太古の娘

作者: deko

第3話: 夏休み

友枝中学校の校門、生徒たちが、喜色満面で出てくる。 終業式が終り、 明日から夏休みである。

さくら: 「嬉しいなあ、明日から夏休み。」
知世: 「夏休みのご予定は、やはりお父様のお手伝いですか?」
さくら: 「うん。その前に、李君のお手伝い。」

そこへ、利佳、山崎君と千春や、奈緒子ちゃんがやってくる。

千春: 「ねえ、さくらちゃん。 発掘の最中は現場の事務所に泊まるって、本当なの?」
さくら: 「うん。 機材が大変なので、向こうの人が古い社員寮を使ってもいいって。」
山崎: 「李君も参加するって本当?」
さくら: 「うん。 お父さん、人手不足なので、みんなにいろいろ やってもらうって言ってたよ。」
山崎: 「すると、夜が楽しみだね。 なぜって、夜は... (早速、千春の拳骨を頂いている)」
さくら: 「ほえ? 夜って大変なんだよ、その日の仕事を整理して...」

千春は恥ずかしい。 これ以上、山崎君の口を開かせたくない。 奈緒子と利佳に 加勢してもらって、猛スピードで山崎を引きずって、逃げ去る。 どういうことか 判らないさくらに、知世は真剣な眼差しでお願い。

知世: 「さくらちゃん。未だ早すぎますからね。」
さくら: 「????????」


アパート、小狼の私室。 床のカーペットは羅針盤 (カード探索用) である。小狼は 羅針盤の中央に座って、心を集中している。 周囲に魔法陣が形成され、 少しづつ輝いてくる。玄関のチャイムが鳴るが、小狼の集中は途切れない。

さくら: 「ごめんください。小狼くーーん。」

途端に、魔法陣が消え失せる。 顔を真っ赤にして、小狼の集中もあっけなく途切れる。


キッチンで、二人でお茶を楽しんでいる。

さくら: 「それで、中国から帰ってきたのね。」
小狼: 「うん。 でも、彼の居所は姉上たちの力を借りても、見つけられなかった。」
さくら: 「手がかりは? (玄関のドアの音に気付く) はーい!」

さくらが席を外す。 小狼の顔がまた、赤くなってきた。

夜蘭: 子が出来たら、見せに帰ってきておくれ

首を激しく振り、湧いてきた邪念と格闘する小狼。


20世紀初めの北京、都市の中央にそびえる紫禁城。 周囲の雑然とした 官庁街や住宅地を圧倒する壮大な建築物。

夜の宝物庫では、警備兵が、欠伸をかみ殺して立っている。 足音を立てない ようにして、若い男が忍び寄る。

外祖: 「火線!」

手に持った札から、火炎が幾筋も走り出す。 カーテンや窓辺に炎が張り付く。

警備兵: 「火事ーー。火事あるよーー」

火災報知の銅鑼が鳴り渡る。 次々に、城内の建物に灯りが入る。 人々が 宝物庫に集まってくる。 扉を開けると、人々の頭上を飛び越える人影。

警備兵: 「泥棒! 火付け泥棒よ」

人影は、城壁の上に飛び移る。 彼の掌には、小さな金塊 (金印) が 握られている。

外祖: 「違う! 我が輩は李外祖である。 (慌てて口を押さえるドジ)」

同時に、警備兵の投げた杖が命中。 バランスを崩して墜落、地面に倒れる。 そこへ、 集団で抑えにかかる警備兵たち。

外祖: 「遷 (せん)!!」

警備兵の人垣の中から、魔法陣が広がる。 すると、人垣の中身 (外祖) がなくなり、 人垣はいっぺんで崩壊する。

警備隊長: 「逃がすなーー! あっちだ!」

闇の中に魔法陣が輝きながら、動いている。 簡単に追跡する警備兵たち。必死に なって逃亡する外祖の前に、ポンプ車が出現。 避けるまもなく、 交通事故が発生する。 相当ダメージを受けている泥棒に、警備兵の投げる 警備杖や槍の集中砲火。

