太古の娘

作者: deko

第4話: 遺跡にて

友枝丘陵のはずれにある天宮総業の独身寮の一室で、 窓の外を見ているケロ。 振り返ると、ご機嫌斜めの顔。

ホープ: 「ねえ、まだ?」

ホープちゃんが、カードの形で空中に浮揚している。 室内では、 知世が裁縫に熱中している。

知世: 「はい、できました」

さくら人形の背中に、羽根が縫いつけられている。 早速、カードと人形の合体。

ホープ: 「わーいわーい」

歓声を上げて、室内を飛行する。 と、いつの間にか浮揚していたケロと ニアミス。 床に墜落した二機 (二名?) を、知世は優しく拾い上げる。

知世: 「それじゃ、私。発掘のお手伝いにいって参ります」
ホープ: 「このドジ!」
ケロ: 「うるさい! 初心者のくせに」
ホープ: 「やる...」

急に、何かの気配に気付いたらしい。 同様のケロ。 知世が いないのを確認して。

ホープ: 「すごい、力」
ケロ: 「ああ、こりゃ人間とは思えんほどの強さや」


丘陵の発掘現場で 多くの人々が参加している。 中学生が圧倒的に多いが、 その多くがさくらのクラスメートたち。 その中を、藤隆と桃矢が真嬉老人を案内している。

真嬉: 「こりゃ、相当な仕事だね。 何が出るか楽しみでもあるが」
藤隆: 「なにぶんにも、範囲が広いものですから。 でも、みなさんとても熱心です」

そこへ、大きな声が轟く。真嬉老人の顔に微笑みが浮かぶ。

さくら: 「ちがーうう、1メートル前だって」
小狼: 「さっきは20センチって言ったぞ」

高台に設置されたトランシットの傍らで、さくらが電卓と格闘中。

さくら: 「ごめーん。 ごめんね小狼君。 2メートルの間違い」

小狼がへたり込む。 もう、気力もないらしい。

藤隆: 「平面図作成用の杭打ちですが。」
真嬉: 「なかなか、息が合ってるようだね」
桃矢: 「子猫みたいに、じゃれ合ってるんですよ。あの二人」

もう一組も、じゃれ合っている様子が見える。

容子: 「山崎君。これもお願いね!」

ポールを持って、指示する容子。 平板に貼られた図面に 向かう山崎。 傍らの千春が感心している。

千春: 「器用ねえ。なんで、そんなに線が綺麗につながるの?」
山崎: 「有るがままを、忠実に描く。それだけだよ」

そこへ、戻ってくる容子。 三人揃って図面を見て、同じ表情。

三人: 「FootPrint.怪獣映画・土足厳禁・巨人の伝説。何これ!」


夕方、発掘区域を横断する木杭。 見事なまでに一直線に設置されている。 夢中になって作業している、さくらと小狼を見守る人々。

藤隆: 「もう、今日は終わりにしますよ。さくらさん」
さくら: 「はい。(大きく伸びをする)」

小狼もほっとしたように、大きなため息。 と、その時、さくらと小狼は 自分たちを見ている 「目」 を感じる。

さくら: だれ、だれなの。 そんな怖い目で私たちを見ないで!
小狼: 「危ない!」

さくらが高台から転げ落ちそうになり、小狼が慌てて駆けつける。 抱き合う 一歩手前のふたりに、桃矢の声が届く。

桃矢: 「早くしろ! 夕飯の準備があるんだぞ」

へたり込むふたり。 おなかを空かせ、口を開けた人たちがたくさん待っている。


天宮総業の独身寮 (発掘隊宿舎) の食堂、バーベキュー式の夕食風景。 壁に、 発掘区域の地形図が張り出されており、その前で学生たちが話し込んでいる。

千春: 「やっぱり、あの穴は並んでいるんですね」
容子: 「信じられなかったけど、実際に線を入れるとねえ」
山崎: 「あのー。 僕の仮説を披露したいのですが」
千春: 「どうぞ。ご自由に」

周囲に、みんなが集まってくる。 驚いたことに学生たちや割烹着姿のさくらや 小狼もいる。

山崎: 「ここは、巨人たちがランデブーしたところなのです。 おそらくは、 恋人たちでしょう」

赤くなる小狼とさくら。 知世は、そんな二人を見て微笑む。

奈緒子: 「でも、巨人たちは伝説でしょう。今は、どこにもいないのだから」
山崎: 「いえいえ。 世界の古代遺跡の多くは、あまりにも巨大なため、 人間ではなく巨人が建設したのです。」
雪兎: 「説得力無いねえ。何百キロの大きな石を素手で、運んだの?」
山崎: 「もちろん、運搬には巨大な飛行船が使われました。 素晴らしい科学と 大勢の巨人たちが参加したため、建設を頼んだ人間たちが驚くほどのスピードで 次々に完成したのでした。 その結果、あまりにも早く出来てしまったために、 失業する巨人まで出てしまったのです。」
奈緒子: 「それで、そのあとは?」
山崎: 「その後、やることが無くなった彼らは、今度は人間同士の争いに参加して、 せっかく造った建物を壊して回ったのでした」

