、おねえちゃんが」

彼らの背後に、影が忍び寄る。


邪国 神殿に輝く巨大な魔法陣が現れる。 カードの姿が薄れ、実体化したときの 姿が見える。 全てのカードが、強い力に支えられ光り輝く。

ライト: 「お見事ですよ、主様。いまの貴方は封印の杖が無くとも、 私たちに力を届けることが出来ます」
ダーク: 「ほんとう! すごいわ。 さすが、クロウの後継者。」
パワー: 「やったーやったー」
サイレント: 「しっ!静かにしろ」

さくらは凛々しい姿で、きびすを返すと緊張した顔である。

さくら: 「シャドウ! フライ! ウィンディ!」

三枚のさくらカードが同時に召還される。

さくら: 「シャドウ! 我が心の人。 李小狼の影を探し出せ! レリーズ!」

ウィンディが風を呼び起こし、部屋の戸を手荒く開け放つ頃には、さくらは フライの羽根を身につけていた。 シャドウが走り、さくらとカードたちが 飛び出してゆく。 その姿を、ベランダの隅から麗呼が見守っていた。

麗呼: 「頑張ったわね、さくら。 でも、もう一踏ん張りよ。 ぜったい だいじょうぶね」

シャドウは集落外れの一軒家に吸い込まれるように入っていく。 そこには、 大勇の身体に入った小狼が倒れている。

小狼: 「シャ、、シャドウか」

小狼は気絶する。 死、一歩手前の虚脱が彼を包み込んでいる。 やがて、一軒家に絶叫が轟く

さくら: 「小狼くーーーん!!!!」


21世紀、天宮総業の会長室では天宮真嬉老人が、ソファに横になっている。 灰皿には多量の吸い殻が散乱している。

真嬉: 「君は誰だ。」

彼の目線は、木之本家で撮影された記念写真。本来さくらが要るべき所に、 壱予の姿がある。 老人の眼差しは、凝視へと変わり。 力強い視線の中から、 別の影が戻ってくる。

真嬉: 「イ... いや。 君は... わたしの... 私の曾孫... さくらちゃん!!」

老人の目から壱予の姿は消え、まさしく木之本さくらがいた。


土間に横たえられた小狼にすがりついて、さくらが泣き叫んでいると、 彼の手がさくらの頭を優しく撫でる。

さくら: 「小狼君!」
小狼: 「そんなに泣くなよ。 お前の泣くのはゴメンなんだ。」

思わず、さくらは彼の腕を抱きしめ、自分の胸にこすりつける。

小狼: 「暖かいな、さくらの... いいな、泣くんじゃないぞ」

さくらは大きくうなずく。

さくら・小狼: 「絶対! 大丈夫だよ」


次回予告: 「太古での再会」

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