警備隊長: 「それ! 網だ」

大きな網が魔法陣ごと包み込む。 そこへ、警備兵が集団で再度押さえ込み。 次の瞬間、 魔法陣が消えてしまう。

警備兵: 「この中か! 隊長。奴はこの井戸... ありま?」


小狼の部屋、帰ってきた偉望が、大量の書物を拡げている。

さくら: 「それで、外祖さんは井戸の中から消えちゃったのね。」
小狼: 「おそらく、発動した 『遷』 のカードが暴走して、時間を遡ったらしい。」
さくら: 「リターン の場合はタイムのカードの助けで 戻ってこれるけど、そのカードさんは違うのね。」
偉望: 「左様でございます。 その後、清王朝からの追求は、 それは厳しいものでした。 とても、北京にいられる状況ではなかったと。」
小狼: 「それで、彼には別の名前が付いた。 先祖にあらず、外の者と。」
さくら: 「外祖さん。 (クスクス笑っている)」

偉望が何冊かの歴史書を開いて、小狼に渡す。

小狼: 「これは、ついこの間発見された、随の記録だけど。 日本の聖徳太子のこと知ってるね。」
さくら: 「ええ。 えーと初めて遣隋使を派遣した。」
偉望: 「その遣隋使の一行に、何やら素性の怪しい随員がいて、 都で一悶着起こしたらしいです。 そのあと、唐の時代に阿倍仲麻呂という方が、 都にいた頃。李という名高い汚職役人がいたという記述が。」
さくら: 「ええっ! 李家の人って、悪い役人が先祖なの!」
小狼: 「たまたまだよ! それにこれは改変された歴史なんだ。」

歴史改変という、訳の分からないものに頭を抱える二人。 いつの間にか、 退席していた偉望が戻ってきた。 FAX 文書を小狼に渡す。 緊張した顔の小狼に 対して、恐縮しているさくら。 そんなさくらに、優しい偉望がお茶の お代わりをしてくれる。

小狼: 「香港の母上からだ。 李家の古文書の検索から、 大変なことが判った。 李家に、本来所属していなかった人々が多く確認された。」
さくら: 「え! ほんらい?」
偉望: 「李外祖が過去に消えるまでに登場した人々を、本来といたします。」
さくら: 「では! 香港のお姉様たちは、ご兄弟が増えるの」

偉望と小狼は、呆れ顔である。

小狼: 「太古の。 過去の初めからから、李外祖の血が加わったということは、 本来の李家の行く末に関わってくると言うことだよ」
偉望: 「前世紀の李家はその危険を、歴史改変の危険性をよく 承知しておりました。 ですが、今日に至るまで、李外祖の探索には成功 しませんでした」
さくら: 「じゃあ! これから歴史が改変されて、別のクロウさんが生まれると、 カードさんたちもケロちゃんやユエさんも、ホープちゃんも 生まれないかもしれない。 そんなのやだ!」

そこで、彼女は最も大事なことに気付いた。

さくら: 「クロウさんも、小狼君も日本へ来ることが無くなってしまい、 あたしと出会うこともなくなる。 そしたら、お兄ちゃんやお父さんも、イヤ!」

さくらは混乱して、そのまま小狼の腕の中に飛び込む。 あまりにも 哀しい抱擁である。


大学構内・木之本助教授の研究室では、学生たちが、先日の測量結果を まとめている。 コンピュータに地形図が映し出される。

桃矢: 「ユキ。 これどう思う?」
雪兎: 「僕は怪獣映画って好きだよ。 でも、こんな太古に...」
容子: 「どう見ても、人間の足跡ね」

ほんのり赤くなる桃矢。 今の容子は瑞々しい乙女である。

桃矢: 綺麗になったな。 さくらも、もうすぐこんな美人になるのだろうな。

瞬間、回想が蘇る。 何時かの朝食の風景。

桃矢: 「おっ! いつもの反撃がねえな」
さくら: 「いつでもできるもん。」 (回想終了)