千春の大きなため息。 今更ながら、彼氏の放言には驚かない。 反対に、のりに載っている山崎君。

小狼: 「巨人たちは、なぜ、いなくなったんだい?」
山崎: 「巨人たちの争いは、自分たちの家にも及んだのです。 そのため、家を無くした彼らは、寒い寒い冬の嵐に凍えてしまいました。」

中学校の仲間たちが、いつの間にかいなくなっている。 それでも、 千春は留まっている。

山崎: 「そして、彼らは冬の寒さから逃げるために、 海の中に逃げ込みました。そして、それっきり」
小狼: 「帰って来なかった」
藤隆: 「面白い仮説だね。だけど、もっと証拠を集めないとただの ホラ話かも知れない。 でもだからといって、最初から馬鹿げているって 仮説を否定するのはもっと、馬鹿げていることだよ」


古代・邪国では、完成した古墳に向かって、葬列が進んでいる。 老弱男女の 嘆く声があがっている。 埴輪を持った葬列が続く。 その先頭には、 若い娘が巫女の衣装をまとっている。

壱予: こんなのイヤだ。 こんなのイヤだ。 これがあたしの生きる道か...

古墳の周囲には、小さな墓標が散在している。

壱予: 大勇。なぜ、生きててくれなかったの。 あたしは もう6年もひとりぼっち


友枝丘陵・夏の日差しが強く照りつけている。 さくらと小狼が、 割り当てられたグリッドの中にいる。二人は少しつづ、土を除いて運び出している。

さくら: 「くじ引きって名案ね。 今日は一緒にできるもん。」
小狼: 「あ、ああ (赤くなっている)」

そのはるか反対側のグリッドでは、桃矢君の怒りの声。

桃矢: 「くそ!あのガキ。 くじ運のいい奴だ」
雪兎: 「若い二人を監視するなんて、お兄ちゃんのすることかい」

容子嬢が麦茶の差し入れにやってきた。 彼女の助手は知世。

容子: 「ほんとう。 可愛い妹を持つと不幸ね」
知世: 「ええ、さくらさん。 中学生になって、ますます可愛くなりましたし」

上空を見る知世。 遙か彼方に、二つのUFO。 ケロとホープが浮遊している。

ホープ: 「お姉ちゃん、うれしそう。 ねえ、ケロ。夕べは巧くいったね」
ケロ: 「インチキはワイの主義に反するが... おい、あの気配やな」
ホープ: 「ホント、すごい気配。 お姉ちゃん、気付かないのかな?」

発掘現場は 暑い日差しが照りつける。 蝉の鳴き声が反響している。 狭いグリッドの中で、さくらは懸命にショベルを振るっている。

さくら: すごいセミの声。 あれ、どこかでもっと鳴いている
小狼: 「おい、大丈夫か?」

小狼の声が聞こえない。 彼女の耳には、とてつもなく多くのセミの声が 反響している。

さくら: 争い。人と人が争って、家が燃える

彼女の目には炎。 耳には人々の叫び声が聞こえる。 何かに取り憑かれたように、 無意識にショベルを動かしている。

小狼: 「さくら! しっかりしろ!」

周囲の人々が、二人の異常に気付きだした。 桃矢と雪兎が走ってくる。 カタっと 音がする。 同時に、さくらは我に返る。

さくら: 「李君!! 何かに当たった」


英国、柊沢エリオルの屋敷では、書斎で歌帆とエリオルが談笑している。

歌帆: 「で、さくらちゃんたら。 帰ってきた李君とべたべたなんですって」
スッピー: 「別の表現では、イチャイチャといいます。」
歌帆: 「ほんとう。私たちみた...」
エリオル: 「奇妙だな。 私には、二人のさくらさんの波動が見える」
歌帆: 「ふたり! そんな」
エリオル: 「一人は、知っているさくらさんだが、もう一人は、 絶望に包まれている。哀しい人だ」


夜の発掘現場では照明灯が動員され、真昼のように照らされている。 静寂の中、 桃矢と雪兎が藤隆と共に、さくらの担当したグリッドの中で発掘している。

藤隆: 「よし、出ましたよ。みなさん」

そこには、茶色の甕棺 (かめかん) が現れている。 衆目の中で、土が除かれると 美しい彩りが見える。

さくら: 「おとうさん。」

藤隆は、感無量の娘を招き寄せる。 寄り添うように小狼も招かれる。

藤隆: 「さくらさん。 これは、昔の人の立派な棺です」

一同に、大きなため息が伝わる。

藤隆: 「では、皆さん。 この方のために祈りましょう。 安らかな 眠りを妨げたことに対しての謝罪と、歓迎の祈りを込めて」

人々は頷き、おもいおもいに敬虔な祈りと黙祷を捧げる。 彼らの頭上には、 満天の星空が瞬いている。

用語解説

トランシット 測量器械です。 有る点の基準を元に、目標までの角度と距離を計測しますと、 座標が計算できます。
平板 測量の道具です。一定の縮尺で簡易的に作図が出来るので便利です。
ポール 測量にも使われます。 赤と白が交互に塗られており、 目立ちます。
発掘作業では、図面の作成が不可欠ですが、 その基準となる点に杭を打ちます。さくらさんと小狼君の仕事でした。

次回予告: 「太古との交差」

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