桃矢: 「まさかな。 あいつにこんなこと出来るわけ無いか。 あの不思議なカードがいても。 だいいち、これは1700年も前の太古だ。


小狼の部屋、若い二人の涙にまみれた抱擁。 やがて、小狼がさくらの涙を優しく 除いている。豊かな愛情に支えられた仕草である。

小狼: 「もう、泣くなよ。俺たちは同じ過去からきて、現在があるんだ。」

さくらは頷き、微笑みを浮かべようとする。

小狼: 「手を貸してくれ。二人の力で、出来るだけ心をのばして、 過去のどこかにいる外祖に伝えるんだ 『そのまま、子孫を残さないでください』 って。」

二人は背中合わせに、寄り添い合う。 傍らの偉望が離れると同時に、 強力な魔法陣が一重。そして、その上にさらに魔法陣が実体化して、 猛烈な輝きを放つ。 「時 と 戻 よ、我らの助けとなれ。」 とさくらが唱えると、 召喚された二枚のさくらカードは輝く。

さくら・小狼: 「いくぞ! はい!」

暗黒の時間、遠くから来た、大きな光が輝いて、 深く深く突き進んでゆく。 時間の逆行にともなって、様々な人物の声が 交差する。 様々な人物の姿が交差する。 人々の姿が、急速に変遷する。 荒れ地が 瞬く間に水田に変わり、また雑木林に変わる。


太古・邪国、古墳建設現場。 駆けつけた壱予の頭上に、建設用の足場が 倒れかかり、盛土が流れ込んでくる。

壱予: 「誰! お、お前ね!」

心に浮かぶ、「さくら」 の顔への憎しみが湧いてくる。

狗国では、邪国の数十倍も大きな集落に、より大勢の人々が 生活している。 周囲を城壁に囲まれた中庭に外祖がいる。 豪華な 衣装に身を包んだ、イノシシのような大男がやってくる。

狗奈: 「おい、インチキ魔導師さんとやら、何時になったら邪国に 攻め込んだらいいんだ。」
外祖: 「はい、偉大なる大君よ、未だ天空の神々のご加護が得られる時では...」

外祖は、狗奈の手にある 「玉」 を何気なく見ようとするが、ついつい見てしまう。

狗奈: 「え。 欲しいか。 返して欲しいか。 だったら、おい! どうした。」

いつの間にか、外祖は幸福としか形容の出来ない惚けた表情に変わっていた。

外祖: 「来た。」

狗奈は面白くない。 足蹴にして引き倒す。 そのまま、襟首をつかんで 立たせようとするや、

外祖: 「か、帰らないでくれーーーー!」

狗奈は外祖の急激な変化に、気味の悪さを感じる。 そのまま庭に 置き去りにする。 西の空には、雨雲が湧き上がっている。 古代でも、夏である。


小狼の部屋、魔法陣が消滅する。 小狼とさくらはそのまま、崩れるように しゃがみ込む。

さくら: 「見えた? あの丘はたしか。」
小狼: 「ああ、発掘予定の遺跡のあるところだ。 昨日お父さんに 見せてもらったところだよ。」
さくら: 「外祖さんに声届いたのかしら?」

小狼は肩をすくめると、先ほどさくらに見せた古文書の異変に気付く。

小狼: 「遣隋使の一行は、無事に隋の皇帝に謁見した。 その際、前と同じだよ。 変わっていない」

そこへ、偉望が新しい FAX 文書を持ってくる。

偉望: 「小狼様。 さくら様。 香港の奥様からです。 古文書には、 本来の人々しか表記されていないと。」
さくら: 「この何分かで、歴史がまた変わったの。」
小狼: 「うん、でも外祖がまたその気になったら、いくらでも 変わることになるよ。 下手をしたら、李家の人々の構成が大きく変わって...」
さくら: 「変わって... どうなるの?!」
偉望: 「歴史の中で、魔導師の家系である李家が断絶しているかも知れませんね」
小狼: 「偉!!!」


太古の日本・邪国では、古墳建設現場・土砂に埋もれた中で、 永久の眠りに包まれかかっている壱予。 彼女の直ぐそばまで、 人々が救援の穴を掘っているのだが。

集落中央の神殿・麗呼女王が祈祷を行っている。 全身全霊の力を込めて、 呪文を唱和している。 その周囲を物の怪どもが取り巻き、叫び声を上げている。

集落はずれの一軒家・土間に寝かせられている大勇。 生気のない身体は、 死にかけている。


次回予告: 「遺跡にて」

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